第3話 アマモ

 次に、アマモについて。

 アマモは父さんと母さんと兄さん二人と暮らしている。

 数年前まではおじいさんとおばあさんもいた。

 ケンちゃんはアマモのいとこだ。

 両親も二人の兄も明るく陽気で、アマモも良く笑う。

 本を読むことよりも外で小鳥や貝がらを見る事が好きなので、僕も砂浜や草っぱらできれいな貝がらや鳥の羽根を見つけたらアマモに渡す。すると昼の海のようにキラキラと笑う。


 以前、とてもきれいな貝がらを朝の砂浜で見つけたことがある。表面は銀色で、裏面は光る虹色をしていた。僕が人差し指と親指で輪を作ったのと同じくらいの大きさの円形で、しかもちょうどいいことに二か所に小さな穴が空いていた。

 こういうきれいな貝がらは本当はより分けの時に出さないといけない。村で良い値段で売れるから。

 でも僕はこっそりとズボンのポケットにしまっておいた。運よく海藻が沢山打ち上げられていたから誰もその事に気がつかなかった。

 お昼ご飯を終えると、僕はアマモと遊ぶ前に草っぱらに生えたヤシの木の下から細長くて固く乾燥した葉を拾い、貝の穴に通した。

 その日、空は薄曇りで、ところどころから小さな雲間が出来ていた。そしてその雲間から小さく細い日の光が差して、いつもより色濃い海の、数か所だけを金色に染めていた。

 アマモと僕はその金色に光る場所へ泳いではそこで少し遊んで、また別の金色の場所に泳いでいくという遊びをした。

 集落から少し離れ、少しずつ海が深くなっている所、水位が僕たちの胸の辺りまである金色の場所で、僕はアマモにその貝がらを渡した。


「皆には、ないしょ」

 そう言いながらアマモに渡すと、彼女はあたふたしていたけれど、僕が貝がらを彼女の髪にさすと、アマモは照れて目をそらしながら小さな声で「ありがとう」と言った。


 その時の僕の気持ちを、なんと表していいか、僕は分からない。

 アマモの後ろには灰色の空と、細い金の光と、その光が差している海があった。

 アマモも金色の光に当てられて、彼女とその周りが光っていた。

 日の光に僕があげた貝がらが光っていて、アマモの潮焼けして赤みがかった茶色の髪が光っていて、日によく焼けた肌の、その上に付いた水の粒が光っていた。

 目も伏せているのに、波の光を反射して、彼女の黒い瞳が波に合わせて光が揺れていた。

 僕と同じように細いうでの、それなのに僕と違ってやわそうな肩や二のうでや脇の辺りが妙に見てはいけない物を見ている気にさせた。


 アマモが目を上げた。なぜか僕がギクリと身ぶるいしてしまう。

 何か言おうと口を開いたけれど、僕は気付かない振りをして、泳いで集落の方へにげた。

 しばらく泳いでから自分がしたことがすごくあやしい気がして、泳ぐのを止めてアマモに向けてさけんだ。

「じゃあ!あの、あの、また!また明日!」

 そう言ってまた集落に向けてにげて、家に走って帰った。

 母さんにはおなかが痛いとウソをついてねどこに横になった。

 そして横になりながら、なんにせよあやしいじゃないかと頭を抱えた。

 それから何日かは、大人達に冷やかされてもいつものように上手くうなずけなかった。


 あの後、どうやってアマモといつも通り遊べるようになったんだっけ。

 僕はいまだに思い出せない。

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