第2話 僕の母さん
僕の他に、二人の人についても話さないといけないと思う。
僕の母さんと、アマモ。
まず、母さんについて。
僕の家には父さんはいない。僕が物心ついた時から、ずっと。
母さんは昔、集落の外に出て、僕の父さんと結婚したらしいが、しばらくしたら僕を連れて集落に帰ってきたそうだ。それ以外のことは分からない。
集落の年寄りが言っていた。
「むやみに聞くんじゃあないよ、いつか話してくれるよ」
それにね、二年ほど前に寿命を迎え入れた彼女は続けて言っていた。
「この集落では珍しい事じゃあないんだよ、よその土地に行っても最果ての海が恋しくて戻ってきてしまうのは」
しかし、母さんは海が恋しくなった訳ではない気がする。
まず、アマモやケンちゃんの母親とは違い、朝に海で漁をする姿を見たことがない。
砂浜で僕たちと混ざって拾い物をすることも無かった。
その代わり家にこもって、僕たちや集落の皆の縫い物や洗い物をする事はあったけれど。
むしろ海をこわがっていたようにも感じる。
海で泳いだり散歩する事なんてほとんど無かった。外に出ても草っぱらや集落で、必要な時だけ。
皆で持ち寄って砂浜で食べる夕食は、母さんはほとんど参加しなかった。
それに何より、昼に海の向こうに極楽の島が見える時は絶対に海の方を見ないようにしていた。
母さんのことでひどく印象に残っていることがある。
母さんはたまに家の角の海の見えない場所にいすを動かしてその上でひざをかかえて座り込み、物思いにふけっていることがあったのだ。
僕がいつもより早く海から帰ってくると、その姿を見ることがあった。
海と日の光が眩しいから、いつも家に帰ってくるときは家の中が暗く見えた。
母さんがそうやって座る場所は、その家の中でもとりわけ暗い所で、母さんの伏せた目の白目だけが光を反射して光り、僕はいつもぎくりと肩がふるえるほど驚いたものだった。
その時の母さんはひどく疲れ果てた顔をしていたから、なおのこと。
母さんはそんな僕に気付くと、いつもはっと顔を上げて、椅子から飛び降りた。
「何でもないのよ、何でもない」
母さんはいつもこう言った。
「お母さん、ちょっと疲れがたまっていてね。でも椅子で休んだから大分楽になったわ」
そう言って、いつもの母さんに戻るのだ。
口数が少なく、ひかえめで、しかし働き者の母さんに。
そんな事もあってか、僕は、体が大きくなり始めても特に母さんにイライラする事も、怒ったりけんかする事もほとんどなかった。
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