最果ての海のアダン
ゲコさん。
第1話 最果ての海
この海が、世界で一番美しいもの。
そう言われていた海、「最果ての海」に面した集落で、僕は育った。
海と、砂浜と、草っぱら。砂浜と草っぱらに申し訳程度に数軒だけ簡素な家が建っている。
それが僕達の集落の全てだった。
草っぱらの先には大きながけが立ち塞がり、その急ながけを登って、森としげみの中をけもの道をつたって下って、大人の足でしばらく歩くと、隣村に着くそうだ。
僕はがけを登ったことがないから分からない。
アダン、僕の名前だ、はもう少し大きくなってからな、と集落の皆が口を揃えて言っていた。
あみを編むのも、漁をするのも、がけを越えて隣の村に売りに行くのも、もう少し大きくなってから。
なあに、ほんの一、二年さ。
僕は、そんな程度の年齢だった。
僕達の一日は大体決まっていた。
朝起きて、海へ向かう。
海は朝日で、鮮やかな黄色とまぶしい白色と淡い水色が混ざり合っている。
海で軽く泳いだら、砂浜で石や貝がらや、打ち上げられた何か珍しいものを拾う。
これは僕達子供や年寄りや、子供がまだ小さい母親達の仕事。
日によっては草っぱらで食用や薬になる草をむしることもあるし、集落に一本だけ生えたアダン、僕の名前の由来の木、から実をもぐこともある。
集落にはアダンの他に、木はヤシの木が一本だけあって、ヤシの実を取ったり、ヤシの木の皮をはぐこともある。
朝つゆと、草と、潮風のにおいの中、漁へ出た大人達が帰ってくるまでその仕事をする。
漁から大人達が帰ってきたら、取ってきた魚と、僕達が集めたものを一緒くたに混ぜて、村へ持っていくものと、集落で食べるものとに選り分ける。
黄色が消えて、海が濃淡様々な水色になるのを眺めながら。
集落で食べるものを分けてもらったらそれを持って家に帰る。
家では母さんが昨日の料理を温めて待っていてくれるから、それを食べる。
朝に渡されたものを食べるのは昼以降。
食べ終わったら海に戻って、一つ年下のアマモと遊ぶ。
そのころには海は水色ではなくて、青が増えている。
少し前までは、ケンちゃんと呼んでいた友達もいたけれど、僕の五つ年上で、がけの向こうの隣村で今は船大工の見習いをしている。
アマモは女の子で、いつも一緒に海に潜って魚を見たり、海の底から波を水面を見たり、砂浜に絵を描いたりして遊んでいた。
村の皆に、「仲がいいなあ、将来は結婚するのか?」なんて冷やかされてるけれど、全然はずかしい気持ちにならなくて、僕達はその度に頷いていた。
彼女と遊んで、少し大きくなったら漁に出たり村に魚とかを売りに行ったりして、もっと大きくなったらアマモと結婚する。それが当たり前の事だと思っていた。多分、アマモも。
お腹が空くまで遊んで、家に戻る。
そしたら母さんが昼ご飯を作って待っててくれる。
お昼を食べたら、眠くなるまで本を読む。
文字と数字がわからないと、村で売り買いが出来ないから。
その時間、母さんも何か本を読んでいるけれど、僕の知らない言葉ばかりでよく分からない。
でもとにかく、二人で黙って並んで本を読む時間。
そのころ、窓から海を眺めると、海は青と紺が混じっている。
天気がとても良い日には、海の向こうに小さな島が見えた。
年に数回は島から登るけむりも見えた。
年寄りの皆は、その島は「極楽の島」なのだと言っていた。
その島に行けば、怪我も病も老いもなくなり、食料も何もかもが満ち足りており、死んだ人にさえも会えるのだそうだ。
正しく真面目に生きれば、死後その島に行けるだ、とも。
そう言って年寄り達は、潮と日光でガサガサでしわだらけの手を合わせるのだ。
眠くなったら昼寝。
起きたら母さんを手伝って、家のそうじや洗濯物を畳んだり、夕食を作ったり。
夕方になったら、青かった海が一瞬で真っ赤に染まる。
遠くに金色の太陽が沈んでいく。波のところどころは大人たちが村で買ってくる柑橘よりも鮮やかなだいだい色。
それを見ながら夕食。
何となく集落の皆で砂浜に集まって、食事を持ち寄って食べる事もある。
そういう時は大人の何人かは酒を飲む。
太陽が沈みきったら、海は紺碧になる。
そうなったら体を洗って歯を磨いて眠る。
もう少し夜更かしすると海は真っ黒になるが、明日も早いので、その前に眠る。
僕はそうやって一日を過ごしてきたし、これからもしばらくはそう過ごすのだと思っていた。
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