3 『ファインディング・ニモ』をニモが戦う映画だと思っていた吾川さん
『アクアパレスととはら』について、
「やっぱりカップルばっかりだね」
「そういう特別展をやってるからな」
ジューンブライドにちなんだらしい。館内では現在、『恋する魚展』と称して、変わった求愛行動を取る魚の特集が組まれていた。また、他にも特別なイベントの開催やグッズの販売なども行われているそうである。
「そんなのを一緒に見たかったの? また腕を組んであげようか?」
くすくす笑いながら、鈴音が手を伸ばしてくる。
僕はその手をかわしていた。
「そうじゃないよ。僕が見せたかったのは、カクレクマノミとか、ウツボとか……」
「ふーん?」
どういうラインナップなのかピンとこなかったのか、そもそもどんな魚なのか分からなかったのか。鈴音は気のない相槌を打つ。
あるいは、期間限定という言葉の方が魅力的だったのかもしれない。
「でも、せっかくなんだし見てこうよ」
そう言って、『恋する魚展』の方へと歩き出したのだった。
一日で回り切れないほどの広さというわけではないから、寄り道してもカクレクマノミが見れなくなるわけじゃないだろう。それに僕も特別展がどんなものなのか気になっていた。だから、大人しく鈴音の意見に従うことにする。
その鈴音はある水槽の前で立ち止まった。
「『子育てのために一軒家を建てる魚』だって」
「ああ、イトヨか」
鈴音が読み上げた説明と、魚の見た目で察しがついた。
「イトヨはメスの産卵のために、オスが水草で巣を作るんだよ」
「あ、ホントだ」
説明の続きを読んで、鈴音は感心したようにそう言った。
川底に水草を集め、体内から出る粘液で固めて、トンネル状の巣を作る……という話が写真付きで詳しく解説されている。また、同じトゲウオ科のトミヨは、川底ではなく水草の茎自体に巣を作るという話も載っていた。
「へー、すごいね」
「フグの巣なんかもっとすごいぞ」
「フグってそうなの?」
「アマミホシゾラフグっていって、沖縄のフグなんだけどな」
僕はスマホに保存してあった画像を見せる。
アマミホシゾラフグの巣は、あたかも海底にUFOが着陸して、ミステリーサークルを作っていったかのようだった。砂が盛り上がったりへこんだりして、円形の幾何学模様を描いていたのである。
「うわ、なんかキモ」
「そうか? 綺麗だと思うけど」
「巣じゃなくて真琴がだよ。よくこんなどうでもいいこと知ってるね」
「…………」
鈴音の感想に思わず黙り込んでしまう。知識があるのはともかく、それをひけらかすのは確かにちょっと気持ち悪かったかもしれない。
「ちなみに、ジムナーカスのオスは水草で水面に浮く巣を作るし、ベタのオスは口から泡を吐いて巣を作るし、ハマギギのオスはマウスブルーダーといって口の中で卵を
「なにムキになってるのさ」
僕がわざと早口で説明すると、鈴音は呆れたような笑ったような表情を浮かべるのだった。
・『気になる異性に挨拶する魚』
次に僕たちが足を止めたのは、ディスカスの水槽だった。
観賞魚として比較的有名な魚だと思っていたけれど、鈴音はまったく知らなかったらしい。カスとつく名前や縦長の体形をいじったあとで、ようやく本題に入ったのだった。
「挨拶って?」
「顔を合わせた時にお辞儀をするんだよ」
「固いなぁ」
「ディスカスは真面目な方がモテるんだろう」
と冗談っぽく答えてみたら、これが失敗だったようだ。
「真琴もディスカスに生まれてたらよかったのにね」
「どういう意味だよ」
「まぁ、真琴の場合はオタクなだけか」
「おい」
モテない上に真面目でもないと二重に馬鹿にされてしまった。……悲しいことに否定はできないけれど。
・『ダンスを踊ってアピールする魚』
解説によると、アミメハギのオスは、求愛のためにメスの前で尾びれを上下に震わせるのだそうである。また、最初に見たイトヨのオスも、体を左右に振る、通称『ジグザグダンス』を踊るのだという。
「そういえば、昔は体育でダンスやらなかったんだって」
「そうなのか?」
「少子化対策のためだったりしてね」
「確かに上手いとモテそうだけど」
ただの鈴音のボケ……かと思いきや、スマホで調べてみたら、実際生徒のコミュニケーション能力の向上が必修化の狙いの一つらしかった。僕がそのことを伝えると、鈴音は「ほら!」とドヤ顔をしてくるのだった。
・『女子の前では自分を大きく見せようとする魚』
ベタは大きなひれを持つ魚で、オスは求愛の時にそのひれを広げて、体をさらに大きく見せることがある。この行動は、特にフレアリングと呼ばれている。
そんなベタに関する説明を読んだ鈴音は、つま先立ちをして、さらに両手を上に掲げるのだった。
「真琴ー」
「反応しづらいからやめろ」
・『女子の方からキスをする魚』
スジオテンジクダイのメスは、オスのほっぺ(エラ)に噛みつくような求愛行動を取るという。また、別の例として、キッシンググラミーは口同士ですることも説明されていた。
この説明を呼んで、やはり鈴音は真似をしようとしてきた。
「真琴ー」
「やめろっての」
◇◇◇
翌日、月曜日――
休憩時間になると、僕は空き教室へと向かった。
この日も、「二人だけで話したいことがあるから」と、吾川さんに呼び出されていたのだ。
「あ、あの清家君……」
例によって、言いづらいことらしい。聞くべきかどうか迷ったような様子で、吾川さんは話を切り出してくるのだった。
「清家君って、彼女いるの?」
嘘をついても仕方ないだろう。僕は正直に答える。
「いないよ」
彼女どころか、女友達すらろくにいなかった。モテるために、今度からはダンスの授業を真剣に受けようかと思っていたくらいである。
にもかかわらず、吾川さんは食い下がってくるのだった。
「でっ、でも、友達が『女の子と水族館に来てたのを見た』って」
どうやら昨日鈴音と二人で出かけたのを見られていたらしい。そして、それを人づてに聞いた吾川さんは、僕が彼女とデートしていたと考えたようだ。
だから、僕はこう答えるのだった。
「誤解だよ、吾川さん」
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