第44話 小さな博士の見解
「はぁぁ……まさに至福の時でした♡ マリウス様のお陰で〝ヒルディスビー〟に組み込まれている性能を理解する事ができました! これで
鼻息荒く意気込むプリシラだったが、可愛い顔で〝クソジジイ〟と評したのを聞いた俺とロイドは、ハハハ……と笑う事しかできなかった。
「プリシラ。論文を考える事も大事だけど、〝ヒルディスビー〟のような性能を持つプログラムは作れそう?」
ソフィアに問われたプリシラは、「うーん、可能ではあるんですが……」と困ったような表情に変わった。
「これが最大のデメリットなんですが、このプログラムを一から作り上げるとなると、膨大な時間がかかりますね。最低でも一年は見て頂かないと」
「それじゃあ、一から作り上げるんじゃなくて、プログラムをコピーする事はできないかしら? 例えば他のヴァルキリーに、コピーしたプログラムを移植するのはどう?」
ソフィアの提案にプリシラはすぐに首を左右に振り、「コピーはできますが、移植する事は不可能です」とキッパリ答えた。
「〝ヒルディスビー〟という機体を大量生産するならともかく、専用の特殊装甲がないヴァルキリーに、そのままプログラムを移植しても意味がないかと。装甲を直に見てみたのですが、腰回りに装着されている特殊装甲があって初めて、その能力が発揮される代物だと分かりました。マリウス博士が〝ヒルディスビー〟の為に開発したと言っても過言ではないプログラム構成だったんです」
プリシラの発言を聞いたマリウス先生がにっこりと笑う。俺はヴァルキリーのプログラムに関して、何一つ分からなかったが、ソフィアはなんとなく理解したのか、「そうなのね……」と考え込むように返事をしていた。
「それじゃあ、特殊装甲云々を抜きにして、他の部分をプログラミングする事はできる? 例えば、オーブを介してヴァルキリーが自発的に喋る機能とか――」
「ソフィアちゃん、ヴァルキリーに喋る機能を付けたいんですか? どうしてそんな機能が必要なんです? ヴァルキリーを操縦するだけなら、ナビ機能だけで充分じゃないですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まったソフィアを見て、プリシラは不可解だという表情に変わった。
「どうして、ヴァルキリーを喋らせたいんですか? ヴァルキリーは元々、人型の軍用兵器ですよね? ソフィアちゃん、下層に来てから頭でも打ちましたか?」
「あ、頭は打ってないわよ、失礼ね! ただ……身近に話し相手がいるのって、良いなって思っただけよ」
俺の方をチラッと見たソフィアは、羨ましそうな視線を向けてきた。どうやら、俺と父さんが楽しそうに喋っているのを見て、ずっと羨ましく思っていたらしい。
(確かにアメリアと喋りたい時は、いつも俺を介して話してたし、二人きりで話したい事だってあるよな。それなら、俺がソフィアの為に一肌脱ごうではないか!!)
俺は大きく咳払いをし、プリシラの前に歩み寄った。
「俺からも頼むよ、プリシラ。ソフィアはアメリアがいなくなってから、ずっと寂しい思いをしてきたと思うんだ」
「イグニス君……」
俺は隣にいたソフィアとアイコンタクトを取り、任せろという意味を込めてウィンクをする。
「この通り、ソフィアは強気な性格してるじゃん? 俺が察するに、学校でも一人ぼっちだと思うんだよ。だから周りから誤解されて、いつも一人で浮いてるんじゃないかと――あだぁっ!?」
第八格納庫内に、パチンッ! という快音が鳴り響いた。思いっきり叩かれた時のような、ジンジンとした痛みを後頭部に感じる。どうやら、隣にいたソフィアが俺の頭を引っ叩いたようだ。
「いってぇぇ! いきなり何しやがる!?」
「誰が一人ぼっちよ! 好き勝手言わないでちょうだい!」
ソフィアが怒って、フンッ! とそっぽを向く。すると、〝グルヴェイグ〟の中で聞き耳を立てていた父さんからも、『今のはイグニスが悪い』と指摘されてしまったものだから、「う……悪かったよ、ソフィア」と謝ったのだった。
「むむっ……むむむ……」
「どうしたんですか、ジークルーネ博士?」
異変に気が付いたロイドが声をかけてみたが、プリシラは何も聞こえていなかったのか、涎を垂らしたまま、ブツブツと独り言を言っていた。
「一人ぼっち……話し相手……。きましたーーーー! 今、私の天才的な頭脳に良いアイデアが降りてきましたっ! これは大発明の予感がしますよっ! ソフィアさん、イグニスさん、ありがとうございます! 頑張って、プログラミングに励みますね!」
プリシラがソフィアと俺の手を取ってお礼を述べてきたが、何か間違って解釈されているような気がした俺達は、喧嘩している事も忘れて、互いに目を見合わせてしまった。
少し気の抜けたような空気の中、手拍子が数回鳴る。どうやら、マリウス先生が手を叩いたようだ。
「はいはい、お喋りはここまでにしようか。プリシラ、僕が頼んだ物は作れそうかな? できれば、WVOに申請する前に〝ヒルディスビー〟と〝グルヴェイグ〟に組み込みたいんだけど……」
マリウス先生の問いかけに、プリシラはブカブカの袖で敬礼をし、「はい、それは可能ですっ!」と大きな声で返事をした。
「
「じゃあ、急で申し訳ないんだけど、今日中にお願いしても良いかな?」
「了解です! マリウス博士の為に頑張ります!」
嬉しそうに笑うプリシラから視線を逸らした直後、珍しくマリウス先生が寂しそうな表情をしていた。
俺が首を傾げていると、「僕もイグニス君達みたいに、気兼ねなくニコと話したくてさ。だから、ソフィア嬢の気持ちは分かるんだよ」と眉を下げて笑っていた。
「もしかして、マリウス博士も一人ぼっちなのですか?」
恐らく、プリシラは子供心で聞いているのだろう。悪気はないと分かっている為か、「うーん、そうだねぇ。そんな所かも」とマリウス先生は話を濁していた。
「そうですか。皆さん、色々と訳アリなんですね……」
一瞬、プリシラの顔が曇ったように見えたが、やる事を思い出したのか、両手をグーに握り、「それでは、作業に入らせて頂きます! 気合い入れちゃいますよぉ〜〜!」と声を張り上げた。
キャットウォークに掛かっている避難梯子を使って、軽快に降りて行く。その姿を見送った後、俺はマリウス先生に向き直った。
「マリウス先生、
俺の問いにマリウス先生は頷いた。
「うん、問題ないよ。ソフィア嬢の計らいで、ここの格納庫内に
マリウス先生の言葉を聞いて、俺はゲッ……という表情に変わる。人間の生殖機能を抜き取ったり、拉致監禁の末に拷問したりと、この数千年で地球はおっかない場所へと変わってしまっているようである。
「父さんからも色々聞いてるけど、マジでおっかねぇ場所になってるんだな。マリウス先生達が言う本国ってさ、地球のどこらへんにあんの?」
「んー、そうだねぇ……地球そのもの、かな?」
「へ? 地球そのもの?」
突然、意味深な発言をしたので、俺が首を傾げていると、マリウス先生はハッと我に返ったのか、俺達の肩に手を添えて、歩けと促してきた。
「いや、イグニス君達には関係ない話だよ。それに一週間後には高速エレベーターに乗って、ソフィア嬢に上層を案内してもらうんでしょ? プリシラの邪魔にならないように、さっさと孤児院に戻るよ」
「ちぇっ……はぁーい、マリウス先生」
話をはぐらかされたのもあって、拗ねたように返事をしつつ、俺達はゆったりとした歩調で歩き始めた。
視界の端に横たわる〝グルヴェイグ〟に向かって、『おやすみ、父さん』と念じると、『おやすみ、イグニス。また明日』と父さんから返事があったので、俺は皆にはバレないように少しだけ口角を上げた。
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