第43話 変わった珍客

 警備隊のヴァルキリーを撃墜してから、約半年が経過した。初めの三ヶ月くらいは、警備隊が下層にやって来て現場検証を行ったり、関係各所に聞き取り調査やケンタウロスおじさん達のような力を持った人間に圧力をかけてきた。


 下層全体が緊張状態に陥ってしまった時期もあったけど、今は警備隊の姿は一人もいない。これは俺の推測だが、マリウス先生とケンタウロスおじさん、ソフィアの三人が何らかの方法を使って、警備隊を丸め込んだのかもしれないと思っていた。


 どうやったのか詳しくは知らない。けど、マリウス先生には〝特異体質者〟としての能力もあるし、ケンタウロスおじさんは方々に顔が利く。それにソフィアは上層のお嬢様らしいから、この面子がいればなんとかなるか……くらいにしか思わなかった。


「あーー、もう!! マジでわっかんねぇっ!! こんな事やって、将来何の役に立つんだよ!? 今日はもう勉強なんてやらねぇ、寝る!!」


 ストレスが溜まって勉強を投げ出す時もあったけど、コツコツと努力し続けた甲斐あって、俺は苦手な数学も六割以上の点が取れるようになってきた。


 他の教科に関しては、安定的に七割くらい点を稼げるようになったし、この調子なら筆記試験は合格できるだろうと、ソフィアからお墨付きを貰うくらいまで成長する事ができたのである。


「よーしっ! このままいけば、筆記試験は合格できるぞ!」


 安心しきっていた俺だが、ある日突然、マリウス先生に「ちょっといいかな?」と呼び出された事があった。


「イグニス君、油断は禁物だよ。誰だって調子に乗ってたら、受かる試験も落ちるから。半年以上勉強した事が水の泡だよ。いいのかな? このままだと、ヴァルキリーに乗れないかもよ?」


 教会の懺悔室で、マリウス先生に長々と説教された時は、背筋が凍るかと思うくらい恐怖したのを今でも鮮明に覚えている。


 一日の勉強を終えた後、俺は第八格納庫へ足を運び、〝グルヴェイグ〟の中で眠っている父さんに会いに行く。その時にヴァルキリーの動かし方や〝特異体質者〟としての能力の使い方、日常であった他愛のない話をして、笑い合うのが日課になっていた。


 でも残念な事に〝グルヴェイグ〟は、警備隊との戦闘以降、一度も起動する事ができなかった。起動できない理由を聞くと、警備隊に勘付かれたり、本国にバレると色々と厄介な事が起きるからだそうだ。


『ごめんな、イグニス。本当は〝グルヴェイグ〟を操縦してみたいよな』


 俺の気持ちを汲んでか、会う度に父さんから謝られるけど、ヴァルキリーがどういう仕組みで動いているのかを教わる事ができたので、〝グルヴェイグ〟を起動できなくても、俺は全く不満を抱いてはいなかった。むしろ、毎日楽しくて仕方がなかった。


 ――以上が俺の回想である。


 いろんな人達に支えられ、父さんとのコミュニケーションも十分に取り、久しぶりに平穏な時間を過ごして、二月も終わりを迎えようとしていたある日の事。


 〝グルヴェイグ〟と〝ヒルディスビー〟の二機を、公的機関であるW・V・O(ワールド・ヴァルキリー・オペレーションズ)へ審査依頼する準備の為、変わった珍客が第八格納庫に訪れていた。


「キャーッ、なんという革新的な発明なんでしょう!! これを全て、貴方一人で開発したというのですか!? !?」


 桃色の髪をサイドテールに状に結い上げた幼女が、〝ヒルディスビー〟の装甲で繋ぎ合わせた、宙に浮く足場の上で、楽しそうにピョンピョンと飛び跳ねている。


 マリウス博士――もとい、マリウス先生も〝ヒルディスビー〟の装甲で作った、宙に浮く足場の上に乗ったまま、隣にいる幼女と楽しそうに話をしていた。


「はい、ジークルーネ博士。装甲の設計からプログラミングまで、私が開発しました。次は〝ヒルディスビー〟の性能についてご説明させて頂きます」

「きゃ〜〜、嬉しいっ! 早く説明を求めますっ! 後、そんな堅苦しい呼び方ではなく、プリシラとお呼び下さいっ! 私もマリウス様とお呼びしますのでっ!」


 まるで、アイドルに出会ったのかと勘違いする程の騒ぎっぷりだった。一方のマリウス先生は孤児院の子供達と接する時と同じような態度で、ニコニコと微笑んだまま、「承知しました、プリシラ」と返事をしている。


 二人の会話を少し離れた所から聞いていた俺は、「アイツ、本当に博士なのか?」と隣にいたロイドに聞いてみる。すると、ロイドも半信半疑な様子で、「正直言って、そうは見えないかも……」とキャットウォークの手摺りを掴んだまま、苦笑いしていた。


「だよなー。あんな格好で私がロスヴァイセ研究所の主任を務めております、プリシラ・ジークルーネです! って言われても、全く説得力がなかったもんなぁ……」


 俺は気怠そうに手摺りにもたれ掛かり、プリシラと呼ばれた幼女博士を観察する。プリシラの格好を見てみると、黒いエナメルの靴にフリルたっぷりのブラウス、ブラウン系のチェック柄ワンピースを着用し、その上から大人用の白衣を羽織っていた。


 研究員らしくない格好に加えて、大人用の白衣をいつも引きずって歩いているのか、裾の部分が埃に塗れ、誰かに踏まれたような足跡がいくつも残ってあった。


 後ろ姿だけを見れば、子供がお医者さんごっこをしているかのように見えてしまう。それがソフィアの紹介であっても、自分よりも幼い年齢の彼女を信用する事はできなかったのだ。


「第一、なんであんな幼女がヴァルキリーの開発と研究をやってるんだ? あわよくば、胸の大きい年上のお姉さんが良かったぜ――いでっ!?」


 バシッと快音が響く。隣にいたソフィアに思いっきり肩を叩かれてしまったのだ。ジンジンとした痛みに、俺は自分の肩を摩りながら、痛みで表情が歪んでしまう。


「何言ってるのよ、イグニス君。研究者に年齢なんて関係ないわ。それにプリシラは六歳で、私のお母様が所長を務めている研究機関の試験に合格した正真正銘の天才よ。お母様の目に狂いはないわ」

「うーん、そうは言ってもよ。あれは子供のはしゃぎ方じゃねぇか?」


 俺が指摘すると、マリウス先生に〝ヒルディスビー〟の性能について説明を受けている最中、プリシラはピョンピョンとジャンプし続けていた。


 よく見ると、だらしない表情で口の端から涎が垂れている。どうやら彼女は興奮しすぎたら、唾液が溢れ出てしまう体質らしい。


 そんなプリシラの様子を見ても、ソフィアはいつもの事だというように、一切動じてはいなかった。


「まだ、プリシラの事が信じられないのね?」

「そりゃあ、まぁ。俺から見れば、ただのヴァルキリー好きな女の子にしか見えないんだよ。それに会ったばっかりだし、いきなり信用しろって言われてもなぁ……」


 俺は困ったように頬を掻く。


 すると、ソフィアは腕を組み、「確かに初対面の人なら、そうなるのも仕方ないのかもしれないわね」と呟き、珍しく俺の考えに理解を示してくれた。


「プリシラはロイド君より三つ年下の女の子なの。本来は学校には行かなくても良いくらいの頭脳を持ち合わせているんだけど、本人が学校に通ってみたい! って言うものだから、飛び級制度を使ってアークスの中等部に通う予定なのよ。ロイド君が入学試験に合格すれば、プリシラと一緒の学年に通う事になるわね」

「と、飛び級制度? アークスにはそんな制度もあるのか?」


 俺が少し驚いていると、ソフィアは「勿論よ」と頷いた。


「いい? アークスはヴァルキリーパイロットの教育・技術・環境の全てにおいて、トップレベルを誇ってるの。成績証明書と推薦書があれば、プリシラのように飛び級制度を使う事もできるし、他の宇宙船にある協定校へ留学する事もできる。ヴァルキリーのパイロットを目指すなら、アークスに入るのが一番の近道よ。それから――」


 いつものようにソフィアが長々と説明し始めたので、俺は聞き流しながら、床に寝かされている〝グルヴェイグ〟を見つめた。


 公的機関であるWVOの認可が降りれば、アークスで〝グルヴェイグ〟に乗る事ができる。そうなれば、念願のヴァルキリーのパイロットとして活躍できる! そう思うだけで、嬉しくて拳が震えてしまった。


『イグニス、余所見をするな。ソフィアが睨んでるぞ』


 父さんの〝心の声〟を聞き取った俺は、「へー、アークスっていろんな制度があるんだな!」と少しオーバー気味にリアクションを取ると、「ふふん、そうでしょう?」とソフィアは満足そうに何度も頷いたのだった。

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