第32話 完全同調の反動

「あ……れ……今度は動ける……?」


 薄らと瞼を開けると見慣れた天上があった。どうやら、ずっとベッドの上で寝ていたらしい。俺は身体を起こそうとするも、腕に力が入らなくて上手く起き上がれず、諦めて再びベッドの上に寝転んでしまった。


(くっそー、シンラは自由に動けてたのに俺は動けないだなんて。こんな状態じゃ、何もできないじゃないか……)


 どうやら、完全同調フルシンクロ後は反動で身体が動かなくなるらしい。シンラは教会でマリウス先生と喋っていたはずなのに、どうして俺は寝たきりなのだろう――納得いかなかった俺は一人で唇を尖らせる。慣れの問題なのか、はたまた別の問題か。一人で考えても結論が出なかった。


「それにしても、あれからどれくらい経ったんだ? 〝グルヴェイグ〟に乗って警備隊のヴァルキリーを破壊しちまったし。操縦してたのは俺じゃないとはいえ、流石にヴァルキリーもオーブも没収されちまったかな」


 俺は諦めたように溜息を吐いた。現状、どうなっているのか分からないが、警備隊のヴァルキリーを破壊したうえに、立入禁止区域の溶鉱炉施設を破壊してしまったのだ。手元に〝オーブ〟がないのを見るに、〝グルヴェイグ〟も没収されてしまったに違いない。苦労して手に入れた分、失ったショックも大きかった。


「あーあ、暫くは仕方ないの一言じゃ済ませられねぇな。皆は無事かな……ソフィアは怪我をしてたし、ロイドは今回の件でヴァルキリーが嫌いになっちまったかも。そうなったら、上層の専門学校には行きたくないって、言うかもしれないな」


 命に関わる怪我はしていない筈だから、その点は心配はしていない。けれど、二人の心に傷が残ってしまったらと思うだけで、俺は落ち着かなくなってしまった。


「ハァ……こうしちゃいられねぇ。今は無理してでも、二人の安否を確認しないと」


 震える腕で身体を支え、ゆっくりとベッドから起き上がろうとした。しかし、全身に強い電気が走っているかのような痛みが襲い、俺は動くのを止める。


(いってぇぇ! なんだよ、この痛み! 足が痺れた時みたいな痛さが、全身を駆け巡りやがる!)


 痛みと気持ち悪さで呼吸が浅くなる。感じたことのない痛みに耐えながら、汗だくでベッドの端に腰掛け、恐る恐る両足を地面に着けて立とうとしたが、足腰に力が全く入らなくて膝から崩れ落ちてしまった。


「いてて……足に力が入らないなんて生まれて初めてだ。とりあえず、誰かに助けを求めた方が良いよな」


 俺は床に這いつくばった状態から、どうにかして立ち上がろうと奮闘していると、廊下の方から誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえた。


 俺は四つん這いの状態のまま待ち構える。部屋に現れたのは綺麗に畳んだシーツを持ったソフィアだった。


「イグニス、君?」


 彼女の頭には包帯がぐるりと巻かれたままだったので、俺は〝グルヴェイグ〟に乗ってから、そんなに日にちが経っていないと判断した。


「よぉ、ソフィア。久しぶり……でいいのか?」


 ソフィアは俺と目を合わせるなり、驚いた表情に変わった。手に持っていたシーツを床に落とし、「本当にイグニス君、なの?」と声を震わせる。


 俺がはにかんだ笑みを浮かべると、浅紅色の目が更に大きく見開いた。ソフィアが壁を作るように距離をとって見えるのは、俺のことをシンラだと思っているからだろうか?


 俺は手を小さく振り、「あぁ、俺だ」とぎこちない笑みを浮かべながら返事をする。すると、ソフィアは床に落としてしまったシーツはそっちのけで、俺に向かって駆け出してきた。


「イグニス君!」


 ソフィアはその場に両膝を着き、両手を広げて抱き締めてきた。自分の顔面が彼女の胸に埋もれると同時に甘い香りが漂ってくる。


「あぁ、イグニス君! 本当に貴方なのね!?」

「その口振りだと、俺が〝グルヴェイグ〟のパイロットと入れ替わっていたのを知ってるんだな」


 ソフィアは複雑そうな表情で頷いた。


「未だに信じられないけど、エインヘリアルシステムによって、貴方とヴァルキリーの中で眠っていたパイロットの意識が入れ替わってたってことよね?」

「あぁ。俺がヴァルキリーの中に侵入した時に、〝グルヴェイグ〟のパイロットであるシンラと知り合ったんだ。その時に警備隊のヴァルキリーに襲撃を受けたって聞いて、シンラと取引したんだ」

「取引? なんの取引をしたの?」


 ソフィアの表情が少し曇った。俺は二人を助ける為だとは答えず、「たまに俺の身体を使わせて欲しいんだってさ」と答える。


「交換条件を出されたんだ。シンラが俺の身体を使う代わりに、〝グルヴェイグ〟を使わせてやるっていう条件をな」

「イグニス君の身体を? 何の為に?」

「さぁ? シンラが言うには調べたいことがあったり、たまには身体を動かしたいんだと」


 俺の言葉を聞いたソフィアは、更に難しそうな表情になった。


「ねぇ、イグニス君。貴方、そのシンラって人に良いように使われてるんじゃないの? 今は何もしないかもしれないけど、いつか貴方の身体を乗っ取ったりする魂胆なんじゃ……」

「うーん、どうだろうな。シンラはそんな狡い真似はしなさそうだし、万が一、そうなった時はその時に考えるよ!」


 俺が楽観的に言うと、ソフィアは明らかに不満気な表情に変わった。「その万が一があって、身体を乗っ取られたら私との約束はどうなるのよ……」と拗ねたように呟いたのを見て、不覚にも心臓が跳ねてしまった。


「や……約束は忘れてないぜ? 嘘はつかないって約束したし、ソフィアがピンチの時は必ず俺が助けに行くから、そんな拗ねた顔をしないでくれよ」

「本当? ちゃんと、助けに来てくれる?」


 その問いかけに「勿論」と答えた後、俺はソフィアの頬に手を添えた。どちらかともなく互いの顔が近くなって、彼女はゆっくりと目を瞑る。


 一方の俺はゴクンと生唾を飲み込み、ソフィアの形の良い唇を凝視する。この流れはもしかして、噂に聞くキスの流れでは――!?


(やばい、自然とソフィアの頬に手が伸びちまった!! エインヘリアルシステムを使う前、ソフィアがキスしてくれるって言ってたから、いつしてくれるのかなぁーとは思っていたけれども! キキ、キスって、こういう雰囲気の時にすれば良いんだな!?)


 イグニス、十六歳。人生で初めてのファーストキスを経験する――そのはずだった。


 部屋の扉の向こうから、ボソボソと話し声が聞こえてくる。声の主はマリウス先生とロイド。わざと声のボリュームを大きくしているのか、会話の内容がこちらにまで丸聞こえだった。


「ねぇ、マリウス先生。二人が部屋の中で何してるか見えました?」

「あぁ、青春ごっこをしてる最中だったよ」

「青春ごっこ? それって、どういう意味?」

「分かりやすく言うと、お互いに好きかどうかも分からない〝お子ちゃまの恋愛〟をしてるって意味だよ」


 〝お子ちゃまの恋愛〟という言葉に、俺よりもソフィアが過剰に反応していた。気まずい空気が俺達の間に流れる。部屋のど真ん中で俺達がそんな雰囲気になっているとは知らず、二人は話を続けていた。


「えぇっと……それはソフィアさんとイグニス兄ちゃんが、そういう関係になってるって解釈で良いんですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないねぇ〜。今はお互いに気になってても、大人になったら別の好きな人ができる可能性だってあるわけじゃん。だから、僕は〝お子ちゃまの恋愛〟って言ったんだ。まぁ、イグニス君はここにいるチビ達とじゃなくて、同年代の女の子と話して、もう少しコミュニケーション能力を鍛えた方が良いだろうし。僕は何も言わないけど、要は男女交際は順序を間違えなきゃ良いのさ」

「順序? 順序って、何のことですか?」


 俺よりも恋愛に疎いロイドは首を傾げていたが、マリウス先生は鬱陶しがらずにいつものように続ける。


「結婚する前に子供を作らないとかかな」

「こ、子供!? 待ってください! 二人は中で何してるんですか!?」

「さぁね。僕は二人が抱きしめ合ってる所しか見てなかったからねぇ。その後、どうなってるのかまでは知らないよ〜」

「それじゃあ、二人は部屋の中で破廉恥なことをしてるってことですか!?」

「かもしれないねぇ〜」


 マリウス先生の言葉にロイドは絶句してしまったようだ。


 俺はせっかくの雰囲気をぶち壊しにされた怒りもあり、「好き勝手言いやがって! 用があるなら、さっさと入れよ!」と大きな声を発した。すると、マリウス先生は扉を少し開け、ひょっこりと顔を出し、いつもの調子で手をひらひらと振ってきた。


「やぁ、お二人さん。お熱い時間は過ごせたかい?」

「何言ってんだよ、マリウス先生。ソフィアとお熱い時間なんて、これっぽっちもなかったぜ。何かと見間違えてないか?」


 それを聞いたマリウス先生は不敵な笑みを浮かべた。


「いいや、僕はしっかりとこの目で見たんだ。ソフィア嬢がイグニス君に抱き付く瞬間をね。僕の言ってること、間違ってないでしょ?」


 俺とソフィアは顔が引き攣ったまま、黙り込んでしまった。一言も言い返すことができなかった俺達を見て、マリウス先生は腹を抱えて盛大に吹き出す。


「アハハッ、君達って本当にピュアだよねぇ! こういう時は顔に出さず、サラッと聞き流せば良いのに!」


 いつもよりテンションが高いマリウス先生を見て、少し違和感を感じた俺は、「先生、何か良いことでもあった?」と聞く。すると、マリウス先生はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、薄らと笑みを浮かべた。


「イグニス君、ロイド君。そして、ソフィア嬢。三人共、こっちに来てくれるかい?」


 マリウス先生にしては珍しく神妙な面持ちになった。俺とソフィアは顔を見合わせ、彼女の手を借りて立ち上がった。さっきと比べれば、随分とマシになっているが、足が床に触れる度、痺れた時のようにピリピリと痛む。


 それを見たマリウス先生は、「あぁ、シンラ君と完全同調フルシンクロしたから足腰立たなくなってるんだね」と何気なく言葉を発したので、俺は驚いて目を見開く。


「マリウス先生……なんで、それを知ってるんだ?」

「フフッ、そんな驚いた顔をしてないでついておいで。知りたいことは言える範囲で教えてあげるからさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る