第31話 シンラの記憶

(う……ここは……?)


 先刻のヴァルキリーとの戦闘から、どれくらい時間が経っただろうか。体感でいえば、ついさっきのような気もするが、きっとそうじゃないのだろう。起きたばかりでそこまで気にする余裕がなかった。


(あれ……俺、ヴァルキリーの中で眠ってるのか? それとも、オーブの中? わからないけど、凄く眠い。身体が水の中に沈んでるみたいだ)


 完全に覚醒した訳ではないようだったが、これ以上眠るわけにはいかないと自分を律し、意識を保とうと努力していると、見たことも聞いたこともない映像が流れ込んできた。


 〝俺〟は手に持っているデバイスでメッセージを打っていた。見たことのない景色だったから、今見ている映像は〝シンラ〟が体験した記憶だということにすぐ気付く。


 シンラはアスガルドで使われている文字を入力しては消しを繰り返し、『うーん、違うな……』と独り言を呟きながら、デバイスと睨めっこを繰り返している。デバイスに打ち込まれた文字を見てみると、『君』とか『どこにいる?』とか、そういう意味合いの文字が並んでいたので、普段使わない国の言葉を使って、簡単なメッセージを打っている最中だということにも気付いた。


『君と……会って……話が…………なんだよ、覗き見かよ。趣味悪いな、マリウス』


 シンラは手に持っていたデバイスの画面を机の上に伏せ、苛立った様子で背後を振り返る。


 背後には二人の男がいた。一人は学生服のような服を着た若い頃のマリウス先生。もう一人は見たことのない大人しそうな黒髪の少年が立っていた。可愛らしい見た目をしているが、背はマリウス先生より頭一つ分低いくらい。優等生という言葉が似合う少年で、シンラやマリウス先生よりも歳は下のように思える。ニコニコと機嫌良さそうに笑みを浮かべてる様子を見て、俺はとても親しみやすそうな印象を抱いた。


『なんの用だよ?』

『最近の君は何かに夢中になってるからね〜。親友の僕にですら隠し事をしてるんだ。もしかして……コレかい?』


 マリウス先生がニヤニヤと笑いながら小指を立てている。シンラは取り繕うように、『ちげぇよ、このバカ』と反論していたが、さっきから心臓がドキドキとうるさい。直感だが、このメッセージの相手は女性だと思った。


『もしかして、今流行りの宇宙間通信ですか?』


 黒髪の少年が聞くと、シンラは面白いくらいに黙り込んだ。すると、黒髪の少年は『水を差すようで申し訳ないのですが……』と前置きをして、ペラペラと喋り始める。


『シンラ先輩がどこの国の誰を想おうと構いませんが、女だと思っていた相手が、実は男だったって事もあったそうですよ? 顔も見えてない相手なんですから、あんまり期待しない方が傷付かずに済みます』

『ルイ、てめぇ! 誰が女つったよ、誰が!』


 シンラは苛立ったように足を組み、ルイと呼んだ少年をギロリと睨む。けれど、ルイは慣れているのか、隣にいたマリウス先生と顔を見合わせて、『しっかりと顔に書いてますよね?』と聞く。すると、マリウス先生は腕を組みながら何度も頷いていた。


『そうだねぇ。シンラ君って、皆から〝鬼神〟だって言われてるけど、意外と真面目でピュアな所もあるもんねぇ』

『それすっごくわかります! 意外と甘党なのもギャップありまくりで、可愛いですよね!』


 言いたい放題言われていたシンラは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。二人が話終わる前に勢い良く立ち上がり、宣言するように指をさす。


『いいか、てめぇら! 俺はただ〝ナンバーズ化〟されたくないだけだ! この学校の〝トップ7〟に入れば、金も手に入るし、自分で人生を決められる! なんでもかんでもお偉いさん方に将来を決められてたまるかってんだ!』


 それを聞いたマリウス先生とルイは、シンラの言葉に同意するかのように深く頷いていた。


『それはシンラ君の意見に賛成。優秀なパイロットを〝ナンバーズ化〟して、同じ人間を何人も作る計画なんて気持ち悪すぎ。お偉いさんは僕達のこと、程の良い道具としか見てないよね』

『僕達二年生は卒業した先輩方の話を聞くことが多いんですけど、成績上位10%以上は精子凍結までさせられたらしいですよ。いきなり別室に呼ばれて、紙コップとティッシュを渡されたんだとか。他にもいろいろありますが、生々しい話が多いですね』


 ルイの話を聞いたシンラとマリウス先生は表情を曇らせた後、互いに顔を見合わせて無理やり作り笑いしていた。


『ハハハ……それは露骨すぎだよね。慢性的な人手不足のうえに、〝純血種〟が少なくなってるとはいえ、そこまでする必要があるのかな?』

『さぁ……けど、地球の過酷な環境に耐える為に、僕達の祖先は遺伝子操作を繰り返してきたんですから。そのせいで出生率は低いままですし、将来的には宇宙船の人間を攫う任務が与えられたりするんじゃないですか?』


 ルイの何気ない言葉にシンラは嫌悪感を抱いたらしく、『おい。それ以上、この話はするな』と会話を止めるように注意をしていた――。


(あ、あれ? もう終わり?)


 〝俺〟の意識がハッキリしてきた所で、〝シンラ〟の記憶の映像は砂嵐のように消え去っていった。真っ暗闇の中を漂いながら、先程の記憶について悶々と考え込み始める。


(なんか……興味深い単語が飛び交ってたな。〝ナンバーズ化〟とか〝純血種〟とか、訳わかんねぇ単語がたくさん出てきたけど、シンラのことが少しだけ知れたような気がするぞ!)


 これなら、シンラに生い立ちや素性を聞かずとも、彼のことを知ることができる。どうせ、聞いても適当な事を言って、はぐらかされると思っていたので、俺はラッキーだと思っていた。


(この調子で完全同調フルシンクロを繰り返していけば、シンラのことも知れるし、ヴァルキリーの性能も深く知ることができる。そうと決まれば――って、あれ? なんか近くで話し声が聞こえるような……)


 俺は神経を研ぎ澄ませ始めた。マリウス先生と〝俺の声〟が聞こえた。声が少し反響しているのを聞くに、マリウス先生とシンラが孤児院に併設されている教会にいると判断した。ボソボソと話している為か、会話が途切れ途切れにしか聞こえない。


「久しぶりの生身の身体はどう? シンラ君」

「まぁまぁだ。ところで、…………にアクセスキーを渡したのはお前だな? どうして、…………に。俺は〝グルヴェイグ〟と運命を共にする覚悟をしていたのに」


 シンラの声が少し震えていた。今は完全同調フルシンクロをしているわけではないので、シンラの気持ちまではわからないが、何かに悲しんでいるかのような声音だと思っていた。


「あの…………は…………君が見つけた。凄く運命的だと思わないかい? ……が乗っていたヴァルキリーを……の…………が乗る。僕は神の導きだとしか思えなかった! 君が〝グルヴェイグ〟に乗って、敵機を落とした瞬間なんか、嬉しくて手が震えたよ! ほら、僕の手を見てみなよ! 今も震えが止まらないんだ! やっぱり、何年経っても錆びつかない君の才能には惚れ惚れするね、最高だよ!」


 珍しく、マリウス先生の声が上擦っているように聞こえる。いつもマイペースにのらりくらりと話すので、こんな調子で喋るのを初めて聞いた気がした。


「無神論者のお前が何言ってんだか。とにかく、俺は……の仇を討つ。……は上層にいるんだろ?」


 肝心な単語を聞き取れなかった。だが、口を挟むと意識が戻っていることがバレるので、そのまま二人の会話に聞き入ることにした。シンラの問いにマリウス先生は「そうだね」と答える。


「……は上層にいる。今、アイツが何をやってるのか分かんないけど、上層にいることだけは確実だよ」

「そうか。なら、イグニスが上層に行くのを全力でサポートしないとな。こうして目覚めた以上、あの時のことを問いたださないと気が済まない。場合によっては、死んだ方がマシだと思うくらいの苦痛を与えてから殺してやる」


 シンラは拳を握り、バキバキと指を鳴らした。どうやら、殺したいくらい憎い相手がいるようだ。その様子を見て、マリウス先生は「そんなに殺気だたないでよ」と宥めていた。


「それより、肝心のイグニス君はどうなってんの? まだ起きてないのかい?」

「ちょっと待て…………あぁ、さっき起きたみたいだ」


 シンラが首から下げていた〝オーブ〟を握りながら言う。狸寝入りをして誤魔化そうとしたが、すぐにバレてしまったようだ。マリウス先生は〝オーブ〟を指先でつつき、「盗み聞きなんて悪い子だねぇ」と低い声で言った。


「イグニス君、悪いんだけどさ。彼とは久しぶりの再会なんだ。もう少しだけ眠っててよ」


 マリウス先生に囁かれた瞬間、水の中に引き摺り込まれるような感覚がした。光がどんどん遠くなっていく。マリウス先生はシンラのデバイスを盗み見したくせに――そう言い返したかったが、俺は眠るように意識を手放してしまった。

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