第30話 ヴァルキリーとの戦闘③
後方から追尾してくるミサイルは二発。俺は
〝グルヴェイグ〟は右に左に高速で飛び回り、時には急降下して攻撃を躱そうとするも、ミサイルに高性能な誘導計算システムが積まれている為か、なかなか振り切ることができずにいた。
「へぇ、やるじゃん。俺が寝てる間に随分と高性能なミサイルになったんだな。イグニス、どこか人がいない場所はないか!?」
『ハァッ……ハァッ……モニターの右斜め下っ! 立入禁止区域なら人はいない!』
「わかった!」
シンラはすぐに操縦桿を右に傾け、立入禁止区域の工業地帯上空に向かった。この巨大溶鉱炉は十年以上も手入れをされずに放置されている為、建物の外壁を覆っている金属パイプが茶色に錆び、所々が虫食いのように大きな穴が空いている。シンラはミサイルの追尾から逃れるように、穴に飛び込んでいった。
『シンラッ、まだミサイルが追尾してきてる!』
俺は焦るように叫んだ。ミサイルは一寸のぶれもなく、〝グルヴェイグ〟の後ろを追いかけてくる。その性能の高さにシンラはモニターを見ながら舌打ちした。
「チッ、ここまで追いかけてくるミサイルは初めてだな。しかもミサイルを撃った敵機は建物の上空で高みの見物? ハッ、随分と余裕ぶっこいてんな! 調子に乗ってんじゃ……ねぇっ!!」
パイプの中を潜り抜けた先は溶鉱炉の中だった。暗くて何も見えなかったが、シンラは〝グルヴェイグ〟の進行方向を反転させた後、腕を抱き寄せるかのように縮こませ、空気を割くように腕を同時に振り払う。すると、関節部分から漏れ出た〝火焔〟が弧を描き、真っ直ぐに飛んでいった。ミサイルは〝グルヴェイグ〟が放った〝火焔〟によって表面が融解し、大爆発が起こる。ミサイルは全て撃ち落としたようだったが、今度は爆風と熱波が襲いかかってきた。
『ぐぁっ!!』
まるで、両肩を掴まれて激しく揺さぶられているようだった。コックピットは赤い警告灯で染まり、機体がガタガタと激しく揺れる。機体が制御できない為か、モニターに『CAUTION』という文字が大きく表示されていたが、そんな状況下でもシンラは操縦桿を離そうとはしなかった。
「ハァッ、ハァッ……久しぶりの
『そんな悠長なことを言ってる場合かよ!? どっちが上でどっちが下か分かんない――ぶぇっ!?』
高い所から落ちた時のような痛みを感じた。どうやら、爆風に煽られた影響で〝グルヴェイグ〟は溶鉱炉の底に墜落してしまったようだ。状況を把握しようにも、墜落した影響で溶鉱炉の底に溜まっていた鉄粉が舞い上がり、モニターが真っ黒で見えなくなっている。
シンラも痛みがあるお陰で意識が途切れずに済んでいたが、今度は痛みがあるせいで起き上がるのに時間がかかっているようだった。
(俺……今、オーブになってるはずだよな? 身体がこんなに痛むなんておかしくないか?)
俺は今、〝オーブ〟の姿になっているはずなのに、鮮明な痛みを感じていた。恐らく、これも
『
操縦席の背後にいたロイドは気を失ったまま崩れ落ちていた。ソフィアは辛うじて意識は保っていたものの、激しい揺れが起こった衝撃で、いつの間にか俺の胸に飛び込んできたようだった。
「おい、大丈夫か?」
シンラがぐったりとしたまま動けずにいるソフィアに声をかける。ソフィアは身体を起こす気力もないのか、「ごめんなさい……眩暈が酷くて動けそうにないの」と蚊の鳴くような声で返事をした。
「なら、そのまま動かないでくれ。今から上空にいるヴァルキリーを落とすついでに、
モニターに薄らと反射して見えたシンラの表情を見て、俺は戦慄した。一言でいうと〝鬼〟だった。見慣れた自分の顔のはずなのに、俺ってこんな表情もできるんだ――と他人事のように思えてしまう。
(弄んでるというか、この状況を楽しんでるというか……妙に戦い慣れてるのも気になるな)
そんなことを考えていると、シンラが
『な、なんでいきなりそんなこと聞くんだよ』
「
シンラがどんな顔をしている人間なのか分からないが、それを聞いて俺は妙に納得してしまった。
『別にシンラのことは怖くないけど……』
「けど、なんだよ?」
『えっ!? い、いや、なんでもないから気にしないでくれ』
「そこまで言われたら続きが気になるだろ? ほら、怒らないから話してくれよ」
『や、やだよ! 絶対に言わないからな!』
「遠慮するな。それに、今後一緒に生活する為にも情報共有はしといた方が良いだろ? ほら、早く言ってくれ」
俺はなんと答えて良いのか分からず、暫く黙り込んでいた。しかし、シンラは一歩も引いてくれず、結局、俺の方が折れてしまった。『……絶対に怒らないでくれよ?』と前置きをしてから、たどたどしく話し始めた。
『なんていうか、こう……俺、毎日皆とふざけて笑ってばっかりだったからさ。初めて見る自分の表情に戸惑ったといいますか……俺、そんな悪人面できるんだって思った次第です』
「は? 俺が悪人面?」
長い沈黙だった。シンラは爆発が起こった時でも操縦桿から手を離さなかったのに、この時ばかりは手を離しそうになっていた。眼球が少し揺れている。瞬きもいつもに比べたら早い。どうやら、そんなことを言われるとは思っていなかったのか、薄らとモニターに映っている自分の顔を見つめたまま黙り込んでいた。
(ヤバイぞ! これは地雷を踏んでしまったかもしれない!)
俺がシンラの反応を伺うように黙り込んでいる間、ミサイルの燃え滓が〝グルヴェイグ〟に向かって枝垂れ落ちてきていた。比較的大きな鉄屑が機体に落下してきても、〝グルヴェイグ〟を動かそうとはしなかったので、『やっぱり、怒った?』と俺が機嫌を伺うと、シンラは我に返ったように顔を上げた。
「いいや、怒ってない。だが、今は敵機を撃ち落とすことが先決だ! イグニス、俺の表情よりも上にいる敵に集中しろよ?」
『が、合点承知!』
シンラは雑念を振り払うように頭を振り、操縦桿を強く握りしめた。〝グルヴェイグ〟を操作し、神に祈るかのように胸の前で両手を合わせ、数センチ隙間を開けるように手を離すと、エネルギーが小さな赤い玉となって集まり始める。俺は息苦しさを感じながらも、シンラの様子を見守ることしかできなかった。
「
〝グルヴェイグ〟の右手を溶鉱炉の天井に向けて構えた後、モニターにサーモグラフィーで観測した機体を確認した。ヴァルキリーのシステムから、『ターゲット確認。ランディングギア、アイゼン共にロック』と表示され、
チュインッ――という聞き慣れない音がした。右手から放たれた光線が天井に向かって真っ直ぐに伸びていく。光線を放ち続けたまま腕を薙ぎ払うと、建物の上部が文字通り斜めに滑り落ちていった。
『あ……あんな大きな建物が一瞬で……』
俺は
(あの赤い光線は溶接切断のような役割を果たしているのか!? 建物の断面が赤くなって壁の一部が溶けているし、廃炉になっているとはいえ、頑丈な造りになっているはずの溶鉱炉が、一瞬で崩壊するだなんて! すっげぇ……すっげぇよ!)
ドキドキとワクワクが止まらない俺に、シンラは「イグニス、舞い上がるのは後だ」と声をかけてきた。
シンラに言われて溶鉱炉の上空を見つめると、敵のヴァルキリーが左腕と左足の一部がなくなった状態で飛んでいた。モニターをよく見ると、手足の切断面が赤く溶け出している。どうやら先程の攻撃を感知したは良いが、避けきれなかったらしい。
しかし、ここで俺はある違和感に気付く。敵のヴァルキリーは、俺たちの真上でホバリング飛行をしたまま、反撃してくる素振りを見せなかったのだ。
『あれ? あのヴァルキリー、俺達に気付いてないのか?』
「恐らく、さっきの攻撃でシステムが狂ったんだろう。あの様子を見ると飛ぶのがやっとってところだな。追手が来る前にさっさと終わらせるぞ!」
シンラはチャンスとばかりに飛行体勢に入った。〝グルヴェイグ〟の翼を広げて熱を放出させると、底に溜まっていた鉄粉が再び舞い上がる。シンラは危険を顧みず、足の裏に付いているバーニアから〝火焔〟を噴射させると、大爆発が起こってしまった。
「ハハッ、粉塵爆発ってやつだな! ちょうど良いや、このまま葬ってやる!」
『ど、どうするつもりだ!?』
「敵のヴァルキリーを天井に押し付けるのさ! 衝撃に備えろよ!」
追い風とは比べ物にならない爆風が、〝グルヴェイグ〟の背中を押す。物凄いスピードで敵機に向かって飛んでいる最中、シンラは猛禽類が獲物を狙っているかのように、ヴァルキリーの頭部を鷲掴みにした。
「なかなか苛烈なモーニングコールだったぜ。今、解放してやる。お前も安らかに眠れ」
シンラはそのまま速度を落とさず、上層と下層を隔てる天井に向かって、敵ヴァルキリーの機体を思いっきり押し付けた。敵のヴァルキリーは深く天井にめり込んで、ビクッ! と大きく痙攣した後、電池が切れたように動かなくなった。
『ハァッ……ハァッ……終わっ……た?』
俺が息を切らしながら聞くと、「あぁ、ミッションコンプリートだ」とシンラが満足そうに答えた。
『そっかぁ……良かった。一時はどうなるかと思った』
気が抜けた途端、モニターに表示されている
「よく頑張ったな、イグニス。初めての
『ハァ……ハァ……うん、ありがとう』
シンラが労いの言葉をかけてくれたが、風邪をひいた時のような気怠さを感じ、視界も少し白んで見えていた。このまま起きていたいのに、どうやら限界が近いらしい。
優しい口調でシンラは俺に話しかけ続けた。
「後のことは気にせず、全て俺に任せろ。暫くの間、お前の身体を貸りるが、意識が戻ったら俺に声をかけてくれ。俺は約束を反故にしたりしないから安心して眠れ」
『うん、わかった……なぁ、シンラ』
「どうした?」
『二人のこと……よろしく頼む。俺……何もできなくて、本当に格好悪りぃ……』
朦朧とする中、それだけを言い残して俺は意識が完全に途切れてしまった。
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