第29話 ヴァルキリーとの戦闘②

(なんでこんなことができるんだ……)


 地上に墜落したヴァルキリーを見て、ズキンと胸が痛んだ。鋭い鉤爪で貫かれた胸部の装甲には大穴が空き、千切れた配線からバチバチと火花が散って、飴色の油がじわりと浸み出している。


 油に引火して〝グルヴェイグ〟が爆発に巻き込まれることよりも先に、俺は敵パイロットの安否を確認したかった。だが、肝心のパイロットの姿は見えず、最悪の事態ばかり頭に過ってしまう。


(パイロットがコックピットにいない……シンラに攻撃される直前に脱出したのか? それとも、さっきの攻撃で……こ、殺してしまったんじゃ――)


 想像するだけで血の気が引いた。モニターのどこを探しても、敵パイロットの姿が見当たらなかった。自分の意思ではないとはいえ、己の手で人を殺してしまったかもしれない――その事実に震え上がった俺は、シンラに向かって非難の言葉を浴びせ始めた。


『おいっ! 向こうから先に襲ってきたとはいえ、人が乗ってたはずだぞ!? どうして、こんな惨いことができるんだ!?』

「俺は人を殺してなんかいない。墜落したヴァルキリーをよく見てみろ」


 シンラはモニターを操作し、大きな穴が空いた部分を拡大してくれた。映し出されたのは剥き出しになったコックピットの一部。通常なら操縦席が設置しているであろう位置に、円柱型の透明なショーケースが設置されていた。そのショーケースの中に弱々しく明滅を繰り返す、ヒビの入ったオーブが一つ転がっているのを見て、『あっ……』と声を漏らす。


『人が……乗ってない?』

「そう、あれは無人機のヴァルキリーだ」


 シンラがモニターをジッと見つめながら淡々と答える。何故か少し嫌な予感がして、『ヴァルキリーって、パイロットがいなくても操縦できるのか?』と聞くと、「俺が〝グルヴェイグ〟の中で眠りにつく前までは、はずだ」と答えた。


「ヴァルキリーの無人機化は長年研究されてきた。オーブ単体でヴァルキリーを動かせるなら、危険な場所も探索できるし、何より戦術が広がる。パイロットが乗っていないのであれば、無茶な戦い方もできるし、そのまま爆弾を積んで敵機に突っ込んでも良いだろう。ヴァルキリーを戦闘兵器として扱う奴等からすれば、画期的な発明だな」

『ヴァルキリーをそんな風に扱うだなんて……なんだか嫌だな』


 嫌な想像をしてしまい、俺は息を呑むことしかできなかった。シンラは戦闘中にも関わらず、モニターを見ながら敵機の考察を続け、疑るような目で見ながら続きを話し始めた。


「今までオーブの位置付けは、あくまでヴァルキリーを動かす為の動力源のはずだった。だが、オーブが解明した奴がいるのか、無人機としての運用を可能にしている。ヴァルキリーを動かせるに至るまで、どれだけの犠牲を払ってきたのか想像したくはないがな」


 シンラが不愉快そうな表情で言ったのを見て、俺は複雑な気持ちになってしまった。シンラが渋い顔になった理由――それは、オーブが人の魂からできていると知っているからだろう。しかし、問題はオーブ=人間という事実をどれだけの人が知っているかだ。


(専門学校に通ってるソフィアだって、オーブにアメリアの魂が宿っていることを知らなかったんだ。俺みたいにオーブの声が聞こえない人達は、ヴァルキリーを起動させる為だけに存在する道具としか思ってないんだろうな……)


 俺が感傷に浸っている間、シンラはモニターに映っている数値を見つめ、〝グルヴェイグ〟の構造図もモニターに表示し、何かを確認し始めていた。


「よし、ようやく〝火焔〟を出せるくらいのエネルギーが溜まってきた」

『か、かえん? 何だよ、それ?』


 俺が質問するとシンラは操縦桿を手前に引き、墜落したヴァルキリーから距離を取った。


「〝グルヴェイグ〟はオーブから得たエネルギーを火の力に変換できる機体なんだ。本来なら、この〝火焔〟を武器に纏わせたり、専用の武器に圧縮して放ったりするんだが、それもないから仕方ない。さっきみたいに敵に近付いて攻撃を仕掛けるか」


 シンラが大きく深呼吸をしてから操縦桿を強く握ると、オーブの中心から少しずつ沸騰していくような感覚がした。モニターに反射して映っているオーブは赤色と橙色の炎が混じり合い、透明な球体の中で轟々と燃え盛っているのが見える。


『あ、熱い……なんだこれ、少し息苦しいかも……』


 俺が息苦しさに耐えていると、「すまない、イグニス。少しの間、耐えてくれ」とシンラに声をかけられた。


「オーブはヴァルキリーとパイロットを繋ぐ役割も担っていて、完全同調フルシンクロし続けないとエネルギーが循環しないんだ。通常なら何回か調整しなくちゃならないんだが、どうやらお前と俺は相性が良いらしいな」


 シンラはモニターに映っている数字に指をさす。数字は28%と表示されていたので、『何の数値だ?』という質問をする前に、シンラは操縦桿を右に傾けてヴァルキリーを急旋回させる。どうやら、背後からもう一機のヴァルキリーが追撃してきたようだ。


「この数値は同調率シンクロりつってやつだ。この数値が高ければ高い程、ヴァルキリーの特殊な性能を引き出すことができる。始めての完全同調フルシンクロで28%もあれば上出来だ」

『だいたい理解したけど、背後から敵に追われてるぜ!? もしかして、あのヴァルキリーも無人機ってやつか!?』


 俺が焦ったように聞くと、シンラは「そうだ」と冷静に答えた。


「俺はオーブの声が聞こえる〝特異体質者〟でな。オーブの声で、すぐにあのヴァルキリーが無人機だってわかったんだ」

『特異体質者? それって――うわっ!』


 俺も〝特異体質者〟に当てはまるんじゃないか――そう言うつもりだったが、何かにぶつかったのか機体が激しく揺れた。後方のモニターを見てみると、敵機が〝グルヴェイグ〟に向かってミサイルを飛ばしてきていた。恐らく、追尾型。しかし、こちらにはミサイルを撃ち落とす為の武器はない。


『ミサイルが背後から飛んで来てるぞ!』

「全く……宇宙船の中だっていうのに、無茶苦茶やってくれるな。これ以上、被害を大きくするわけにはいかない。イグニス、辛抱しろよ。お前オーブの力、貸してもらうぜ」


 シンラが操縦桿を強く握ると、全身が沸騰してるみたいに急激に熱くなった。頭がボーッとする。呼吸がしづらい。熱い……とにかく熱い!


(さっき、同調率シンクロりつが28%って言ってたっけ? 28%でこれだけの負担がかかるなら、同調率シンクロりつが上がっていく度に辛くなりそうだな……)


 全力で走っている時のように心臓がバクバクと煩かったが、慣れない状況で俺はどうにか耐えていた。しかし、ここで不思議な現象が起こる。見たことも聞いたことも経験したこともない映像が走馬灯のように流れ込んできたのだ。


(なんだこれ? 見たことのない大きな建物がたくさん建ってる。建物と建物の間には暗くて細い道。柄の悪そうな大人達がこっちを睨んでる。上を見上げれば、分厚い灰色の……もしかして、あれは〝雲〟か?)


 孤児院に置かれていた地球の歴史書に、今見ている記憶と似たような建造物の写真がたくさん載っていたことを思い出した。あの大きな長方形の建物は〝ビル〟という名前だったと記憶している。それに、あの分厚い灰色の綿花みたいなのは〝雲〟という名前の現象だということも。


(どうして、体験したことのない記憶が……あっ、そうか。これはシンラの記憶なんだ。完全同調フルシンクロしてる状態だから、シンラの記憶が俺に流れ込んできてるのか)


 さっき見た映像の〝ビル〟も〝雲〟も、完全同調フルシンクロしている影響で、こうなっているとしか考えられなかった。


(でも、全体的に寂しそうな風景ばっかりだったな。大人にあんな目で睨まれたことなんてないから、気持ちが少し落ち着かないかも……)


 シンラの記憶の一部を少し垣間見ただけだったが、殺伐とした光景ばかりだった為、今までどういう生き方をしてきたのだろうかと気になってしまった。


「イグニス、同調率シンクロりつが下がり始めてる。基本的に何もしなくてもいいが、集中力は途切らせないようにしてくれ」

『わ、わかった!』


 急に話しかけられた為、流れ込んできた映像は見えなくなってしまったが、この戦闘が終わったらシンラはどこの出身で、何をしていたのか教えてもらおう――そう思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る