第28話 ヴァルキリーとの戦闘①

 気が付くと激しい銃撃音が聞こえてきた。それに加えて時々、稲光のような眩さも感じられる。座席から伝わってくる不愉快な振動も感じ取れはするが、患部を氷で極限まで冷やした時のような鈍い感覚が、何故かこちらにまで伝わってきていた。


『あれ……俺、シンラと入れ替わったはずじゃ――』


 そう思っていたが、自分の意思に反して勝手に瞼が開いた。現在の状況を伺うかのように顔を少し上げ、瞬きを数回。眼球が右に行ったり、左に行ったりを繰り返し、俺の足の間に座るソフィアの背中を見据える。どうやら、身体はシンラが動かしているようだ。


「ソフィアさんっ! 僕達、どうなっちゃうの!?」


 操縦席の後ろからパニックに陥ったロイドの声が聞こえてくる。しかし、ソフィアは答える余裕がないのか、右手でシステム用のキーボードを操作し、左手で操縦桿グリップを握ったまま、薄暗いモニターを見つめていた。


「イグニス君がまだ戻ってきてないのに、システムに残された僅かなエネルギーをヴァルキリーの駆動系に回すことになるだなんて! 前々から警備隊の武装を強化したって噂はあったけど、古い型式の軍用ヴァルキリーを投入したなんて話、聞いてないわよっ!!」


 ソフィアは荒々しくキーを叩き終わった後、システム用キーボードを収納し、ガクガクと震える手で操縦桿を握る。そのまま操縦桿を奥に押し込んで、ペダルを踏み込むと機体がフワリと浮き上がった。だが、エネルギーが足りていないのだろう。浮き上がってすぐに、グルヴェイグは片膝を着いてしまった。


「キャアッ!」


 機体が大きくバランスを崩してしまい、ソフィアはモニターに胸を打ち付けることになってしまった。続けて俺も背中にのしかかってしまったものだから、ソフィアは痛みに耐えるように呻き声をあげることしかできない。背後にいたロイドは辛うじて操縦席にしがみついていたが、「うわぁっ!」と悲鳴をあげていた。


「ハァ……ハァ……僕達、なんで警備隊に狙われてるんですか?」


 ロイドが蚊の鳴くような声で聞く。息が荒くなっているのを察するに、少し過呼吸のような状態に陥っているようだった。


「恐らく、動体検知のセキュリティが働いたんだと思うわ。十年以上前に警備隊と揉めるような大きな事件があったんでしょ? 警備隊が下層の動きに敏感になっている証拠でもあるわね」

「だからって……何の警告もなしに攻撃を仕掛けてくるだなんて、人としてどうかしてますよっ!!」


 ロイドが堪らず腹の底から叫んだ瞬間――バツンと照明が切れ、モニターに赤い文字で何かが点滅表示されているのが見えた。恐らく、エネルギー切れと表示されているのだろう。薄暗かったコックピットが完全に闇に包まれてしまった。

 

「もう駄目だ……僕達、警備隊のヴァルキリーに攻撃されて死んじゃうんだ……」


 意気消沈したロイドが小さく鼻を啜って泣き始めた。ソフィアは打ち付けた胸の痛みに耐えているのか、操縦桿を握ったまま蹲み込み、「うぅ……」と呻き声をあげている。自分の力ではどうにもできない状況を見て、俺はシンラに向かって声を荒げてしまった。


『おい! アンタなら、この状況を打開できるんだろ!? 頼む、俺の友達を救ってくれ!』


 俺の声が聞こえたのか、ビクンッと身体が大きく痙攣した。ゆっくりと身体を起こした後、操縦桿を握ったまま動けないソフィアの手を優しく解き、喉に軽く手を当てながら「あー、あー」と発声練習をする。手を開いたり閉じたりを繰り返し、一連の動作確認をした後、ニヤリと口角が上がったような感覚がした。


「久しぶりの身体だ……やっぱり、生身の身体って最高だなぁぁぁぁ!!」


 シンラが両手で操縦桿を握った瞬間、コックピット内の環境がガラリと変わった。オーブから供給されるエネルギーがヴァルキリーに循環し始めた途端、真っ暗だったコックピットのシステムに次々と明かりが灯る。手前に設置してある小さなシステム用モニターじゃないと、外の様子を伺えないのかと思いきや、頭上から足元まで外の景色が見える全天周囲モニターに切り替わったのを見て、俺はすっかりヴァルキリーの性能に見惚れてしまっていた。


『すっげぇ……これがオーブと同調させたヴァルキリー本来の姿なのか!?』


 シンラの目を通して感動していると、「おい、イグニス」と声をかけられた。


「今から俺とお前オーブと〝グルヴェイグ〟を完全同調フルシンクロさせる。その後、俺と息を合わせろ。いいな?」


 モニターに映っている敵のヴァルキリーの数は二体。紫色の光の翼で飛ぶ、黒くて小傷の目立つ機体だった。古い型式の軍用ヴァルキリーとはいえ、手に持っている大きなライフルはヴァルキリーの装甲すら撃ち抜けそうな威力を持ち合わせていそうな印象を受ける。いつも闇市で拳銃を目にしてるとはいえ、比べ物にならないくらいの銃の大きさに俺は尻込みしそうになった。


「どうした? 銃口を向けられてビビったのか?」

『そ、そんなことない! それで、アンタと息を合わせるってどうやってやるんだ?』


 どうすれば良いのか分からず戸惑っていると、「説明する時間が勿体ないから、実戦で覚えろ。いいな?」とシンラは口早に答え、システム用のキーボードを操作し始めた。


『えぇ……マジで……』


 そんな無茶ぶりで良いのか!? と思いながらも、文句を言わずに待っていると、『START CONNECTION』とモニターに表示される。その数秒後、身体が何かに包まれるような感覚がした。


『あれ……俺、シンラと意識が重なってる?』


 相変わらず、身体を動かす役目を担っているのはシンラだけど、意識だけが二重に重なっているような不思議な感覚――例えるなら、水が容器によって様々な形に変えられるように、俺はシンラという器に魂が馴染んでるような感覚といえば良いだろうか。


『うーん。表現が難しいけど、そんな感じかな?』


 呑気にそんなことを考えていると、「大正解だ、イグニス」とシンラは機嫌良く笑った。


「いいね、その例え。さっきの魂とお化けがどうのこうのって言ってたのより、随分と分かりやすい」

『それ、褒めてるんだよな?』


 恥ずかしさも相俟って少々照れ臭そうに言うと、「勿論さ。十六歳のお前にしては上出来の答えだ」と褒めてくれた。


「うぅ……イグニス、君?」


 足元でソフィアが俺の名前を口にした。さっきは背中しか見えていなかったが、ヴァルキリーが体勢を崩した時に頭もぶつけていたらしく、切った所から鮮血が流れ落ちていた。


『ソフィア、血が……大丈夫か!?』


 俺の声は聞こえていないのか、ソフィアは頭を押さえたまま痛みに耐えていた。シンラは俺の声を代弁するかのように、「すまない。すぐに手当てをしてやりたいが、今は目の前の敵を撃ち落とすことが先決だ。そのままの体勢でいるか、操縦席の後ろに回れ。できそうか?」と声をかける。すると、ソフィアは小さく頷き、俺の足の間に蹲った。


「さぁ、いくぞ。武器は全部抜き取られてるみたいだし、オーブからのエネルギー供給も追いついていない。これから肉弾戦になる。各員、衝撃に備えろ」


 シンラがモニターに表示されているメーターと何かの数値を確認し、前を向いた。前方に飛ぶ黒いヴァルキリーの内一体に照準を合わせ、操縦桿を押し込み、同時にペダルを踏む。


「うわっ……と、飛んだ?」


 足が地面を離れる感覚がした途端、さっきまで死ぬかもしれないと怯えていたロイドが素っ頓狂な声を発した。しかし、モニターに映っているヴァルキリーに急接近するにつれ、「ちょ、ちょっと!」と怯えたような声を出し始める。


「イ、イグニス兄ちゃん! 銃口を向けられてるよ!」

「問題ない。このまま突っ込む」

「そんな無茶な! 装甲が錆びて劣化してる部分もあるのに――」

「心配は無用だ。この機体はそんな柔な造りはしていない。このまま真っ直ぐに突っ込んで、グルヴェイグの爪の錆にしてやる」


 シンラは不敵に笑いながら、更に操縦桿を押し込んだ。背中を押されるようにグンッと加速し、操縦席に軽く押し付けられるくらいのGがかかる。背後でロイドが何か叫んでいたが、シンラは構わず加速し続けた。


 モニターに映る二機のヴァルキリーは俺達に向け、ライフルのトリガーを躊躇いなく引いてきた。シンラはグルヴェイグの大きな左腕を盾代わりにして銃弾を跳ね返し、そのまま真っ直ぐに敵機に突っ込む。すると、敵のヴァルキリーは普通ではあり得ない行動に怯んでしまったのか攻撃が止んだ。


「ハハッ、馬鹿め。戦場で武器を下ろすなんて素人がすることだ。そんな腰抜けが俺に歯向かうなんてなぁ……百万年早いんだよっ!」


 シンラは左腕を振り払い、ガードをするのをやめた。五指に分かれた右指全てを一つにまとめ、鋭い鉤爪を一点に集中させる。その動作を見た俺は、『あっ……』と声を漏らした。シンラが何をやろうとしてるのか、容易に想像がついたからだ。


『やめろ、シンラ……やめろーーーーっ!!』


 俺はやめるよう叫んだが、シンラは止まらなかった。グルヴェイグはスピードを落とすことなく、右手を敵機の胸辺りに突き立て、肘辺りまで軽々と貫通させる。敵の機体がグルヴェイグを引き剥がそうと必死に手を伸ばしていたが、エネルギーが尽きたのか、だらんと腕の力が抜け、ピクリとも動かなくなった。


「はっ、こんなもんかよ。たいしたことねぇな」


 シンラはなんの躊躇いもなく腕を引き抜き、蹴りを入れて地上へ突き落とした。


『っ……』


 あまりにも手慣れた行為に俺は絶句した。グルヴェイグの鋭い指先に茶色い油分が滴り落ちている場面がモニターに映し出され、俺は目を背けたくなってしまった。

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