第27話 覚醒するパイロット
「ここは……?」
俺は真っ暗な闇の中で意識を取り戻した。しかし、瞼を開けたような感覚はない。気配を殺して意識を研ぎ澄ませていると、視覚だけではなく、嗅覚、聴覚等が一切感じられないことに気が付いた。
「なんだこれ? 手や足を動かせない……というか、身体自体がないのか? 何も見えないし、何も聞こえない。もしかして、俺……オーブになっちまったのか?」
ただ、意識だけが存在しているという不思議な感覚。俺は当然ながら、不安になってしまった。ソフィアとロイドにあれだけ大丈夫だと言っておきながら、この体たらく。一層の事、みっともなく泣き叫びたかったが、肝心の身体がないのだ。泣くこともすらできない。
「ハァ……こんなことになるんだったら、アメリアにオーブになった時のことを聞いとくべきだったな。ソフィアに額にキスを落とされて、舞い上がってる場合じゃなかった」
今度は後悔の念に駆られた。けれども、今更後悔したところで何もかもが遅いのだ。ブツブツと独り言を念じることしかできない。
「アメリアの奴、ずっと一人で寂しかっただろうな。そりゃあ、一人ぼっちのまま意識だけが漂ってるんだ。ソフィアと離れたくないって気持ちもわかるな。俺だって、ずっとこのままだったら気が狂いそうだし、早くこの状況をどうにかしねぇと……」
無い知恵を絞って悶々と考えていると、『おい、そこのお前』と謎の男の声が四方八方から聞こえてきた。
「うわっ……だ、誰だ!?」
『それはこっちの台詞だ。どうやって入ってきた? ここは、お前みたいなガキが入ってきて良い場所じゃない。さっさと出て行け』
「待ってくれ! アンタは何者なん……ですか?」
慣れない敬語で警戒しながら聞くと、声の主は『ハァ……面倒くせぇな』と聞こえるように溜息を吐いた。
『せっかく人が気持ちよく寝てたのに、俺のグルヴェイグを勝手に起動させやがって。この対価、高く付くぜ?』
「俺の……グルヴェイグ?」
ヴァルキリーのモニターに『グルヴェイグ』という単語があったことを思い出した俺は我に返った。そして、この声の主が誰なのかも容易に想像がついてしまう。
「アンタ! もしかして、パイロットのシンラ・ヒビキか!?」
俺の思考を読み取った声の主は、先程とは打って変わって、『なんだ、俺の名前を知ってるのか?』と平坦な声音で答えくれた。
「このヴァルキリーのモニターを見たので、そうじゃないかと……」
『うん? その口ぶりだと、認証キーを使って内部システムに入ってきたのか? ハッキングの類ではなく?』
俺は「そうです」と肯定すると、声の主は考え込むように低く唸った。
『ふぅん。じゃあ、お前はあの
「イグニスです。孤児なので苗字はありません。あの、貴方はマリウス先生をご存知なんですか?」
シンラは鬱陶しそうな声で、『ただの腐れ縁だ』とだけ教えてくれた。
『それより、イグニスだっけ? お前、いくつになる?』
「今日、十六歳になりました」
『十六歳か。まだまだガキだな』
ガキだと称されはしたが、馬鹿にされたような言い方ではなかったので、俺はそのまま聞き流すと、『それで? 何の為にグルヴェイグを起動させたんだ? グルヴェイグの情報を抜き取る為か?』と質問を投げかけてきた。
「情報を抜き取るだなんてそんな……俺はただ、ヴァルキリーを動かしてみたいだけなんです。俺、ヴァルキリーに乗るのが夢で、自分の目でいろんな世界を見てみたいんです」
言いたいことはたくさんあったが、俺はぐっと堪えた。ウザがられないように意識しながら喋っていると、シンラは怪しむような声音に変わる。
『本当にそれだけ? いろんな世界を見たい、ただそれだけでグルヴェイグを動かしてみたいのか?』
「は、はい……動機がおかしいでしょうか?」
まるで、裏があるのではないか――と疑るように数秒間、沈黙したが俺はシンラが発言するまで、ジッと待つ。すると、シンラはククッと声を押し殺すように笑った。
『イグニス。お前の気持ち、ちゃんと伝わってきたぜ。けどな、このヴァルキリーは起動させられねぇよ』
「どうしてですか? オーブがないからですか?」
シンラはキッパリと、『違う』と答えた。
『単純にこのヴァルキリーには機密情報がたくさん詰まってるからさ。だから、宇宙連合軍・アスガルドに所属するヴァルキリーに撃ち落とされそうになった時、俺は生身の身体を捨てて、この機体と眠りについたはずだった。でも、何故か俺はここにいる。イグニス、このヴァルキリーをどこで見つけたのか教えて欲しい』
俺は赤錆のヴァルキリーをどういった経緯で見つけたのかをシンラに伝えた。俺の言葉を聞いたシンラは『ハハッ』と短く笑う。
『アイツら俺のヴァルキリーを解析できなくて、やけになって廃棄したのか?
俺がなんと答えたら良いのか分からず、黙り込んでいると、シンラはフフッと小さく笑ったような気がした。
『お前の望みはこのヴァルキリーを動かすことだな?』
「は、はい。そうです」
『お前の望み、俺が叶えてやろうか?』
「えっ? さっきまで、動かせないって……」
シンラの提案に俺は驚いてしまった。さっきまでヴァルキリーを動かせないと言っていたのに、一転してヴァルキリーを動かしてやろうか? という提案に俺は警戒してしまう。
(ヴァルキリーは動かしてみたい。けど、すぐに頷いちゃ駄目だ。ケンタウロスおじさんはこういう時、何か持ち掛けたい話がある時だって言ってるのを聞いたことがある。だから、この人も俺に取引を持ち掛けてくるかも――)
そんなことを考えていると、シンラがフフッ! と噴き出すように笑った。
『へぇ、意外と慎重だな。エインヘリアルシステムを介してヴァルキリーのシステムに飛び込んでくる奴だから、後先考えない無鉄砲な奴だと思ってた』
「ケースバイケースですよ。今回は無茶しなきゃいけなかったってだけで、ちゃんと待ってくれてる人がいますし。俺は必ず、二人の元に帰らなきゃいけないんで」
それを聞いたシンラは、「おいおい……」と先程とは打って変わって、呆れたような声音で話し始めた。
『お前さ、詰めが甘すぎ。自分で弱みを握られるようなことは言っちゃ駄目だ。もし、俺が悪い奴で条件を飲まなきゃ、ここから帰さないって言ったらどうするつもりだったんだ?』
「あ、確かに」
『あ、確かにじゃねぇよ、馬鹿。ったく……人生経験が浅い所は、やっぱりガキだな』
今度は馬鹿にしたように鼻で笑われたので、俺は少しだけムカッとしてしまったが、痛いところを突かれてしまった手前、何も言い返すことができなかった。
調子が狂うので敬語を使うのもやめ、仕切り直しのつもりで、「それで? アンタの要望は?」と聞いてみることにした。
『話が早くて助かる。俺の要望はな、お前の身体が目当てだ』
「お、俺の身体? どういう意味だよ、それ……」
今、身体がない状態なのに、ゾワッと鳥肌が立ったような気がした。シンラは取り繕うように、『おっと、変な言い方をしてすまない。直球すぎた』と謝ってきた。
『厳密にいうと、たまにでいいから俺にお前の身体を貸して欲しいんだ。状況を把握する為にも色々調べたいことがあるしな。お前にグルヴェイグを貸す代わりに、お前もたまに俺に身体を貸す――どうだ、何のリスクもない良い提案だろ?』
「いやいやっ、リスクはあるだろ! でもさ、どうやってアンタが俺の身体を動かすんだよ? 出会い頭に頭を打って、意識が入れ替わりましたーとか、そういう類の方法で入れ替わるわけじゃないよな?」
軽くボケたつもりだったが、シンラは真面目な性格をしてるのか、「そんな非科学的な方法で、人の意識が入れ替わるわけないだろ」と冷静にツッコまれてしまった。
『お前の手元に新品のオーブがあるだろ? そのオーブとエインヘリアルシステムを使って、お前と俺の魂を入れ替えるのさ』
「た、魂を入れ替える? 魂っていうと、アレか? お化けがどうのこうのってやつ!」
自分でも例えるのが下手くそだと思ったが、シンラはツッコむのが面倒だったのか、『あー、そうそう。それそれ』と適当にあしらわれてしまった。
『魂といっても、そんな難しく考えなくて良い。お前がいう意識の塊みたいなもんだ。それをエインヘリアルシステムを使って入れ替える。俺がお前の身体を使ってる間、お前の魂はオーブに収まる。どうだ、簡単だろ?』
そう言って、シンラは機嫌良さそうにカラカラと笑った。
一方の俺はそんなに軽く言われても、現実味が湧かなかった。本当にそんなことが可能なのかという不安。もし、シンラに裏切られて永遠にオーブに閉じ込められてしまったら、俺は一体、どうなってしまうのだろうか――。
(取引といっても、この人が優位にたってんじゃん……)
残念なことに俺はここから出る
「シンラさんはさ、なんで俺の身体を動かしたいの? もしかして、そのまま俺の身体を乗っ取るつもり?」
『まさか。お前がヴァルキリーに乗りたいように、俺も久しぶりに身体を動かしたいのさ。人だったら、そう思うのは普通だろ?』
返事をはぐらされたような気がしたが、この状況を打開するには結局、シンラの条件を飲まなければいけないのだ。しかし、顔を見たこともない初対面の相手を信じなきゃいけないような勇気はさすがの俺も持ち合わせていない。
(うーん……こういう時、なんて答えるのがベストなんだろうな)
どうしたら良いのか非常に迷っていると、シンラが急にピリッとした空気を出してきた。『おい、イグニス』と声をかけられる。
『悪いが、そんなに悩んでる時間はなさそうだ』
「え? それって、どういう――」
俺が疑問を投げかける前に、『グルヴェイグが攻撃されてる。急がないと大惨事になるぞ』とシンラは冷静に言う。
「一体、誰に攻撃されてるんだ!?」
『所属不明のヴァルキリーから攻撃を受けてるようだ。華奢な女の子がグルヴェイグの操縦桿を握って応戦しようとしてる』
「えっ、ソフィアが!?」
『あぁ。彼女、パイロットとしての知識はあるみたいだけど、オーブを同調してないからグルヴェイグの動きが鈍い。イグニス、急かすつもりはなかったが、答えは早めに出した方が良さそうだ。このままだと全滅する』
シンラの言葉に頭の中が真っ白になる。
「それって、二人共死んじゃうってこと?」
『遅かれ早かれそうなるだろうな』
シンラの言葉に俺は焦りを隠せなかった。二人が死ぬことを想像しただけで、血の気が引きそうになる。
(取引したらどうなるのか怖いけど、二人を助けるにはシンラの力は必要だ。今の俺じゃ何もできない……えぇい、二人を助ける為だ!! どうにでもなれっ!!)
シンラに『決まったみたいだな』と声をかけられ、俺は「あぁ」と答える。
「俺はどうなっても良い。けど、二人は必ず助けてくれ」
俺の切実な願いを聞いたシンラは、『お前の大切な人達なんだ。勿論、俺が助けてやる』そう宣言してくれた瞬間、足元に穴が空いたように真っ逆さまに落とされた感覚がした。
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