第26話 初めての感触

 初めてヴァルキリーの操縦席に座った俺は、モニターに浮き出ている『EINHERJARエインヘリアル SYSTEMシステム』という文字を見た。


 しかし、理解できるのはその文字だけで、他の文字は理解できない。今日、十六歳の誕生日を迎えて大人の仲間入りを果たしたのに、少し前屈みにならないと操縦桿グリップを握れないところを見ると、まだまだ身体は大人になりきれてないのだと感じた。


(なんだろう……なんか、懐かしい匂いがする。初めて乗るはずなのに、どうしてだ?)


 俺は何故だろうと思考を巡らせる。ヴァルキリーには初めて乗るはずなのに、どうしてこんなにも落ち着くのだろう。これから、未知のシステム・エインヘリアルシステムを起動させるというのに――。


「ヴァルキリーがオーブと同調してる状態で二つの操縦桿グリップを握れば、オーブのエネルギーが身体に流れ込んでくるわ。私達はオーブのエネルギーを身体に巡らせることで、ヴァルキリーを動かしているの。それから、こっちのレバーは――」


 ソフィアが操縦席の背後から、ヴァルキリーがどうやって動くのか丁寧に説明してくれているにも関わらず、俺はぼんやりとモニターを眺めていた。それに気付かず、ソフィアはあちこちに指をさして説明を続けてくれている。


(あ、そっか。孤児院にいる時みたいな気持ちになってるのか。家みたいな空気感に包まれてて、安心しきってるのかもしれないな……)


 そんなことを考えていると、ソフィアが俺の顔を覗き込んできた。


「ちょっと、イグニス君。人の話を聞いてるのかしら?」

「き、聞いてるよ。少し緊張してるだけだからさ、早く続きを頼む」


 ソフィアは疑いの目を俺に向けながらも続きを話し始めた。心臓が今でもドキドキしていたが、驚いたお陰で思考がクリアになったので、良しとする。


「じゃあ、続きね。システム入力用のキーボードのここを押せば、エインヘリアルシステムが起動するようになってるわ。二つの操縦桿グリップを握れば、後はシステム側が自動でやってくれるはずよ。いい? 私が渡したオーブは肌身離さず身につけておくのよ? オーブがない状態でシステムを起動したことがないから、中等部を首席で卒業する予定の私でも、どうなるか分からないんだからね!」

「わかった。ありがとう、ソフィア」


 素直にお礼を言うと、ソフィアは少し泣き出しそうな表情に変わっていた。「おいおい……死ぬわけじゃないんだからさ、そんな顔しないでくれよ」と苦笑いをしながら言うと、ソフィアはいきなり俺に抱き付いてくる。


 その様子を見ていたロイドが、「ひゃあっ!!」と女の子のような悲鳴をあげた。一方の俺は女の子に抱き付かれた経験がなんてなかったので、「ちょっ……ソ、ソフィアさ〜ん?」と戸惑いながら声をかけると、耳元で小さく鼻を啜る音が聞こえてきた。


「えっ? ソフィア、泣いてる――」

「泣いてない! 泣いてないから、こっち見ないで!」

「は、はい。わかりました……」


 半ばキレ気味に言われた俺はソフィアに言われた通り、見ないように目をギュッと瞑る。すると、何故かソフィアは起き上がり、俺の前髪を掻き分けたと思ったら、額に柔らかな何かが押しつけられたような感触がした。


(なんだ、今の感触……妙に暖かかったぞ? それに、吐息を感じたような気が……)


 俺はビックリして目を開けると、顔を真っ赤にしているソフィアと至近距離で目が合った。彼女の表情を見て、何をしたのかなんとなく察してはいたが、「えっと、今のは……?」と空気を読まずに聞いてしまう。


「イグニス君、顔が赤いわ」

「そ、それは……ソフィアが、俺にキス――あだっ!?」


 ソフィアは誤魔化すように、俺の額に向かって軽くデコピンをした後、「ちゃんと帰ってきたら、口にしてあげる」と耳元で囁いて、俺と目を合わせることなく、コックピットから出て行ってしまった。


「帰ったら、口に……キス?」


 何が起こったのか分からず、俺は放心していた。ぎこちない動きで自分の額に手を当てる。それから、ソフィアに言われたことを脳内で何度も繰り返していた。


(帰ってきたら、口にしてあげる……帰ってきたら、口に……帰ったら、ソフィアと口付け……帰ったら、ソフィアとキス――)


 言葉の意味をようやく理解した俺は、ソフィアがコックピットからいなくなった瞬間、顔から火が出たように熱くなった。「うあぁぁぁぁっ!」と声に出すくらい動揺し、顔を上げれなくなる。


(う、嘘だろ? これが終わったら、ソフィアとキ……キ……キス……? うわぁぁぁっ、マジかマジかマジかっ!!)


 俺は両膝を抱えて一人で悶絶した。ソフィアを一人の女の子として見てはいたけれど、一週間前に出会ったばかりだし、周りの大人達に揶揄われると思って、なるべく意識しないようにしてきたのだ。気になっている女の子から『口にしてあげる』と言われて、嬉しくない男がいるはずがない。


「よっしゃあぁぁっ、こんな未知のシステムに負けてたまるかよぉぉっ!!」


 俄然やる気が出てきた俺は、気合いを入れてキーボードのボタンを押し、操縦桿グリップを握る。すると、『エインヘリアルシステム起動』とモニターに表示がされたのを視認した瞬間、ブツンと意識が途切れてしまった。

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