第25話 エインヘリアルシステム

「さてと、ここから先は私の仕事よ。二人共、少し待っててね」


 ソフィアは色々と考え込んでいたようだが、悩みを振り払うように頭を左右に振った後、キーボードの操作を再開した。


 俺達はコックピットの中で作業をするソフィアの姿を見守っていたが、俺は基本的に待つことができない性分なので、「ソフィア。今、何の作業をしてるんだ?」と声をかけてしまう。それでも、ソフィアは嫌な顔を一切見せず、手を動かしながら答えてくれた。


「ヴァルキリーのシステムやプログラムを見直してる最中よ。でも、あのシステムが搭載されてないと話にならないのよね。ちゃんと、組み込まれてたら良いんだけど……」

「何のシステムを探してるんですか?」


 今度はロイドが質問すると、ソフィアはタンッ! とキーボードを叩き、作業を止めて視線を俺達に向けた。


「エインヘリアルシステムっていうのを探してるの。お姉ちゃんとヴァルキリーのメンテナンスをしている時に偶然見つけたシステムでね。当時の私は好奇心の方が勝っちゃって、何も考えずにシステムを起動してしまったの。そしたら、操縦席に座ってたお姉ちゃんが植物状態になってしまったわ」


 ソフィアが悔やむように唇を噛む。今も現在進行形で、アメリアを植物状態にさせてしまったという自責の念に駆られているのだろう。ヴァルキリーの話になると、たまに暗い表情になってた理由は、エインヘリアルシステムによる不慮の事故が原因だったのだ。


「つまり、そのエインヘリアルシステムってやつのせいで、アメリアはオーブになってしまったってことか?」

「えぇ、そうよ。というか、あの状況だったらそうとしか考えられない」


 声を高めるソフィアの言葉を聞き、俺は率直な疑問を口にした。


「なあ……なんでそんな物騒なシステムが、ヴァルキリーに搭載されてるんだ?」


 俺の問いかけに、シン……とした静寂に包まれる。誰も俺の質問に答えられなかったが、「ヴァルキリーって、元々は地球で開発されたアームスーツがモデルって言われてるんですよね?」と、ロイドが別の視点から口火を切った。


 ヴァルキリーの歴史を辿っていくと、地球で作られたアームスーツが一番最初のモデルと言われている。急激な温度の上昇や紫外線、核汚染で厳しい環境下となった地球で、環境改善作業を行う為に作られた重要な機械だったはずなのだ。


 しかし、それなら何故、パイロットをオーブに変換するような機能が備え付けられているのだろうか? 疑問ばかりが深まってしまう。


「確かにヴァルキリーの原点は、ロイド君が言ったアームスーツ説が今のところ一番の有力説と言われているわ。ヴァルキリーには長い歴史があって、有識者達がいろんな諸説を出し合い、日々研究を重ねているの。ロイド君が言ったアームスーツ説も有名なんだけど、次に有名なのは『南極事変』の際に原初ヴァルキリーが発掘されたオーパーツ説ね。ただ、この宇宙船は地球から離れて何百年経ってるし、資料が少ないから確証が取れないのよ」


 俺はヴァルキリーの歴史に関しては疎い方なので、ソフィアとロイドの話を聞いて、単純に感心してしまった。


「お偉いさん方はいろんな見方をするんだな。けど、エインヘリアルシステムってのはソフィアしか知らないシステムなのか?」


 ソフィアは俺の問いかけに少し考えた後、「こればっかりは、なんとも言えないわね」と渋い顔になった。


「公的機関であるWVO(ワールド・ヴァルキリー・オペレーション)は状況を把握してないのかもしれないけど、ヴァルキリーの製造関係でトップシェアを誇ってるアークスグループは、この問題について何かしら知ってるはずよ」

「そうなんですね。でも、僕達が意見したところで、聞き入れてくれなさそう……」


 結局、明確な答えが出せず沈黙してしまったので、ソフィアは軽く咳払いをしてから喋り始めた。

 

「とにかく、私もハッキリとした答えを導き出せなかった。どうしてそんなシステムをヴァルキリーに搭載してるのか、製造会社に問い合わせてみたこともあったけど、返事が返ってくることはなかったわ」


 ソフィアは思い悩んでいるようだった。


 今までの話をを聞いていたロイドは、少し重たくなった空気の中、「あの……ちょっと、いいですか?」と恐る恐る喋り始めた。


「パイロットが植物状態になるって、かなり危険なシステムですよね。ソフィアさん、操縦席に座ったまま作業しても大丈夫なんですか?」

「大丈夫。今回は依代となるオーブが奇跡的に手に入ったんだもの。きっと、上手くいくわ」

 

 怯えるロイドを安心させるように、ソフィアは笑顔で答えてはいたが、俺は『きっと、上手くいく』という言葉が引っかかっていた。


(きっと……か。ソフィアのことだから、システムの性質を理解してるとは思うけど、上手くいくっていう保証はないんだろうな)


 不安になった俺はソフィアの様子を伺う。すると、あれだけ大切と言っていたネックレスのチェーンを外し、オーブを俺に手渡そうとしてきた。


「な、なんだよ……」

「今から作業に入るから、お姉ちゃんと待っててくれる?」


 俺はソフィアの手の上でツヤツヤと光るピンク色のオーブをジッと見つめる。こんな小さな宝石の中に人の意識が入ってるだなんて俄かに信じ難い。信じ難いが俺にはオーブの声が聞こえるのだ。


 意識をオーブに集中させるとアメリアが、『ソフィアちゃん、ダメ! 僕を置いていかないで! ほら、イグニス君も早く止めてよ!』と叫んでいるのが聞こえてくる。


(なんで俺だけオーブの声が聞こえるんだろうな……)


 アメリアの尋常じゃない焦りように、ズキッと胸が痛んだ俺は、「ソフィア。アメリアが置いていかないでって喚いてるぞ」と声をかける。


「どうしてよ? お姉ちゃん、何か問題でもあるの?」


 ソフィアは何か文句があるのかというように顔をしかめたので、俺はまたオーブに意識を向ける。自分の二の舞にさせない為に喚いているのかと思えば、寂しいから嫌なだけだと主張してきたので、俺は気が抜けそうになってしまった。


「んー……特に何か問題があるとかそういうのじゃなさそうだな。ただ単にソフィアと離れたくないだけみたいだ」


 それを聞いたソフィアは小さく吹き出した後、「お姉ちゃんらしいわね」とクスッと笑った。


「お姉ちゃんが物凄い寂しがり屋さんなの、すっかり忘れてたわ。夜中のトイレも一人で行けないくらいだったのよ。オーブの姿になってもそれは変わらないわね」

「あぁ。さっきからマシンガンみたいに一人で喋り続けてるぜ」


 ソフィアは懐かしそうに手のひらに乗せたオーブを指先で優しく撫でてやると、『ソフィアちゃん、僕のことお風呂に行っても、トイレに行っても、寝てる時でも外さないで! じゃないと、夢に出てきて襲っちゃうんだから!』と不吉なことを言って、今もギャンギャン泣き喚いているとは言えなかった。


「……なぁ、ソフィア。その作業って、ソフィアじゃないとできないものなのか?」


 俺の発言を聞いて、隣にいたロイドがギョッとした顔付きに変わる。ロイドとは長年の付き合いだ。恐らく、俺が今から何を言い出すのか分かってのことだろう。でもソフィアのことも心配だから、止めることができないようだった。


「いいえ、後はエンターキーを押すだけよ」

「じゃあさ、俺でもできるじゃん。そこを代わってくれないか?」


 ソフィアは返事をしないまま息を呑んだ。俺にしては珍しく、真剣な表情のまま腕を組んでいたが、緊張を解す為に口角を上げる。


「俺、嫌だぜ? ただでさえアメリアは、人と会話してる時に口を挟んできたりしてめちゃくちゃうるさいのに、万が一、ソフィアがオーブになっちまったら、うるさいのがまた一人増えるじゃん」


 俺が笑いながら話しかけるも、ソフィアは黙り込んだままだった。ただいつもと違うのは、彼女の表情が少し強張ったまま、顔面が汗でびっしょりと濡れているところだろうか。


 それを見て、俺はハハッと笑う。


「なんだよ、ビビってんのか? いつも勝ち気なソフィアさんらしくねぇな!」


 あえて俺が憎まれ口をたたくと、いつもの余裕そうなソフィアとは違い、「……えぇ、ビビってるわよ」と素直に気持ちを口にし始めた。


「自分から言い出しておいて情けない話だけど、お姉ちゃんが操縦席で動かなくなった所を、この短時間で何度も思い出しちゃって……今も汗と震えが止まらないのよ」


 アメリアが心配そうな声音で、『ソフィアちゃん……』と妹の名前を呼ぶ。けれど、残念ながらその声は彼女には届かない。


「だったら、俺と代わってくれよ。俺がこのヴァルキリーを『鉄屑の火葬場』で一番最初に見つけたんだぜ? 一番に操縦席に座る権利はソフィアに譲っちまったけど、二番目にその操縦席に乗るのは絶対に俺だ。ソフィアなら分かってくれるよな?」


 俺はコックピットの中に手を伸ばし、ソフィアが手を掴んでくれるのを待った。けれど、どうすれば良いか分からないようで、彼女にしては珍しく視線が泳いでいる。


(エインヘリアルシステムが危険だって、誰よりも分かってるんだから、そりゃそうなるよな。なら――)


 俺はキーボードの上に載せていたソフィアの手首を掴み、コックピットの外に引っ張り出そうとすると、「キャッ!? ちょっと、いきなり何するの!?」と悲鳴に似た声があがった。


「ジャックおじさんの話を聞いてただろ? 俺は誰よりも強い運を持ってる。この赤錆のヴァルキリーだって、だだっ広い『鉄屑の火葬場』で見つけて、最近は透明のオーブまで掘り当てたんだ。これは運命の神様が俺に味方してくれてる……そう思わないか?」


 俺はソフィアの前で片膝を着き、透明のオーブを渡してくれというように手を差し伸べる。「でも、危険だって分かってて、友達であるイグニス君を危険に晒すわけにはいかないわ」と彼女は最後まで、オーブを渡すのを渋っていた。


「大丈夫だって! 俺はオーブに選ばれた男だぜ? オーブの声が聞ける人間なんて世界中を探しても、そうそう見つからないだろ!」

「そうです、ソフィアさん。イグニス兄ちゃんに賭けてみましょう」


 さっきまで迷いを見せていたロイドが後押しをしてくれたので、俺は驚いてしまった。


 ロイドは俺が言い出したら、誰にも止められないということを一番知っている。だが、誰かが傷付くかもしれないと分かっていたら、必ず止めに入ってくれるのだ。だから今回、ロイドは勇気を振り絞って俺の後押しをしてくれたのだと思った。


「もし、イグニス兄ちゃんに何があってもソフィアさんのせいじゃない。僕が……僕が責任を負います。だから、イグニス兄ちゃんを信じてあげてくれませんか?」

 

 ロイドはいろんな感情が抑えきれないのか、目に涙を溜めながら頭を下げた。それを見たソフィアは暫く考えた後、握っていた透明なオーブを俺に差し出した。


「必ず帰って来て。お姉ちゃんの声を聞けるのはイグニス君しかいないんだから、帰って来てくれなきゃ通訳に困るわ」

「任せてくれ。二人を悲しませるような結果にさせないって約束するよ。ほら、ロイドもそんな辛気臭い顔するなよ!」


 俺はジャックおじさんが俺達にやってくれた時のように、二人をキツく抱き寄せる。雰囲気的に今生の別れみたいだと思ってしまったが、それは不謹慎なので口に出すのはやめておいた。

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