第24話 認証キー

 ソフィアは薄暗いコックピットの中に入り込み、操縦席に座って難しい顔のままモニターと睨めっこしていた。前回、突破できなかったシステムのロックを外そうと試行錯誤しているようだが、状況は変わらず、エラー音がコックピット内に何度も鳴り響いている。


「やっぱり、何度やっても駄目ね。ハッキングを試みようとしても、弾かれてこの画面に戻ってきちゃう」


 ソフィアはモニターを睨み付け、悔しそうに親指の爪を噛んでいた。


「やっぱり、ソフィアでも厳しいか?」

「うーん……ここさえ突破できたら、なんとかなると思うんだけどね。起動させる為の認証キーを提示しろって、システム側の要求がうるさくって……。ここから先の作業にどうしても進めないのよ」


 ソフィアはモニターの光が眩しかったのか、目元を押さえながら目を瞑る。「その認証キーって、オーブじゃないのか?」と聞くと、生理的な涙を指で拭いながら、「えぇ」と肯定した。


「別の鍵が必要らしいわ。このヴァルキリーの持ち主は、性能や機密が漏れないようにする為に、ここまで厳重にしたのね」


 ソフィアはお手上げといった様子で背筋を伸ばしたので、俺はコックピット内に頭を突っ込む。すると、『認証キーをどうぞ』という文字の後ろに、見覚えのある絵柄が映し出されていることに気が付いた。


「あれ? このマークって……」


 今朝、マリウス先生から貰ったお守り袋に似たような絵柄が入っていたことを思い出し、俺はポケットの中に手を突っ込んだ。


「うわ……やっぱり、そうじゃん!」


 お守り袋に描かれているのと全く同じ絵柄なのを確認し、「ソフィア、これを見てくれ!」と急いで話しかける。

 

「どうしたの、イグニス君」

「このモニターに映ってる炎のマークなんだけどさ! 今朝、マリウス先生に貰ったお守り袋と同じ絵柄なんだ!」


 俺はお守り袋をソフィアとロイドに見せてみる。俺が言った通り、モニターに映っている炎のマークとお守り袋に描かれている絵柄が同じだったので、二人は驚いたような反応を見せた。


「本当に一緒の絵柄だ……」


 ロイドはモニターとお守り袋を交互に確認し、絵柄が同じなのを確認すると、不可解だというように黙り込んでしまった。それは操縦席に座っていたソフィアも同じだったらしく、「あの人、何者なの?」と、俺にお守り袋を持たせたマリウス先生のことを訝しんでいるようだった。


「あー……孤児院に帰ったら、マリウス先生に聞くべきだと思う?」


 幼い頃から一緒に暮らしてきた人を疑いたくないという気持ちと、マリウス先生に事実確認をしなくては――という気持ちが交差して、俺は困ったように苦笑いすると、「当たり前でしょ」とソフィアが真顔で答えた。


「似てるならともかく、絵柄が全く一緒だなんてあり得ないわ。あの人、孤児院でのらりくらりと暮らしてるみたいけど、本人に直接聞くべきよ」

「そう……だよな……」


 ソフィアの言っていることは正しいが、俺は返事を渋ってしまった。小さい頃から一緒に生活してきた人が、全く知らない一面を持ち合わせているかもしれないことに、俺は驚きと戸惑いを隠せなかったのだ。


「イグニス兄ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いよ」


 表情が固くなっていることに気が付いたロイドが気を遣って声をかけてきたので、俺は無理やり笑顔を作る。


「あぁ、大丈夫。でも、よく考えてみたらマリウス先生って、普段からヘラヘラしてることが多いし、先生の事を聞いてもはぐらかされることが多いんだよ。一番身近な存在なのに何も知らないから、なんか勝手に遠く感じちゃってさ。家族なのにこんなこと思うの変だよな」

「それは僕も同じだよ。ずっと一緒に生活してるはずのに、少し寂しく感じちゃった」


 ロイドも寂しそうに眉を下げて笑う。俺のせいで暗い空気になってきたと思ったので、場の雰囲気を変えようとパンッ! と手を叩いた。


「帰ったら、マリウス先生に問い詰めようぜ! 俺達と先生の仲なのに隠し事をするなんて酷いってな!」

「フフッ! そうだね、二人で問い詰めよう!」

「よし、帰ってからやることは決まったな! でも、今はやるべきことを優先させて――あっ、マリウス先生から貰ったお守りが!」


 俺の不注意で手を滑らせてしまい、お守り袋はソフィアに向かって落ちていった。お守り袋がソフィアの鳩尾に落ちた瞬間、モニターの表示が『認証キー確認。ロックを解除します』という文面に変わったのを、俺は見逃さなかった。


「も、もしかして……」

「ヴァルキリーのシステム解除に成功した……?」


 解除に成功したという証拠に、薄暗かったコックピット内に光がともり始める。エンジンも稼働し始めているのか、ヴァルキリーの心臓が脈動しているかのように微かな揺れを感じた。


 俺達はシステムの挙動を確認するべく、モニターの中心でぐるぐると回るアイコンを見守っていると、見たことのない文字が次々と浮き上がってきた。


「なんだ、この文字? 見たことないな」

「私も。後で言語を変えられるかやってみましょう」

 

 暫く画面の表示が変わるのを待っていると、〈VALKYRIE・GULLVEIG〉という文字の下に〈SHINRA・HIBIKI〉という文字が表示されていた。


 俺はモニターの光が眩しくて目を細めながら、「ヴァルキリー・グルヴェイグ……シンラ・ヒビキ……」とスローで読み上げる。その後、また読めない字がモニターに浮き上がってきた。


「っ……」


 鼻の奥がツンとしてきた俺は、鼻水が垂れないように顔を上げる。継ぎ接ぎの天井を見つめていると、ヴァルキリーを動かす為に今まで頑張ってきた思い出が一気に蘇り、自然と視界がぼやけてしまう。


(やっぱり、これはヴァルキリーだった。俺の勘は正しかったんだ。マリウス先生から貰ったお守り袋のお陰で起動できた……ついに、俺はヴァルキリーを起動させることに成功したんだ!)


 俺はこれでもかというくらい両拳を握り締めた。しかし、自分で自覚がないくらいに嬉しかったのだろう。歓喜で身体がブルブルと震え始めていた。


「スゲェ……スゲェぞ、俺! 本当にヴァルキリーを起動できたんだ!」


 俺は嬉し涙をゴシゴシと拭い、熱くなってきたヴァルキリーの装甲を愛おしげに触れる。操縦席に座っているソフィアは落ちたお守り袋を拾い上げ、「これが、このヴァルキリーの認証キーだったってこと?」と独り言を呟き、ますますマリウス先生に対して懐疑心を抱いているようだった。

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