第23話 ソフィアの考え
「ふぅん、なるほど。ヴァルキリーの中に人間が眠ってるっていう話をお姉ちゃんとしてたのね」
ソフィアは興味が湧いたのか、コンテナに横たわるヴァルキリーを見ながら、難しい顔で小さく唸っていた。どうやら、このヴァルキリーをどうすれば起動させられるか考えている最中らしい。
邪魔をしてはいけないと思った俺はアメリアに意識を向けてみる。すると、さっきまで拗ねたような口調だったはずが、『そうだよ〜、ソフィアちゃん! 僕は初めから分かってたんだよ〜』と、ウキウキとした口調に変わっていたので、俺はなんだか気が抜けてしまいそうになった。
「それにしても、お姉ちゃんったらなんで言わなかったのかしら……そしたら、こんな手間取らなかったかもしれないし、すぐに解決してたかもしれない――」
ソフィアが眉間に皺を寄せながら、一人でブツブツ言ってるのを聞いて、「ほら、俺と同じことを思った人間がいるぞ?」と、したり顔でアメリアに話しかけると、『結果的にそうなっただけでしょ。これ以上、このことで僕に言いがかりをつけるんだったら、二度と喋らないから』と会話をバッサリ切られてしまった。
(くっ……これだから女って奴は! 機嫌が悪くなったら喋らなくなるのは、本当にやめてほしいぜ……)
ここでアメリアが何も喋らなくなるのは、マズイと判断した俺は、「あの時、コックピットには人が乗ってなかったし、皆を混乱させそうだったから言わなかったんだって、アメリアが言ってるぜ」とフォローを入れる。すると、ソフィアは納得したように数回頷き、何かしらの策を思い付いたのか、俺に向かって手を差し出してきた。
「ねぇ、イグニス君。さっき手に入れた透明のオーブを貸してくれないかしら?」
「別に良いけど、何に使うんだ? このオーブ、空っぽで何も使えないんだろ?」
俺はポケットに手を突っ込み、透明のオーブをソフィアに手渡した。彼女はオーブの感触を確かめるように握りしめたり、いろんな角度から覗き込んだ後、コンテナに横たわるヴァルキリーを見つめる。
「うん……クラックもないし、濁りも全くない。これならいけるかも」
「いけるって、何が?」
「ヴァルキリーの中で眠ってる人間を空っぽのオーブに移そうと思ってるの」
ソフィアの言葉に俺よりも早く反応したのは、ロイドだった。
「そんなことができるんですか!?」
「えぇ。ヴァルキリーの隠された能力だから、殆どの人は知らないと思うけどね。私は実際にお姉ちゃんがオーブになる所を偶然で見てしまったから、やり方は知ってる。ただ問題があるとすれば、この未知のヴァルキリーにその能力が搭載されてるのか分からないってことくらい」
ソフィアは透明なオーブを手にしたまま、俺達の横を通り抜けてコンテナの上によじ登り始めたが、腕の筋力が足りないのかいつまで経っても登れずにいた。
それを見た俺は彼女の元に歩み寄り、「ほら。踏み台になってやるから、さっさと登れよ」と声をかける。顔に汗を滲ませたソフィアが、「あら、イグニス君にしては気が利くじゃない」と強がったが、耳が少し赤くなっていることに気付く。これくらいの高さを一人で登れなくて、恥ずかしくて仕方がないといった様子だった。
「ソフィアはもう少し筋力をつけた方がいいぞ。全体的に痩せすぎだし、腕なんてすぐに折れそうで心配になる」
「うるさいわね、私はこれくらいがベストなの。それに筋トレはキツイから嫌いよ」
「あっそ。なら、俺がいつでも踏み台になってやるから、ちゃんと呼べよな」
「フフッ、ありがとう」
姿勢を低くした状態で待っていたが、いつまで経っても登って来なかったので、不思議に思った俺は横目でソフィアの様子を伺う。
彼女にしては珍しく、もたついた手付きで靴を脱ぎながら黙り込んでいた。長い前髪でよく見えなかったが、ソフィアの目が少しだけ赤くなっていたような気がした。
「……なぁ、ソフィア。もしかして、アメリアがオーブになった時のことを思い出してるんじゃないか?」
なんとなくそう感じた俺はソフィアに話しかけると、脱いだ靴を持ったまま黙り込んでしまった。
「ちょっと、イグニス兄ちゃん! いきなり、そんなこと聞いたら駄目だよ!」
ロイドがソフィアの様子を気にしながら俺に耳打ちしてきた。
(あちゃー、本当に駄目だな俺……)
俺はすぐに自分の口を手で覆った。いつもの癖で余計なことを聞いてしまったと、自己嫌悪に陥りそうになったが、彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「そうね、少し重なる部分はあるかも。けど―― ――の為だったら、頑張る」
「え? ソフィア、今なんて――うぐっ!?」
前触れもなくソフィアが近付いてきたと思ったら、持っていた靴を足元に置き、ぐいぐいと背中を押された。どうやら、もっと登りやすい体勢になってくれという意味でやっているらしい。
「ほら、登れないからもっと低くなって」
「はいはい、わかりましたよ。お嬢様…………おーい、ソフィアさん。早く荷台に移ってくれませんか?」
ソフィアは俺の背中によじ登ったまま動こうとはしなかった。それどころかニヤリと笑みを浮かべたまま、中腰の状態で動けないでいる俺を見下ろしている。
「重いだなんて言わせないわよ? 男の子なんだから、もっと頑張らないと」
「い、いや、重くはないぜ。でも、この体勢……地味にキツいんですけど――いだだっ!?」
ソフィアが俺の背中を蹴り出したせいでバランスを崩し、派手に尻餅を着いた。しかし顔を上げた瞬間、俺はある物が視界に入ってしてしまう。
「…………白」
トレーラーの荷台に飛び乗ったソフィアは涼しげな顔をしていたが、ジャンプしたせいでスカートの裾が捲れ上がり、尻餅を着いた俺の位置から下着が丸見えになっていた。
(言えない……俺好みの大人っぽいレースの下着だったなんて、口が裂けても言えないっ! 口が滑らないように気を付けないと!)
ロイドを荷台に登らせた後、「ほら! もたもたしてないで、さっさと作業に移りましょう!」とソフィアに声をかけられたが、彼女の顔を見る度にさっきの光景を思い出してしまい、まともに顔を見れなかった。
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