第21話 透明なオーブ

 ジャンク屋・ヴァルカンの第一工場へ向かっている途中、ジャックおじさんとワッツおじさんの姿を見かけたような気がしたので、俺は急ブレーキをかけた。


 助手席に座っていたロイドは俺の運転に慣れていた為、身体が投げ出されないようにシートベルトを握り締めていたが、俺の運転に慣れていないソフィアは、運転席のシートに身体をぶつけてしまったようで、背後から小さな呻き声が聞こえてきた。


「ちょっと、イグニス君! 急に止まらないでよ!」

「悪い。今から少し下がるから、どこかに掴まっててくれ」

「えっ……キャアッ!」


 レバーを操作して車を倉庫街の入口までバックさせると、二人は倉庫の前で焚き火をしながら何かを話していた。見間違いじゃなくて良かったと思った俺は車の窓を下ろし、身を乗り出して二人の名前を呼ぶ。


「ジャックおじさん、ワッツおじさーん!」

「おぉ、イグニスじゃねぇか! この前、俺がリクエストした焼き鳥丼、最高に美味かったぜ! 美味すぎて工場で追加の白飯を炊いちまったくらいだ!」


 ワッツおじさんが満足そうに笑うのを見て、「上手くできて良かった! また作るよ!」と声を張り上げると、隣にいたジャックおじさんが俺に歩み寄ってきた。


 ジャンク屋・ヴァルカンを経営するジャックおじさんは、ぽっこりお腹のワッツおじさんとは違い、全身を鍛え抜いた強靭な肉体の持ち主だ。パサついた金髪はオールバック風に整えられ、輪郭に沿って顎髭がびっしりと生えている。身長は190センチと高く、キリッとした眉にヘーゼル色の目元が似合うナイスガイである。


 俺が車から降りて二人の元へ駆け出していくと、ジャックおじさんが俺の両脇に手を差し込み、軽々と持ち上げてきた。


「おわっ!? いきなり何するんだよ、ジャックおじさん!」

「よぉ、イグニス! 十六歳になったんだって!? あんなに小さかったお前も、こんなに大きくなっちまったなんて今でも信じられねぇな!」


 ジャックおじさんが豪快に笑いながら、小さい子供をあやすように高い高いをしてきたが、車から降りて来たソフィアとロイドの視線を背中に感じ、とても恥ずかしくなってしまった。


「そうだよ、十六歳になったんだ! もう大人の仲間入りしたんだから、皆の前でそういうことはしないでくれよ!」

「あん? 俺らから見れば、お前なんてまだまだ小さなガキだ。マリウスから聞いたが、一丁前にエロ本を集めてるんだって? まだ下の毛も生え揃ってないガキが、調子こいてんじゃねぇよ」


 エロ本を収集していたことは、ロイドは知っているからまだ良い。けれど、ソフィアの前でエロ本のことをバラされたくなかった俺は、捕獲された虫みたいにジタバタと暴れ始めた。


「ほ、本はマリウス先生に没収されたし、下の毛はもう生え揃ってるって! つーか、そんなデカい声で言うのはやめてくれよ、恥ずかしいだろ!?」

「ハハハッ、お前とはこうして定期的にスキンシップを取らないとな! もう少ししたら反抗期を迎えるだろうし、上層の学校に受かったら暫く会えないからな。これくらい許せよ」


 地面に降ろされた俺は口を一文字に結んでしまった。地面に降ろされる直前、ジャックおじさんの眉が下がって、寂しそうに見えたからだ。


「フンッ! まぁ、お前がいなくなっても俺達は寂しくないがな! ところで、イグニスよ。もしかして、あれが噂の女の子か?」

「そ、そうだけど……なんだよ、その顔」


 ジャックおじさんはソフィアを一瞥してから、視線を俺に戻すと、したり顔に変わった。そのまま俺の肩に手を置いてきたので、嫌な予感がした俺は身構えてしまう。


「お前、あの子のこと好きになったりしてねぇだろうなぁ?」

「は……はぁっ!? 何言ってるんだよ! 一週間くらい前に知り合ったばっかりだぜ!? お互いのことそんなに知らないのに、好きとか……わけわかんねぇよっ!!」


 好きという単語の部分だけ、ゴニョゴニョとした口調に変わったのを聞き、ジャックおじさんとワッツおじさんは、「ガハハッ、初々しいねぇ〜!」と豪快に笑っていた。


 そんな二人を見て、俺は恥ずかしさと腹立だしさが混ざり合い、「あぁ、もうっ! 俺を揶揄うのはやめてくれよ!」と苛立ちながら、ケンタウロスおじさんの手紙をポケットから取り出した。


「俺達がここに来た理由なんだけどさ。ケンタウロスおじさんの手紙に、オーブみたいな物が見つかったって書いてあったから来たんだけど……」


 俺がようやく本題を切り出すとジャックおじさんは、「おぉ、そうだそうだ! お前の探し物が見つかったかもしれないって話をしたんだった!」とポケットに手を突っ込み、クラックが入っていない無色透明の水晶玉を見せてくれた。


「この前、ケンタロウさんに見せた物は黒く濁った水晶玉ばかりだったんだが、これだけ無色透明で出てきたんだ。ちなみにイグニスが持ち込んできた鉄屑の中に入ってたんだぜ?」

「えっ、マジ!? 俺ってやっぱり凄い運の持ち主かも!!」


 俺は嬉しくなって飛び跳ねそうになったが、無色透明のオーブを覗き込んできたソフィアが、「イグニス君、喜んでるところ悪いんだけど……」と申し訳なさそうに口を挟んできた。


「これ、空っぽのオーブみたい」

「空っぽ? どういうことだよ?」


 俺が拍子抜けした声を出すと、ソフィアはますます言い難そうな顔になった。

 

「オーブは何かしらのエネルギーさえ宿っていれば、鮮やかな色合いになるの。このオーブは無色透明だから人の手が入ってない状態ってことよ。まぁ、これはこれでかなり珍しいんだけどね……」


 ソフィアは終始、深刻そうな表情をして考え込んでいた。


 先程、何かしらのエネルギーさえ宿っていればと話を濁したが、そのエネルギー源が人の意識の塊――つまり、人間の魂と呼ばれるものが宿っているかもしれないと、最近知ったばかりなのだ。


 これは想像だが、上層でオーブを製造した後、下層に大量廃棄されているかもしれないという事実に、ソフィアは多少なりとも薄気味悪さを感じているのかもしれない。


 しかし、確信もないのに大それたことを口にするわけにはいかないので、「えっと……めちゃくちゃ簡単に言うと、新品のオーブってこと?」と聞くと、ソフィアはなんとも言えない顔でゆっくりと頷いた。


「え〜、やっと見つけたと思ったんだけどなぁ……。やっぱり、一筋縄ではいかないか」


 俺はさっきまでの喜びようから一転、気が抜けて項垂れてしまった。ジャックおじさんは、「すまん。ぬか喜びさせちまったな」とバツが悪そうに頭をガシガシと掻いていた。


「ううん、ジャックおじさんは悪くないよ。オーブって、なかなか見つからない物らしいから、また一から根気強く探してみるよ」

「俺達の方でも探してみるぜ。こんなお宝が見つかるなんて、今までなかったからな。それでだが、この無色透明なオーブはどうする? 要らないんだったら、こっちで処分しておくが……」


 そう聞かれた俺は少し考えた後、かぶりを振った。


「貰ってもいいかな? 空っぽでもオーブには変わりないだろうし、元々は俺が拾ったんだもんね。記念に孤児院に飾っとくよ!」

「あぁ、それが良い。お前は他の人に比べ物にならないくらいの強運を持ってるんだし、ケンタロウさんも探してくれてるみたいだから、そんなに気を落とすなよ!」


 ジャックおじさんにガシガシと頭を押し付けられるように撫でられたせいで、視界がぐらぐらと揺れる。けれど、一歩ずつ確実に前へ進んでいる実感はあった。


「ありがとう、ジャックおじさん! あ、そうだ! ちょっと聞きたいんだけど、ケンタウロスおじさんって、俺のヴァルキリーのことは知ってたりする?」


 俺が小声で聞くと、「誓って、俺は喋ってないんだが……」と自身の顎髭を撫でながら話し始め、少し考えた後で、「あの人は下層で起こったことはなんでも知ってるから、なんとも言えん」と渋い顔になっていた。


 珍しく自信なさげなジャックおじさんを見て、俺は「あぁ、確かに」と引き攣った笑みを浮かべる。ソフィアの個人情報を把握するくらいなのだ。〝オーブ〟が欲しいと言った時点で、ヴァルキリーを隠している事を把握していそうな気がした。


「けど、あの人がよくお前とロイドを上層の専門学校に行かせようと思ったもんだ」

「え? それってどういう意味?」


 ジャックおじさんの言葉に俺達三人は首を傾げる。「これは人伝てに聞いた話だが……」と口元に人差し指を立てながら、俺達に小声で話してくれた。


「あの人には娘が二人いたんだ。一人はお前が生まれた頃に起こった暴動に巻き込まれて亡くなってしまったらしい。それも軍が操る一機のヴァルキリーによってな。だから、あの人は上層とヴァルキリーを憎んでいる――そういう噂があったんだ」

「えっ、何それ。初耳なんだけど……」


 初めて聞く話に俺達は驚いて何も言えなかった。ケンタウロスおじさんにそんな過去があっただなんて思わず、自然と視線を落としてしまう。


「コラコラ、お前達! もう十年以上も昔の話なんだ! そんな辛気臭い顔をしなさんな!」


 どんどん暗い雰囲気になっていく俺達の様子を見て、ジャックおじさんは俺達をまとめて抱き締めてきた。


「俺達大人はな、子供の笑顔を見るのが何より好きなんだよ。だから、お前達は毎日元気で笑顔でいろ。やりたいことを全力でやれ。まだまだ子供のお前達が、大人の事情なんざ一々気にしなくていいんだ、わかったな?」


 ジャックおじさんにグリグリと頭を撫でられた俺達は自然と笑みが溢れた。「ジャックおじさん、汗臭い」と俺が愚痴をこぼすと、「汗水垂らして働く人間は臭うもんだ!」と笑い飛ばしてくれた。

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