第19話 指切りの約束


 暫く他愛のないことで談笑した後、ソフィアは廃コンテナの下で楽しそうに喋っているホームレス達を見て、「ここに集まってる人達って、血の繋がった家族だったりするの?」と聞いてきた。


「うーん、血の繋がってない人が多いかな。ここにいる人達は助け合って生きてるんだ。だから、血の繋がりがなくても家族みたいに過ごしてるって感じだな」

「そっか、そうなのね……」


 焼き鳥丼を片手に笑い合っている人達を見て、ソフィアは少し羨ましそうな表情に変わっていた。俺は何を話そうか悩んでいると、ソフィアが俺の肩をバシッと叩いてきた。


「それにしても驚いたわ! 貴方が私の通ってる専門学校に通いたいだなんて! いろいろと無茶する人だと思ってたけど、身の程知らずにも程があるわよ!」

「う……うるせぇよ。ヴァルキリーに乗るんだったら、パイロットの許可証とやらが必要なんだろ? だったら、ソフィアと同じ専門学校に通うのが一番いいじゃん」


 ソフィアの制服を見て咄嗟に思い付いたとは言えず、俺はバレないように視線を逸らした。けれど、彼女はずっと隣で機嫌良さそうに笑っている。


「えぇ、そうですとも。下層では乗り物の許可証は必要ないかもしれないけど、上層ではそうはいかないですから。郷に入れば郷に従えって、イグニス君が言ってたでしょ?」

「うぐ。確かにそうだな」


 俺は苦笑いになってしまったが、彼女の言う通り上層に行けば、上層のルールに従わなくてはいけないのだ。ここよりもルールが厳しいことは、ソフィアの許可証の数々を見て重々理解している。


「はぁ……夢にまで見た上層の世界が、こんな形で叶うとは思わなかったな」


 俺はゴロンと仰向けになって寝そべり、継ぎ接ぎだらけの天上を見つめる。上層に行って人生を変えたいと願ってはいたが、約七ヶ月後には下層に住んでいないかもしれないだなんて思いもしなかった。


(でも、下層にいる皆と暫く会えなくなるかもしれないだなんて、考えたこともなかったな)


 いつも天井に向かってダラダラと文句を言う毎日を送っていたのに、この光景を暫く見なくなるかもしれないと思うだけで変な感じがした。


「ところで、イグニス君。貴方、勉強はできるの?」

「うーん、基本的なことなら少しは……」


 孤児院で多少勉強してきたとはいえ、上層の教育とは比べ物ならないと思った俺は自信なさそうに答える。すると、彼女はやっぱりね! というように笑いかけてきた。


「じゃあ、私が貴方の家庭教師をしてあげる!」

「はぁ? ソフィアが……あだっ!」


 俺の怪訝そうな顔を見たソフィアが強めに肩を叩いてきた。


「なによ、その顔!? アークスグループが経営している専門学校の中等部を主席で卒業予定の私が、直々に教えてあげるって言ってるのよ!? もっと感謝しなさいよ!」

「はいはい。ありがとうございます、ソフィア様。つーか、こんなにも長く学校を休んでても大丈夫なのかよ?」


 すると俺の心配をよそに、ソフィアはよくぞ聞いてくれました! というような表情に変わった。


「問題ないわ。私は既に高等部卒業時に取得できる、ヴァルキリーパイロット〈一級〉までの許可証を特例で持ってるの! 中等部を卒業するには、ヴァルキリーパイロット〈二級〉を取得することが絶対条件だから、私は授業に出席しなくても大丈夫なの!」

「へー、随分と自由な学校なんだな!」


 素直に感心した俺は起き上がり、上層の学校に通うことになった自分を想像してみた。


(制服はソフィアと同じ白色か? 授業は何時間あるかわからないけど、真面目に出席してヴァルキリーに乗る為の免許を取得するだろ? ロイドと一緒に昼食を取れるなら取って、中等部ではどんな授業を受けてるのか聞いて。それから、ヴァルキリーに乗って、宇宙に――)


 視線を感じて顔を上げると、目の前には浅紅色の大きな目があった。


「おわぁっ!? ご、ごめん! 顔が近かったからさ!!」


 至近距離でソフィアと目が合った瞬間、心臓がドキッと大きく脈打った。驚いてソフィアから背を向けてしまったが、自分の心臓の異変に俺は戸惑いを隠すことができなくなっていた。


(ちょ、待って。何これ……)


 ソフィアを見たら何故か心臓のドキドキが止まらなっていた。自分の胸を押さえていると背後から、「イグニス君、どうしたの?」とソフィアが心配そうに聞いて来たが、「な、なんでもない! なんでもないから!」と慌てて主張する。しかし、負けじとソフィアは俺に迫ってきた。


「なによ、人には一人で抱え込むなって言う癖に! イグニス君も私に言えないことが、一つや二つあるんじゃないの!?」

「ち、違っ! これはそういうことじゃないんだってば!!」


 身体ごと俺から背を向けたソフィアのご機嫌を取るべく、「本当に抱え込んでないから! 俺が悩んでたら、ソフィアに一番に言うから!」と必死になって弁明する。すると、したり顔になったソフィアと目が合った。


「ふーん、今の言葉は本当?」

「本当に本当! 何かあったら絶対にソフィアに相談するから!」


 そう言って俺は小指を差し出すと、ソフィアは不思議そうな顔付きに変わる。


「なんで小指を出してるの?」

「アマテラスでは大事な人と大事な約束をする時、指切りをするんだってさ。本当は戦場に行く前とかにやってたみたいだけど。やり方は小指と小指を絡めて、約束事を口に出して契るんだ。と、とと……とりあえず、お互い気にせずに指切りしませんか!?」


 そう言ってしまった手前、引けなくなってしまった俺はソフィアに向かって、ズイッと小指を押し付けるように突き出した。恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤になっている自覚はあったから、今の時間帯が節電照明に切り替わっていて良かったと心底思っていた。


「あ、あの……ソフィアさん?」


 返事がないまま少し時間が空いた後、小さくクスッと笑う声が聞こえてきた。「仕方ないわね、指切りしてあげる!」とソフィアらしい返事があったので、俺は安堵の溜息を吐いたのだった。


 彼女の小指に自分の小指を絡ませて、ギュッと握る。絡めた小指を互いの額に近づけ、騎士が王に向かって宣誓するように俺は約束事を口にし始めた。


「俺はソフィアに嘘はつかないって約束する」

「……ねぇ、これって私もやっていいの?」


 ほんの少し良い雰囲気になっていたのに、俺はガクッと項垂れてしまった。「ソフィアも俺に約束してほしいことがあるのか?」と聞くと、「まぁ、そんなところかしらね」と笑みを浮かべる。


 ソフィアは絡めた小指を見つめたまま目を細めた。今、彼女が何を思っているのか分からないが、無茶な約束はしないということだけは、なんとなく理解していた。


「私がピンチの時、イグニス君が助けに来てくれる……っていうのはどう?」


 ソフィアの意外な言葉に、「俺がソフィアを助けに?」と聞き返してしまった。


 意外とヒロイン願望があるのかと驚いてしまったが、勇気を出して発言したのだろう。彼女の頬がピンク色に染まり、恥ずかしさのあまり俺から視線を逸らしている。


「あ……ごめんなさい、私らしくないわよね! もし、重荷になってるんだったら、約束しなくても大丈夫だから――っ!」


 ソフィアは慌てて小指を離そうとしたが、俺はがっちりとつかんで離さなかった。むしろ、心を開いてくれたようで、嬉しくなってる自分がいたからだ。


「いいぜ。その約束、守ってやろうじゃねぇか。ソフィアがピンチの時は必ず助けに行く。俺がお前のヒーローになってやるよ」

「ほ、本当にいいの?」


 ソフィアが目を丸くする程に驚いている。「おう!」と元気よく返事をすると、彼女は見たこともないくらい嬉しそうな表情に変わった。


「じゃあ、私がピンチの時、イグニス君が助けに来てくれるって、約束してくれる?」

「あぁ、約束するぜ。俺がお前を守ってやる」


 ギュッと小指に力を入れ、俺達は笑い合った。


「ハハッ! 俺達、出会ってから二日しか経ってないのに、約束し合うなんてスゲェよな!」

「いいんじゃないの? これも何かの縁だと思うし。それに、イグニス君が学校へ行くようになったら、嫌でも顔を合わせるんだから!」

「確かにそうだよな。先ずは入学試験を突破しねぇと話にならないし、来月からよろしく頼むぜ、先生!」

「任せなさい! 私がイグニス君を合格へ導いてあげる!」


 俺達はそんなことをお互いに言いながら、コンテナの上で語り合ったのだった。

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