第18話 初めての手料理

 炊き出しをする時に使用させてもらう広場は、闇市から二十分程歩いた所にある。何もない砂地の上にひしめき合うブルーやグリーンのテント。ここで帰る家がない大勢のホームレス達が暮らしいていた。


 炊き出しの時間帯になると、ホームレスの人達が列に並ぶのだが、俺が炊き出しをする時に限って、闇市の商人達が顔を見せに来てくれる。最近では材料費を安くするから、あの料理を作って欲しいとリクエストをしてくれる人も増えてきたので、意外なことにウィンウィンの関係で成り立っているのだ。


「じゃあ、僕は皆の所に配達に行ってくるね! イグニス兄ちゃんが鉄屑の火葬場で手に入れた物は、ジャックおじさんに渡しとくから!」

「おう、よろしく頼むぜ!」


 ロイドは俺が作った焼き鳥丼を車に積み込み、ジャンク屋・ヴァルカンに向かって車を走らせていった。俺は手に持っていた雑巾をボコボコになったバケツに投げ込み、額に滲んできた汗を拭って一休みする。片付けは一通り終わったので、手を石鹸で洗ってから、二人分の焼き鳥丼を持ってソフィアの元へ向かった。


「さぁて、ソフィアはどこにいるか……お、いた!」


 ソフィアはすぐ近くに置いてあった廃コンテナの上に座っていた。彼女の視線の方向を向くと、笑顔で飯を食ってる人達を眺めていたので、「おーい、ソフィア! 何、ボーッとしてんだよ?」と声をかける。


「腹減ってないか? ソフィアの分の焼き鳥丼を持ってきたんだ!」

「お腹は……減ってるわ」


 怒っているのか腹が減っているのかわからないが、ソフィアは俺のことをキッと睨んできた。けれど、すぐにキュルル……という大きな腹の虫が聞こえてきたので、俺はクククと声を押し殺して笑う。


「そんな眉間に皺を寄せなくても、素直に食べてみたいって言えば良いのに〜」

「お、お腹が鳴るのは生理現象だから仕方ないじゃない! それに私は下層の食べ物を食べたことがないの! だから、ここで気合を入れてたのよ!」


 成程、それでホームレスの人達を眺めてたのか……と妙に納得した俺は焼き鳥丼を器用に持ち、廃コンテナにかけられていた梯子を器用に登り始めた。


「悪い悪い、昨日も同じようなことがあったと思ってさ。炊き出しも終わったことだし、俺達も飯にしようぜ」


 廃コンテナに登った俺はソフィアの隣に腰掛け、料理を手渡した。出来たての焼き鳥丼とスプーンを受け取った彼女は、まるでゲテモノを見るような目で、黒いタレが絡まった鶏肉と白ネギを見つめている。


「ほら、熱いうちに食ってみろよ。もしかして、スプーンの使い方がわからないのか?」

「スプーンの持ち方くらいわかるわよ、バカッ!」


 食べるように促されたソフィアは、コンテナの下で焼き鳥丼を頬張る人達を一瞥した後、震える手でスプーンを持った。具材と白飯を一緒に掬い、ギュッと目を瞑って恐る恐る口の中へスプーンを運ぶ。


「……んんっ!?」


 料理を口にした瞬間、ソフィアはパッと目を見開いた。スプーンを口に咥えたまま何度も瞬きを繰り返し、焼き鳥丼をキラキラとした目で見つめている。「どうだ?」と聞くと、ソフィアは子供のように屈託のない笑顔で俺に料理の感想を伝えてきた。


「すっごく……すっごく美味しいわっ! 鶏肉の塊を捌いてる時は心配になってたんだけど、謎の黒い液体と甘い白い粉と黄色の液体を混ぜて焼くだけで、こんなに美味しく仕上がるだなんて! 上層で店を構えたら、絶対に流行るに違いないわっ!」


 大袈裟なくらいに褒めちぎられた俺は照れたように頬を掻く。


「ハハハ、気に入ってくれて良かったよ。俺の言った通り、人生の半分は損してたって思うだろ?」


 そう言うとソフィアはコクコクと何度も頷き、ご機嫌な様子で焼き鳥丼を頬張るのを見届けてから、自分で作った焼き鳥丼を口に運ぶ。何故だろう、今日は晩御飯がいつもよりも美味しく感じられた。


「う〜〜んっ、美味しい料理だったわ! ありがとう、イグニス君! お礼にこれをあげるわ!」


 焼き鳥丼をあっという間に完食した後、ソフィアは腕に付けていたデバイスを操作し、宙に浮き上がったディスプレイを指でタッチしていた。


 何をしているかわからず、黙り込んだまま様子を見ていると、彼女の膝の上に灰色の液体パックと銀のビニールに包まれた長細いブロックが光と共に現れた。


「これって、もしかして……」

「レーションと高カロリーブロックよ。食べてみたいって言ってたでしょ?」


 ソフィアに差し出されたレーションと高カロリーブロックを受け取り、灰色の液体パックを手に持った。


「ありがとう! 早速、飲んでいいか!?」

「えぇ、どうぞ」


 俺は蓋を開けてレーションを一口含んでみた。初めは甘すぎると思ったが、慣れてくるとくどくなく、スッキリとした不思議な味わい。昨日、ソフィアが言った通り、時間の効率と食物の摂取効率をだけを考えた水だと思った。


「どう? 口に合うかしら?」

「んー、ほんのり甘い水って感じだな」


 レーションを舌全体に行き渡らせてから飲み下し、続けて高カロリーブロックが入ってる銀のビニールを破る。中から橙色のブロックが出てきたので一口頬張ってみると、甘い味とさわやかな香りが鼻から抜けていった。


 しかし、ずっと咀嚼していると、口の中の唾液が全て吸い尽くされてしまったので、レーションを飲んでは高カロリーブロックを食すを繰り返した後、俺は両手を合わせる。


「ふぅ、ご馳走様でした!」

「どう? 初めてレーションと高カロリーブロックを食べた感想は?」

「うーん、全体的に甘い味だったな。正直に言うと、俺が作った料理の方が美味いと思った」


 俺が正直に答えると、ソフィアも「それは私も同感」と一緒に笑ってくれた。

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