第17話 壊れたオーブ

「ふむ、そうか。お前が専門学校に……」


 ケンタウロスおじさんは俺の予想外の言葉に驚いているようだった。そして何を思ったのか、隣に立っているソフィアをジッと見つめ、少し考える素振りをした後、袖の中に手を突っ込んである物を取り出してみせる。


「君はパイロット科の生徒だろう? これが何か見覚えはないか?」


 ケンタウロスおじさんが手にしたクラックの入った黒く濁った水晶玉を見て、鉄屑の火葬場で見つけた物に少し似ていると思ったが、俺よりも真っ先に反応したのはソフィアだった。


「これは……まさか、嘘でしょ?」

「君にはこれが何か分かるのかな?」


 ソフィアは深刻そうな表情でゆっくりと頷いた。


「ヴァルキリーを起動させる為の〝オーブ〟です。厳密にいうと、壊れて使えなくなった〝オーブ〟ですが。これをどこで手に入れたんですか?」

「つい先程だ。ジャンク屋を経営する男が珍しい物が手に入ったから、鑑定してくれないかと依頼があってね。地球由来の鉱物が紛れ込んできたのかと思ったら、どうも違うようだし。どこで手に入れたのか聞いてみたら、〝鉄屑の火葬場〟で拾ったらしい。加工しようと金属を溶かしていたら、中から見慣れない石がいくつも出てきたらしいんだ」


 それを聞いた俺とロイドは顔を見合わせ、パァッと喜びを露わにした。ここにあるのは壊れたオーブだが、〝鉄屑の火葬場〟をくまなく探せば、壊れていないオーブが見つかるかもしれない――そう思ったのだ。


 しかし、楽観的に物事を見ているのは俺達だけのようだった。ソフィアは手のひらの上に乗っている〝オーブ〟を深刻そうな表情で、ずっと見つめている。


「これは下層にあったらマズイ物なのかな?」


 そう問いかけられたソフィアは頷いた。


「〝オーブ〟はヴァルキリーと同様に管理番号を振られ、公的機関で保管されている物なのです。例え壊れていたとしても、下層に落とすようなやり方で廃棄するのは違法です。でも、〝オーブ〟にヒビが入るまで使い込むなんて。何をどうやったらこんな状態になるのか……」


 黒ずんでヒビ割れた〝オーブ〟を、ソフィアは悲しそうな目で見つめていた。持っているオーブに姉の意識が宿っていると知り、人の言葉を発しているのを知ったから、余計に複雑な心境になっているのかもしれない。


「ふむ、そうか。これは上層で何か起きてるのかもしれないな」

 

 ケンタウロスおじさんは腕を組んで、静かに考え込んだ後、「イグニスにロイド、私の話をよく聞きなさい」と声をかけられた。


「来年からロスヴァイセさんが通う専門学校に入学する準備をしなさい。戸籍の問題や資金などは、私がどうにかするから心配しなくていい」


 ケンタウロスおじさんの突然の発言に、俺とロイドは数秒間黙り込んだ後、「ええぇぇぇぇっ!?」と、店の外にまで聞こえるくらいの声量で叫んでしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよ! いくらなんでも急すぎない!? 俺、勉強は苦手なんだけど!?」

「ぼ、僕もです! 専門学校でメカニックを学べるのは嬉しいけど、そんなに簡単に上層に行けるものなんですか!?」

 

 俺達の驚きように対し、ケンタウロスおじさんは不思議そうに首を傾げる。


「ロイドが驚くのはともかく、イグニスはさっき自分の口から専門学校に行きたいって言ってただろう?」

「うぐっ。それはそうだけどさ。まさか本当に実現するとは思わなくて。でも、いざ専門学校に通うとなると、皆と一緒のレベルで勉強ができるか心配なんだけど……」


 俺は不安を口にすると、ケンタウロスおじさんはニコッと笑った。


「その心配は必要ない。入学するまでの間に猛勉強すればどうにかなる。学校に入る為には各科に合わせた試験問題に合格しなければ、入学できないらしいからな。今から死ぬ物狂いで勉強するように」

「わ、わかったよ。ちなみに、いつ頃に試験があるの?」


 俺の問いかけに、ケンタウロスおじさんは店の壁に吊り下げられた七曜表を確認し始める。


「詳しい日程は詳しく調べてみるが、大体の学校は三月にあるはずだ」


 そう言われた俺は一本ずつ指を折って、月数を数え始める。九、十、十一、十二……と数え終え、焦るように勢いよく顔を上げた。


「待ってよ! 七ヶ月も勉強漬けの毎日を送らなきゃいけないの!?」

「ネガティブに捉えるな、イグニス。逆にいうと七ヶ月間、試験勉強ができるんだ。今から皆に追いつくチャンスだぞ。お前達に勉強を教えてくれる先生は私が適当に見繕っておく。二人共、返事は?」


 そう言われたら、俺達は素直に「はい!」と返事せざるを得なかった。


「よし。なら、私は今から準備に取り掛かるとしよう」


 ケンタウロスおじさんは、準備に取り掛かろうと椅子から立ち上がった。こういう時のケンタウロスおじさんは急がば回れタイプの人間なので、決まってしまえば行動を移すのが早いのだ。


「ところで、君はいつまで下層にいる予定かな? 目的もないまま、下層になんて来たりしないだろう。差し支えなければ、目的を聞かせてもらってもいいかな?」

「は、はい。私は地球に行きたくて、下層にあるビフレスト宇宙港を目指して来ました」


 ソフィアは言い淀みながらも自分の目的を口にすると、ケンタウロスおじさんは片眉を上げた。


「何故、ビフレスト宇宙港から地球に行こうと? あそこは警備隊が常駐してて使えなくなっているはずだが?」

「地球に行きたいという目的は……申し訳ないのですが、個人的な理由ですので伏せさせてください。ですが、地球に行く方法はないか調べている時、家の端末を使ってアスガルド政府のデータベースに無断でアクセスしたことがあったんです。そしたら、下層は今でも地球と交流が続いているというデータを見つけたので、一縷の望みを賭けて下層に降りてきました」


 それを聞いたケンタウロスおじさんの表情が一気に険しいものになった。


「我々が地球と交流があると書かれていたのか?」

「は、はい。直近の記録にはそう記されてました」

「直近の記録か……ふむ、わかった。色々質問してすまなかったね。君が下層に問題なく滞在できるよう、諸々の工作はしておく。ここに居たいだけ居れば良い」

「あ、ありがとうございます」


 ソフィアは緊張気味に頭を下げ、ケンタウロスおじさんは袖の中から蛇皮の長財布を取り出し、札束を俺に手渡してきた。


「小耳に挟んだんだが、今日から一週間、闇市で炊き出しをするそうだな。これは材料費だ。持って行くと良い」


 俺が驚くのも無理はなかった。渡された札束は二十万ガルド。一週間、炊き出しを行うにはお釣りが出るほどのお金だったからだ。


「こんなに貰っても良いの?」

「構わない。その金で皆に美味い飯を作ってやってくれ。無論、私にもな。今から外に出なきゃいけない用事ができたから、ユナに店番を頼むと伝えておいてくれると助かる」

「わかった、伝えておく! ありがとう、ケンタウロスおじさん!」


 ケンタウロスおじさんはヒラヒラと手を振り、俺達の間を通り抜けて店の外へ出て行ってしまった。


 俺は見慣れない大金を目にすると、手汗が出るくらい緊張してしまったが、鐘が鳴っているのが遠くから聞こえてきて、ハッと我に返る。壁掛け時計を見ると、時刻は十八時を指していた。


「うわ、もうこんな時間か。早く料理を作らねぇと、皆に迷惑かけちまう。ロイド、ソフィアを連れて先に広場に行っといてくれ。俺はユナに声をかけてから行くから」


 俺は百道商店の二階へ上がろうと靴を脱ぎ始めると、ロイドはソフィアの手を取り、「わかった、材料も持って行っとくね! 行こう、ソフィアさん!」と声をかけていた。

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