第14話 闇市の出店

「な……なんなの、この人の多さは?」


 ソフィアは視界一杯に広がって歩く人の多さに眩暈がしているようだった。ミドガルズの繁華街でもある闇市は、下層中の人々が欲しい物を求めて集まってくる。当然、行き交う人が多いので、スリも発生しているし、暗がりの路地には明らかに柄の悪そうな人間達が、煙草を吸いながら人を見定めるようにチラチラと視線を送っていた。


「ここがミドガルズの闇市さ。下層中の商人達がここに集まって商売をしてる。ここら辺に構えてる店は市場がメインになってて、奥に行けば行くほど高価な物や変わった見せ物をやってたりするんだ」


 ソフィアはキョロキョロと周りを見渡して、「なんだか、怖そうな人達ばかりね。あの店の人なんか、お客さんに怒ってるじゃない」とある方向を引き気味に見ていた。


「怒ってる? どの店のことだよ?」

「あのお店よ」

 

 ソフィアが指をさした先は精肉店だった。その店には人集りができており、店主が黄色いメガホンを片手に、「今日のオススメは朝びき鳥の腿肉だよ! 今日の晩御飯の献立にいかがですか!?」と大きな声で宣伝していたのである。


「あの……もしかして、あの店主さんのことですか?」


 ロイドが目を丸くしながら聞くと、ソフィアを深刻そうに大きく頷いた。


「上層では店の前に滅多に人集りができることはないし、店の人が大声で宣伝することは殆どないわ。後一つ、気になることがあって……」

「気になることってなんだよ?」

「あの店主さんが持ってるのって、鳥の胴体……よね? 鳥の羽が付いてたり付いてなかったり、身体の表面がプツプツしてるし、なんだか気持ち悪くって……。なんであんな物を求めて人集りができるのよ。大体、どうやって調理するの?」


 ソフィアの発言に、俺とロイドは再びカルチャーショックを受けた。上層では基本的にレーションで食事を済ませていると聞いたので、生鮮食品等は売っていないのかもしれない――そう思った俺は軽く溜息を吐き、ソフィアの肩にポンと手を置いた。


「ソフィアってさ、人生の半分以上は損してるよな」

「な、なによ! 私の事、馬鹿にしてるの!?」

「んー、馬鹿にはしてねーけどさ。人の手で作った料理を食べたことがないんだろ? ちなみに今日の朝飯は何を食べたんだよ?」

「持ってきた高カロリーブロック一欠片にレーションを飲んだわ」


 朝食の内容を聞いた俺は少し不憫な気持ちになった。人の手で作った美味くて温かい料理を食べたことがないのは、少しだけ寂しい気もする。けれど、もし俺がソフィアの立場だったら、下層の飯を食べているだろうか?


(生まれてからずっとレーションばっかりの生活だったら、確かに俺達の食べ物が珍しく感じるよな。俺もレーションとやらを飲んだことねーし、ソフィアの食生活に関しては何も言えないな)


 俺が小さく唸りながら考え込んでいると、「ねぇ、イグニス兄ちゃん」とロイドが服の裾を優しく引っ張ってきた。


「今日、ボランティアで炊き出しするでしょ? その時、ソフィアさんに手料理を振る舞ってあげたらどうかな? それでね、僕としてはソフィアさんが言う、レーションと高カロリーブロックを食べてみたいなぁーって、考えてるんだけど……一回、頼んでみない?」

「おぉ、それはナイスアイデアだな!」


 二人で打ち合わせした後、ニッコリと笑いながらソフィアに向き直ると、彼女は警戒したまま、「ふ、二人して何企んでるのよ……」と後ずさった。


「ソフィア、今日の晩飯は俺の手料理を食べてくれよ! そんで、俺達は君が持ってきたレーションと高カロリーブロックを味見する。これで上層と下層の食文化も知れるし、互いを知る良いキッカケになると思わねーか?」


 俺の提案を聞いて、ソフィアは怪訝そうな顔付きに変わった。


「イ、イグニス君。貴方、本当にそんな器用なことができるの?」

「本当に失礼な奴だな! ゆで卵しか作れない奴は黙って俺の飯を食ってろよ!」

「なっ……ゆで卵も立派な料理よ!」


 俺はムキになってしまったが、すぐにロイドが俺達の間に入り、「心配しないで、ソフィアさん! イグニス兄ちゃんの料理はとっても美味しいって評判なんだ!」とすかさずフォローしてくれた。


「うぅん……イグニス君の手料理……」


 ロイドの言葉を聞いたソフィアは、心配そうに精肉店を見つめる。恐らく、剥き出しの鳥の胴体をどうやって調理するのだろう? とか考えているのだろう。彼女の顔は今も青白いままだった。


「強制じゃないんだし、別に無理して食べなくてもいいぜ? 初めて食うんだったら、腹壊すかもしれないしさ」

「…………いえ、せっかくだから食べてみたいわ。その代わり、お願いがあるんだけど」

「なんだよ?」


 意を決したソフィアは地肌が剥き出しになった胴体に指をさし、「あの形のまま、テーブルには出さないで欲しいの」と深刻そうな顔でお願いしてきたので、俺とロイドは間を置いてから盛大に吹き出してしまった。


「な、なによ! 私、そんなにおかしいこと言ってる!?」

「いや、ごめん! そんな心配しなくても、そのまま出さないから心配すんなって! 美味しく作るから楽しみにしてくれたまえ。あの鳥肉は朝びき鳥らしいし、とっても美味しいはずさ」


 ソフィアの顔は納得がいかないというように、ブスッ……とした表情のままだったが、俺は気にせずに彼女の手を引いて精肉店に歩いて行った。


 精肉店のおじさんとは顔馴染みだったので、「値段は安くしとくから、後でイグニスの料理を食べさせてくれ」という男同士の約束をして、俺達はこの場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る