第11話 秘密基地へようこそ②
「ソフィア、怪我はないか?」
「えぇ、なんとか。今から内部システムを起動させてみるから、二人はそこで待っててくれる?」
「わかった!」
俺達は装甲の上に腰を下ろし、パイロットシートに座るソフィアを上から見守った。モニターのぼんやりとした光が彼女の顔を照らし、カチャカチャとキーボードを叩く音だけが聞こえてくる。暫く待っていると、「うーん……」と唸る声が聞こえてきた。
「何か分かったのか?」
「結論から言うとシステムは壊れてなさそう。けれど、これ以上の操作はロックが掛かっててできないみたい。ヴァルキリーを再起動させようにも、私が持ってる〝オーブ〟じゃ動かせそうにないわね」
ソフィアは少し残念そうに、首に掛けていたネックレスを見せてくれた。ネックレスの先に付いていたのは、金枠に嵌め込まれた楕円形の宝石。昔、孤児院で読んだ『地球の鉱物』という本に載っていた、インカローズという石の色合いに似ていた。
「もしかして、それがオーブなのか?」
「えぇ。この世にたった一つしかない、私だけの〝オーブ〟よ」
生まれて初めて見たオーブは暗がりのコックピット内でも七色に輝き、ソフィアの顔を優しく照らしていた。光を直視しても目が痛くならないのは初めてで、俺とロイドはあまりの美しさに見惚れてしまう。
「凄い! 僕、初めて見ましたっ! でも、ヴァルキリーって、オーブがあれば動かせるんですよね? どうして動かないんでしょう?」
「あ、それは俺も思った」
ロイドの疑問に俺も便乗すると、ソフィアはシステムの電源を切り、コックピットから出ようと両手を伸ばしてきたので、俺は彼女の手を掴んでゆっくりと引き上げてやった。
「意外に思われるかもしれないんだけど、人間同士に相性があるように、オーブとヴァルキリーにも相性があるのよ」
「えっ!? なんだよそれ、初耳なんだけど!?」
衝撃の事実に俺は少なからずショックを受けていた。〝オーブ〟を探すのでさえ手間取っているのに、ヴァルキリーとの相性まで考えないといけないとは思わなかったのだ。
(これは難題だな。オーブを見つけ出しさえすれば、どうにかなると思ってたのに、まさかの相性まであるなんて。ハァァ……ロイドのやる気がなくならないと良いけど)
ロイドの心がポッキリと折れてしまったかもしれないと、俺は内心ヒヤヒヤしていた。明日から一人で〝オーブ〟を探すとなると、確率は0パーセントに限りなく近付いてしまう。少しでも確率を上げるには、やはり人の手を借りるしかないのだ。
ソフィアは俺達の質問に悩みに悩んだ末、困ったように眉を下げた。
「どうしてかわからないけど、オーブとヴァルキリーの同調率が全く上がらない時があるの。無理に同調させようとすれば、ヴァルキリーが暴走を起こしたって事例があるくらいだし。合わない時は無理に同調させない方が良いのよ」
「マジかよ。一度で良いから動く所を見てみたかったんだけどなぁ……」
俺は足元で横たわる赤黒いヴァルキリーを悔しそうに見つめる。〝オーブ〟を見つけられる確率は限りなく低くても、俺は諦めきれなかったのだ。
生まれた時から両親がいなくても、下層にはそういう孤児がたくさんいたから全く寂しくはなかった。けれど、継ぎ接ぎだらけの天井を見上げる度に上層には何があるんだろう? もしかして、下層とは違った街並みが広がってるのだろうか? と想像するだけで、ワクワクが止まらなかった。
だから、ヴァルキリーを〝鉄屑の火葬場〟で見つけた時、今いる世界を変えられるって本気で思った。上層に行けば何かが変わるかもしれない、そう信じて今まで頑張ってきたのだ。
(ソフィアと出会ったのも何かの縁だし、なんとかして足元で横たわってるヴァルキリーを動かしてみたいな)
足元で横たわっているヴァルキリーは〝オーブ〟が無ければ目覚めない。〝オーブ〟がなければ、ただの鉄の塊。どうにもできないのであれば、ジャックおじさんに解体を依頼して、ケンタウロスおじさんの店で部品を売り捌けば、俺の財布は潤うだろう。けど、俺はどうしてもそんなことはしたくなかった。こんな世紀の大発見、二度とない気がしたからだ。
思考を巡らせた結果、俺はソフィアに向かって頭を下げた。当然、彼女は「い、いきなり何よ?」と困惑している。それでも、俺は頭を上げなかった。
「ソフィア。そのオーブ、俺に貸してくれないか?」
「わ、私のオーブを?」
「もう一回だけ試させて欲しいんだ。俺、やっぱり諦められなくて。だから、頼む」
ソフィアは俺の頼みを聞いて、〝オーブ〟を貸そうか非常に迷っている様子だった。しかし、ネックレスの先に付いている〝オーブ〟を両手で握り締め、俯きがちに「ごめんなさい」と断られてしまう。
「これは亡くなったお姉ちゃんの形見だから、いくら友達でも預けられないの。本当にごめんなさい」
ソフィアは姉の形見である〝オーブ〟を悲痛な表情で握りしめる。出会った当初から今まで、強気に振る舞う彼女からは想像できない表情をしていた。
知らなかったとはいえ、辛い記憶を思い出させてしまったことに、俺は申し訳ない気持ちになり、「ごめん。俺、自分のことしか考えてなかった」と素直に謝った。そして、切り替える為に自分の頬を両手で思いっきり叩き、気合を入れる。
「よし、オーブは自分で探すことにするよ! でも、一生のお願いがあるんだけど、聞いてもらっても良いかな?」
俺は両手を合わせ、上目遣いでソフィアを見つめる。彼女は何をお願いされるのか、なんとなく予想がついたのか、「一生のお願いって、何?」とクスクスと笑っていた。
「オーブを間近で見せてもらっても良いですか!? 頼む、指一つ触れないからこの通りだ!!」
俺が頼み込むと、ソフィアは声を押し殺すようにして笑い始めた。
「イグニス君って、そういうのが得意なの?」
「得意というか、使うことが多いといいますか……。マリウス先生曰く、宇宙船・アマテラスの人達は、誰かに謝罪する時やお願いする時とかに、土下座を使ってるらしいぜ? だから、俺のやってることはおかしくないはずさ!」
俺は改まり、緊張の面持ちで「見ても良いか?」と聞くと、ソフィアが小さく頷いた。彼女はネックレスを外して、ロイドの身長に合わせて少し屈み、〝オーブ〟を俺達に見せてくれた。
「うわぁ……近くで見るとより綺麗に見えますね! 宝石の中に星屑を閉じ込めたみたい!」
「本当だ。しかも中心が銀河みたいに渦巻いてないか?」
普段、宝石の類に興味がない俺とロイドが、〝オーブ〟に釘付けになっていた。しかし、この不思議な宝石はどのようにして作られ、どうやってヴァルキリーと同調させるのか。〝オーブ〟の謎は深まるばかりである。
「ありがとな、ソフィア。オーブを実際に見れて良かったよ。こんな綺麗な宝石なら、すぐに判別がつきそうだ」
「そうね。でも、これは削った状態だから」
「け、削った状態? 初めからこういう形じゃないってこと?」
「オーブは元々これくらいの大きさなの。その原石から削り出して、私みたいに肌身離さず身に着けてる人が多い印象ね」
ソフィアは両手で丸を作り、原石の大体の大きさを教えてくれた。「なーんだ、それくらいの大きさなら探しやすそうだな」と、俺は前向きな発言をしてみたが、心の中では〝オーブ〟を見つけられる気が全くしなかった。
しかし手に入れなければ、ヴァルキリーを動かすことは一生叶わない。こうなったら、〝赤錆のヴァルキリー〟を見つけた時くらいの奇跡を祈るしかないか――そう思っていた時、『クスッ、面白い子』という女の子の声が聞こえてきた。
驚いた俺は隣にいたロイドに、「今、何か喋ったか?」と話しかけてみる。すると、「何も喋ってないよ」と首を左右に振ったので、俺は少し考え込んでしまった。
「うーん、おかしいな……」
「どうしたの?」
「今、女の子の声が聞こえたんだ」
「女の子? 女の子だったら、ソフィアさんの声じゃない?」
ロイドはソフィアの方へ視線を移したが、俺がすかさず、「いや、ソフィアの声じゃなかった」とキッパリと答える。
自慢じゃないが、俺は運動神経に加えて人よりも耳が良い。どんなに小さな声でも聞き逃さないから、さっきの声は空耳ではないはずだ。
「ソフィアは聞こえなかったか? 面白い子って言った女の子の声がさ。ここら辺は子供が遊び場にして良いような場所じゃないし、街から距離があるんだけどなぁ……」
「一体、何のこと? 子供の声なんて聞いてないわよ」
ソフィアは怪訝な顔をしていたが、俺は辺りを見渡した。ここは建物の老朽化が進んで危ない場所が多く、子供が隠れられそうな場所はたくさんある。
体感的には、かなり近くから聞こえてきたので、トレーラーの周りに生えている草むらに潜んでいると思った俺は、試しに「おーい、誰かいるのかー!?」と声をかけてみたが、さっきの女の子からの返事はなかった。
「ちょ……ちょっと、本当にどうしちゃったの? 女の子の声なんてしなかったし、あなたの気のせいに決まってるわ」
「そうだよ、イグニス兄ちゃん。ここら辺は人が寄り付かないように、立入禁止区域に指定されてるし、大人でも寄り付かない場所だよ? 僕達以外の人間がこんな所にいるわけないよ」
二人は不可解だと言わんばかりに俺に楯突いてきた。恐らく、俺にしか聞こえない声に怯えているのだろう。二人の会話スピードがいつもより早く、表情も強張っているように見える。けれど、俺は諦めることなく、声を張り上げ続けた。
「いや、絶対に聞こえた! なぁ、もう一回で良いから返事をしてくれよ! 君は何処にいるんだ!?」
『嘘……ほ、本当に僕の声が聞こえるの?』
声の主は少し驚いているようだった。
俺はすぐに、「聞こえてるよ! 何処にいるのか教えてくれ!」と声をかけると、ロイドとソフィアは同時に「ひいぃっ!」と悲鳴をあげた。
『ここにいるよ。ほら、ソフィアの胸の上』
「ソ、ソフィアの胸の上? ブフッ!?」
声がした通りにソフィアの胸に視線を向けると、パッチーンッ!! という快音が響き渡った。「いてーーっ!?」と叫び声をあげながら、俺はヴァルキリーの上に倒れ込む。
ジンジンと痛む頬に手を添えながら、よろよろと起き上がると、「私の胸をジロジロと見ようとした貴方が悪いのよ!」とソフィアは顔を真っ赤にして怒っていた。
『だ、大丈夫? ビンタされた瞬間、意識飛んだんじゃない?』
「いや、これくらい平気だよ。それより、君ってもしかして、人じゃなかったりする?」
俺の問いかけにソフィアとロイドは「え!? ゆ、幽霊!?」と震え上がっていたが、声の主は『うーん、そうだね。今は人間じゃないっていう表現の方が正しいかな』と肯定してくれた。
「君は今もソフィアの胸の上にいるのか?」
『うん、いるよ。僕はソフィアちゃんの大切な家族なんだ』
「そっか……。俺、君の正体わかったかも」
俺は立ち上がり、真っ直ぐにソフィアの元へ向かった。ソフィアはロイドと抱き合いながら、「ちょ、ちょちょ……ちょっと、イグニス君!? 幽霊が私に取り憑いてたりするの!?」とテンパっていた。
けれど、俺は構わず歩み寄り、ある物に向かって手を伸ばす。その瞬間、「キャーー!!」という叫び声が辺りに響き渡り、廃墟のどこかで羽を休めていた鳥達が、バサバサと一斉に飛び立った。
「喋ってたのって、君だろ?」
俺がジッと見つめていたのはソフィアの胸ではなく、ネックレスに付いていた〝オーブ〟だった。ソフィアとロイドは何が起きているのか分からず、「え?」と素っ頓狂な声を発している。
『そうだよ。えへへ、人と喋るのは何年振りだろ。人と喋れてすっごく嬉しいな!』
俺はなんだか嬉しくなって――二人から見れば、ただの頭のおかしい人に映っただろうが――ソフィアの〝オーブ〟に向かって自己紹介を始めた。
「俺の名前はイグニス。君の名前は?」
『僕の名前はアメリア! ソフィアの双子のお姉ちゃんだよ!』
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