第10話 秘密基地へようこそ①

 ビフレスト宇宙港から脱出した俺達は、追尾システムに引っかからないように、迂回ルートを走って立入禁止区域へ辿り着いた。ここは元々、工業地帯だったというが、上層の指示で稼働停止を強いられたという。工業地帯で働いていたエンジニア達は各々で会社を起こし、細々と生活している。ジャンク屋を経営しているジャックおじさんが最たる例でもあった。


 錆び付いた巨大な鉄橋の下を潜り抜け、俺は壊れたクレーン車の側に車を停めてエンジンを切った。


「着いたぞ。さぁ、ここからは歩きだ」


 後部座席に乗っている二人に声をかけると、ソフィアだけがギョッとした表情に変わった。


「ちょっと待って、本当にこの中を進んでいくの!?」


 ソフィアが渋るのも無理はなかった。目の前には天井に穴がいくつも空いた廃墟に、腰辺りまで伸び切った雑草が広がっていたからだ。恐らく上層では聞かないであろう、カナカナカナ……という虫の声がそこら中から聞こえ、風もないのに雑草の葉が揺れて見える。誰がどう見ても、何かしらの生き物が潜んでいることは明らかだった。


「え、そうだけど? 俺とロイドが先に進むから、ソフィアは後ろをついてきてくれ」

「絶対に嫌。私はここで待ってるから、貴方達だけで行ってきて。もしくは、目的の物をここに持ってきて」


 頑なに拒むソフィアを見て、俺とロイドは思わず顔を見合わせてしまった。


「そんなの無理だってソフィアも分かるだろ? この辺りはちょっとした衝撃でも崩れちまう場所が多いし、何よりヴァルキリーの全長は十二メートルくらいあるんだぜ? 吊り上げる重機もないのに俺達だけで運べるわけないじゃん」

「無理なものは無理なの! 大きな虫や謎の草の種が服とか肌にくっ付いたらどうしてくれるのよ! データでしか見たことがないけど、あんな気持ち悪い生き物が下層に生息してるだなんて、考えてもみなかったわ! こんなことになるなら、害虫駆除プログラムも作っておくべきだった!」


 ソフィアはあり得ないというように、首を左右に振りながら後退りした。足元の雑草はまだ小さい方だが、奥に進むにつれて俺の身長と同じくらいの雑草が伸び放題になっている。ここを掻き分けて進むとなると、女の子には勇気が必要なのかもしれない……そう思った俺はソフィアに手を差し出した。


「な、なによ。その手は?」

「手、繋いでやろうと思ってさ。虫が嫌なら目を瞑って歩けばいい。万が一、服に着いたら俺が取ってやるよ」

「で、でも――キャッ!」


 ソフィアは差し出された手を見て恥ずかしそうにしていたので、俺は強引に彼女の手を取って廃墟の中を歩き始めた。「草で肌が切れる時があるから気を付けろよ」と、後ろにいるソフィアに声をかけて手を握り締める。そしたら、彼女も握り返してきたので、柄にもなく握った手を意識してしまった。

 

 俺が先陣を切って暫く歩いていると、雑草の中に埋もれている大型トレーラーのルーフ部分が見えてきた。


「二人共、ここで待っててくれ」


 そう声をかけてから、俺はトレーラーの周りをぐるっと一周し、雑草を踏み倒していく。荷台に積まれた灰色のコンテナが露わになると、ロイドがトレーラーに駆け寄って運転席の扉を開き、慣れたようにスイッチを押す。すると、荷台のロックが解除されたのか、コンテナの側面がゆっくりと上昇し、中身が徐々に露わになった。


「え……本当にヴァルキリー?」


 ソフィアは目を丸くした。


 コンテナの中で巨大な人型が仰向けで寝かされていた。その人型のボディは赤黒く、二本生えていたであろう頭部の角は一本だけ先端が折れていた。瞳に光は宿っておらず、大きな硝子玉が胸の中心と両肩、両膝辺りに嵌め込まれている。五指の先には猛禽類の鉤爪を思わせるような形状になっており、太い左腕は盾としての効果も併せ持つのか、どんな銃弾でも跳ね返せそうな印象を受けた。


 ソフィアは息を呑んだ後、一歩、二歩とコンテナに歩み寄る。予想以上に興味を示してくれたので、俺とロイドは嬉しくなった。


「これが俺達が、〝鉄屑の火葬場〟の中から掘り起こしたヴァルキリーだ。肩の部分がちょっと錆び付いてるから、勝手に『赤錆のヴァルキリー』って呼んでるけどな」


 ソフィアの隣に歩み寄った俺は、横たわった赤黒い機体にそっと触れた。機体はひんやりと冷たかったが、〝オーブ〟さえあれば、この機体は再び魂を宿し、動かす事ができる――俺はそう信じてやまなかった。


「確かに……確かに貴方の言った通り、これはヴァルキリーだと思う。けど、私の知ってるヴァルキリーとは全く違うタイプだわ」


 ソフィアは感情が昂っているのか、声が少し震えていた。しかし、その感情は恐れではなく好奇心。それは何ヶ月程前に自身も経験した高揚に似たようなものだろう。どうやら、俺とソフィアは少し似ている所があるようだ。


「へぇ、そうなのか。ちなみにソフィアが乗ってるヴァルキリーって、どんな形状をしてるんだ?」

「私の乗ってるヴァルキリーは白いボディの機体よ。名前はアストランティア。身軽に動けるように装甲は軽量に仕上げてて、この赤錆のヴァルキリーに比べたら身体は一回りくらい小さいわ。だからといって、弱いわけじゃない。いろんな種類の武器が使えるし、宇宙でも地上でも戦いやすく設計されてるの。それから……って、なんでそんな笑顔になってるのよ?」


 少しムッとしたような表情を見せるソフィア。俺としては軽く聞いてみただけだったのに、まさかここまで詳しい解説が返ってくるとは思わなかったのだ。


「あー、ごめん。別におかしいっていう意味で笑ったんじゃないんだ。ヴァルキリーのパイロットだって話を聞いた時、あれだけ思い詰めた顔をしてたのに、やっぱりヴァルキリーが好きなんだなぁーって思ってさ」

「別にヴァルキリー自体は嫌ってないわ。色々と事情があるのよ」

「その事情とやらは俺達には教えてくれないのか? 俺達、もう友達だろ? 解決はできないかもしれねーけど、悩みくらいは聞いてあげられるぜ?」


 俺の隣にいたロイドも、「そうですよ」と頷いている。ソフィアは少し考えた後、申し訳なさそうな顔に変わった。


「ごめんなさい、貴方達を巻き込む訳にはいかないの。でも、気持ちは嬉しいわ。本当にありがとう」

「そっか。まぁ、無理はすんなよ。困ったことがあれば、いつでも聞くからさ」


 ソフィアが頷いた後、俺達は視線を赤錆のヴァルキリーへと移した。


「そういえば、イグニス君達はこのヴァルキリーを動かしてみたいって言ってたわね? 一度、詳しく見ても良いかしら?」


 俺とロイドは「勿論!」と即答し、すかさず地面に四つん這いになった。「さぁ、俺が踏み台になってやるから遠慮なく登ってくれ」と促すと、ソフィアは少したじたじになってしまう。


「あ、ありがとう。けど、スカートの中は見ないでね」

「言われなくても、もう見せられてるけど――あだっ!」

「余計なことは言わなくて良いの! ほら、今から乗るから動かないでね」


 ソフィアは靴を脱ぎ、俺の背中を踏み台代わりにしてヴァルキリーの上によじ登った。大体の外観を確認した後、彼女はしきりに装甲を触って何かを探している様子だったので、「何を探してるんですか?」とロイドが声を張り上げると、「コックピットの開閉ボタンよ! 一度、内部システムを起動させてみようと思って!」と返事があった。


 そんなものがあるとは知らず、俺達は互いに目を丸くする。


 早速、俺が踏み台代わりになってロイドをよじ登らせた後、俺は助走をつけてヴァルキリーの上に軽々と飛び乗った。バランスを崩しそうになったが、なんとか胴体にしがみついたお陰で落ちることはなかった。


「これじゃないのね……じゃあ、これは?」


 ソフィアは難しい顔をしたまま、しきりにヴァルキリーの装甲を触りながら、ブツブツと独り言を呟いていた。邪魔をしてはいけないと思ったので、俺とロイドはソフィアの側で見守ることしかできなかった。


「うーん……私が乗ってるヴァルキリーと機体の作りが違うから、どこを触れば開くのか……キャアッ!」


 胸に嵌め込まれていた硝子玉を強めに押してみると、どういうわけか硝子玉は消えてなくなり、ソフィアはヴァルキリーの内部へ転がり落ちてしまった。


 ロイドはヴァルキリーの内部を覗き込み、「ソフィアさん、大丈夫ですか!?」と声をかけると、「大丈夫よ!」と返事があったので、俺はホッと胸を撫で下ろした。

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