第9話 ビフレスト宇宙港

 宇宙船・アスガルドの底部に設けられた貨物室は、地球からの物資を積み込む為だけに作られたという。後付けで作られた宇宙港は宇宙船と地球を繋ぐ唯一の窓口だったので、地球との親交が末永く続きますようにと人々が願いを込め、『ビフレスト宇宙港』と名付けられたが、あっけなく地球との交流も断絶してしまい、この施設は殆ど使われなくなってしまった。


 俺達は今、ビフレスト宇宙港から約数十メートル離れた資材置き場にいた。ここら辺は環境整備に必要な素材や道具――土嚢、鉄骨、工具や重機類――が置かれ、足元には歩き難くする為なのか、サラサラとした砂が敷き詰められている。


 俺達が住む地区は節電の為に照明を落とす時間帯が設けられているが、ここは二十四時間ずっと照明が点けっぱなしの状態なので、今でも政府が管理すべき重要な施設となっているようだ。


「着いたぞ。俺はここで見張っとくから、後は頼んだ」


 ソフィアのことはロイドに任せて、俺はフンッとそっぽを向く。警備隊に見つかると非常に厄介なことになる為、錆びたコンテナと鉄骨が積み上げられた場所に車を隠すように停めてからエンジンを切った。


 二人は静かに車から降り、コンテナの陰からビフレスト宇宙港の様子を遠巻きに見物し始める。


「あ、あれがビフレスト宇宙港の入口なの?」

 

 ソフィアは目の前に広がる殺伐とした光景に愕然としていた。自分の腕につけているデバイスとロイドから貸してもらった双眼鏡を何度も覗き込み、「そんな……私の調べた情報と随分違うじゃない……」とブツブツ呟いている。


 彼女が驚くのも無理はなかった。宇宙港の入口付近に辿り着くまでの間に、バリケードが何重にも張られ、有刺鉄線には高圧電流まで流されていたからだ。しかも、宇宙港の入口には警備室が設けられ、手に銃を所持したまま巡回まで行う徹底ぶり。これでは宇宙港というよりも、監獄と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出していたのである。


「いつからこんな状態になってるの?」

「僕が生まれる前からですよ。上層の人がいきなり下層に降りてきて、テロを引き起こそうとした人達を強制連行してから、ずっとこんな感じらしいです。詳しいことは僕にはわかりませんけど……」


 ロイドが運転席に座る俺を困ったように見つめてくる。どうやら、ソフィアと俺がギクシャクしているのを察しているらしく、どうすれば二人が仲良くしてくれるのか思考を巡らせているようだった。


 このままではロイドが不憫だったので、「俺も周りの大人達から聞いた話だけど……」と前置きし、話を引き継いだ。


 俺が生まれた頃くらいの話だ。突然、上層の警備隊が下層に降りてきて、「地球軍と結託し、テロ思想を持った者共を排除する!」といわれもない言い掛かりをつけてきたらしい。


 当然、下層に住む人間達は抗議した。地球と関わりなんて持っていないし、何より連絡手段がなかったからだ。


 だが、警備隊達は公務執行妨害だと難癖つけて、何百人という人間を上層へ連行していったという。家族や友人を失った悲しみに暮れた下層の人達は、武器を持ち寄ってクーデターを起こそうと計画した。


 しかし、一早く下層内部での不穏な動きを瞬時に察知したアスガルド政府が、ヴァルキリーによる暴動鎮圧を軍に命令。この時、軍が操縦する一機のヴァルキリーが暴走し、下層全域に向けて一斉掃射したせいで宇宙船の壁に穴が空いてしまった。大勢の罪のない人達が宇宙空間に生きたまま放り出されるという悲惨な記録が残されている。


 何故、俺がこの事件に詳しいのかというと、闇市で商いをやってるおばちゃん達が、俺の歳を聞いただけで当時のことを思い出すらしく、泣きながら辛かった記憶を一方的に語り始めるから、覚えたくなくても覚えてしまったのだ。


 話が少し脱線してしまったが、その事件以降、上層の人間達はビフレスト宇宙港の入口に仰々しいバリケードを設置し、下層の人間が宇宙港を利用できないように監視しているというわけである。


「ま、そういう理由で入れなくなってるんだ。つーかさ、その腕に付けてるデバイスは飾りかよ? マジで役に立たねーポンコツだよな。〝鉄屑の火葬場〟の出口の位置も事前に得た情報と違ってたし、あのまま彷徨ってたら鉄屑と一緒にまとめて宇宙船の外に放り出されてたかもしれないぜ? 今回の件だってそうだ。あの厳戒態勢を敷かれてる宇宙港に不用意に近付けば、銃殺されてたかもしれないんだ。もっと俺との出会いに感謝しろよな、上層のお嬢様」


 さっきの件で腹が立っているということもあり、俺が煽るように喋ると、ソフィアは無言のままギロリと睨んできた。「ちょっと、やめてよ! そんな事を言うだなんて、イグニス兄ちゃんらしくないし、どうしたのさ!?」とロイドが宥めてきたが、俺達は同時にそっぽを向いた。


「ソフィアさんはこれからどうするんですか? 宇宙港は警備隊がいて通れそうにないし、上層へ戻るんですか?」

「他に地球へ行く方法がないか、もう少し調べてみる。大変な思いをしてここまで来たのに、何も収穫がないのは嫌だから……」


 ソフィアは肩を落とし、すっかり元気をなくした様子だった。


 少し言い過ぎたかもしれないと思ったが、今は彼女の顔を見たくなかったので、俺は聞き耳だけたてておく。そんな俺の様子を見たロイドが、すかさずソフィアのフォローに入ってくれた。


「じゃあ、もう少しだけ僕達と一緒にいてくれないですか? 地球に行く方法を調べるにしても、寝る場所と食べ物は大事だし、マリウス先生も許してくれると思うんです。ソフィアさんが納得するまで一緒にいてくれたら、僕は嬉しいし……駄目ですか?」

「うん、そうさせてもらうわ。ありがとう、ロイド君」


 ソフィアは弱々しく頷き、側にいたロイドをギュッと抱きしめた。ロイドの顔面がソフィアの柔らかそうな胸に埋もれるのを見た俺はカッと目を見開き、無意識のうちに運転席から勢いよく立ち上がっていた。


(こ、これが噂に聞くパフパフ!? くぅぅ……羨ましいぞ、ロイド! ソフィアと喧嘩さえしていなければ、格好良く慰めて人生初めてのパフパフを堪能できたかもしれない! くっそー、俺の馬鹿野郎! あんな美人相手に憎まれ口を叩くんじゃなかった――)


 俺が羨ましそうに二人の事を眺めていると、喧嘩中のソフィアとバッチリ目が合った。口パクで俺に何かを伝えようとしていることに気が付き、俺は彼女の口の形を真似てみる。


「……あ? さ・い・て・い? はぁ、最低?」


 俺が素っ頓狂な声を発すると、ソフィアはフフンと笑った。


「貴方があまりにもいやらしい目つきで、ジロジロと見てくるものだから、変な想像をしてるんじゃないかと思ったの。もしかして、図星だったかしら?」

「ソ……ソフィアァァッ!! やっぱり、てめぇは可愛くねぇ女だな!!」


 俺が声を張り上げた瞬間、黄色い警告灯がグルグルと回り、ヴーヴーとけたたましい音が鳴り始めた。「敷地内に侵入者アリ! 見つけ次第、排除しろ!」という放送と警備隊達のバタバタと走る足音が、壁に反響して聞こえてきた。どうやら、俺が大声を発したせいで、何かしらのセキュリティに引っかかってしまったようだ。


「ちょっと、イグニス君! 貴方が大きな声を出すからセキュリティが作動しちゃったじゃない! この状況、どうしてくれるのよ!?」

「うっせぇな! 元を辿れば、ソフィアが俺達下層の人間を馬鹿にしたからだろ!?」

「馬鹿になんかしてないわよ! 何にも知らない方が幸せだって言っただけじゃない!」

「そんなこと言われてねーよ!」

「言ったわ!」

「言ってない!」


 俺達が怒鳴り合う状況を見て、ロイドのイライラはピークに達した。「いい加減にしてください!」と警戒音に負けないくらい声を張り上げ、ハァ……ハァ……と肩で息を切らしながら、俺とソフィアに向かって自分の思いをぶつけてきた。


「僕のいない間に何があったのか知りませんけど、間に挟まれる僕の身になってくださいよ! 僕から見れば、どっちもどっちです! ほら、早く仲直りしてください、今すぐに! 後腐れもなしですからね!」


 温厚なロイドをここまで怒らせ、負担をかけてしまったことに対し、俺は申し訳なさを感じてしまった。


 確かに俺も大人気なかったかもしれない。そう思った俺はすぐに車から降りた。同じく、気まずそうな表情をしているソフィアの前で、「気分を害すような態度をとって、悪かったよ」と素直に謝罪したのである。


 すると、彼女の方も色々と考えていたのだろう。「ううん、私の言い方がキツかったと思うわ。本当にごめんなさい」とすぐに頭を下げて謝ってきた。


 無事、仲直りができたところで、ロイドは俺とソフィアの手を取った。


「仲直りもできたことですし、さっさとここから逃げましょう! イグニス兄ちゃん、呆けてないで早く車を出して! 警備隊の人達がドローンの準備を始めてる!」


 ロイドが指し示す方向を見ると、確かに宇宙港の入口付近で、自動追尾型ドローンの準備を始めているのが肉眼でも確認できた。


 バリケードの扉がゆっくりと開くのを見て、「ロイド、ソフィア! 早く乗れ!」と声をかける。


 車に飛び乗った俺はエンジンキーを回し、二人が後部座席に乗り込んだ瞬間、アクセルを思いっきり踏み込んだ。地面が砂地になっているので、タイヤが高速で回った瞬間、砂埃が舞い上がる。


 警備隊には俺達がここにいたことがバレてしまうだろうが、幸いなことに砂埃が煙幕代わりとなり、逃げ切ることに成功したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る