第6話 落ちてきた女の子④

 〝鉄屑の火葬場〟の出入口には数十メートルの巨大な隔壁が設けられ、深夜0時になると自動でロックがかかるようになっている。半月に一度、焼却処理過程でまとめられた鉄屑達は、宇宙船の外に放り出される仕組みになっているので、焼却スケジュールを頭に入れておかないと、取り返しのつかないことになってしまうのだ。


「ふぅ……とりあえず、出て来れたな」


 急いで歩いてきたので、汗ばんで肌に張り付いた衣服を摘んで風を服の中に送った。出口周辺には地球から運ばれて来たと思しき土嚢袋が積み重なっており、収穫物を床に広げている大人達で溢れかえっていた。


 俺は通信機で現在の時刻を確認すると、待ち合わせ時間を少し過ぎた頃だった。俺は辺りを見渡して、ロイドを探す。大人達が戦利品を床に並べていたので非常に歩きづらかったが、積み重なった土嚢の陰に身を潜めているロイドを発見し、俺はソフィアの手を掴んで駆け出した。


「ロイド! 悪い、待たせたな!」

「イグニス兄ちゃん! 良かった、何かあったかと……」


 こちら気が付いたロイドが俺の隣にいたソフィアを見て、警戒しながらもおずおずと近寄ってきた。


「その人は誰? その服装、下層の人じゃないよね?」

「あぁ、紹介するよ。彼女の名前はソフィア。上層に住んでるらしいんだけど、訳あって下層に落ちてきちゃってさ。悪い大人に襲われそうになってた所を俺が助けたんだ」


 俺は隣にいたソフィアを紹介すると、ロイドは大きな目をキラキラと輝かせ始めた。


「初めまして、ロイドっていいます! イグニス兄ちゃんとは同じ孤児院出身で、血は繋がってないんですけど兄弟です! よ、よろしくお願いします!」


 緊張の面持ちで頭を下げると、ソフィアは微笑みながらロイドに握手を求めた。


「私はソフィアよ。よろしくね、ロイド君」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 ロイドが手に嵌めていた手袋を慌てて取り、ソフィアと握手を交わした。俺のエロ本を見ても興味を示さなかったロイドが、珍しく女性に見惚れているようだったので、ソフィアに聞こえるようにワザと耳元で呟く。


「聞いてくれよ、ロイド。ソフィアの得意料理はゆで卵なんだってよ。そんなの誰でもできるよなぁ?」


 それを聞いたロイドは、「えっ、そうなの?」と驚いている。


 すかさず俺の顔面に向かって、ソフィアのグーパンチが飛んできたので華麗に躱わし、ニシシッと笑って揶揄ってやった。


「ちょっと、余計なことを言わないでよ!」

「えー、事実じゃん。それに料理以外にもネタはあるんだし――おぶっ!?」


 突然、腹部に鈍い痛みが走った。痛みの元凶を辿って俺は視線を落とすと、銀の髪が左回りに渦巻いているのが見えた。どうやら、ロイドが俺をソフィアから引き剥がす為に突進してきたようだった。


「女の子を揶揄ったりしたら、後が怖いから駄目って、先生がいつも言ってるじゃない! それに短所も長所っていうでしょ? ゆで卵しか料理できなくても、ソフィアさんは困らないはずだよ! 上層にはイグニス兄ちゃんみたいに美味しい料理を作れる人がたくさんいるから、ソフィアさんが作る必要ないんだよ!」


 それを聞いた途端、ソフィアが恥ずかしそうに視線を逸らしていたので、「あ、あれ? 違うの?」と、まさかの反応にロイドは俺達の顔を交互に見始めた。


「やっぱり、お前もそう思うよな? 上層の人間は俺達みたいに料理はせずに、レーションっていう物を飲んで生活してるらしいぜ」

「れーしょん? 何それ?」

「レーションは簡単にいうとだな――」


 俺がレーションという食べ物を簡単に説明すると、ロイドは「え……」と小さく声を漏らした。


「そんな燃料みたいな食べ物で生きてるの? 上層の人達ってロボットみたいな食生活してるんだね。えー、なんか想像してたのとイメージが違うなぁ。僕、上層に行きたくなくなってきちゃったなぁ……」

「ちょおおーーいっ! そんなことを言うのはまだ早いぞ、ロイド! なんと、こちらのソフィアさんはヴァルキリーのパイロットを養成する学校に通ってるんだ!」


 俺が慌てて上層にある学校のことを話すと、ロイドはすぐに興味を示してくれた。


「ヴァルキリーのパイロットを養成する学校!? 上層にはそんな学校があるんですか!?」

「えぇ、あるわ。私はその学校のパイロット科に所属してるの」

「す……凄いです、ソフィアさん! ちなみに、その学校ってパイロット科以外にも何か学べないんですか!?」

「パイロット科の他にはメカニック科、プログラミング科、オペレーター科があるわ」

「メカニック科!? それって、ヴァルキリーの整備を専門にやるんですか!?」

「そうよ。メカニック科は他にも――」


 歳のわりには落ち着いているロイドが積極的に質問しているのを見て、俺はとても嬉しくなった。ロイドは頭脳明晰で思慮深い性格なのだが、基本的には周りの意見に同調するタイプだ。だから、廃棄されたヴァルキリーを見つけた時、無理に合わせてくれてたのかと思っていたのだが、どうやら俺の思い違いだったようだ。


(ロイドは壊れたホバーライドや外骨格エクソスーツなんかを、自分で修理しちゃうくらいの頭脳を持ってるんだもんな。そりゃあ、メカニック科に興味が湧いてくるよな)


 ロイドは俺がいない時でも秘密基地に保管されている壊れたヴァルキリーによじ登って、フレームの構造や装甲が何からできているのかを独自に勉強していた。しかし、やはり独学では限界があるらしく、ヴァルキリーを起動できないことには、動作確認ができないとぼやいていた時期があったのだ。


(確かに俺も動作確認を兼ねて、ヴァルキリーを起動させてみたい。けど、肝心の〝オーブ〟がなきゃ、何にもできないんだもんなぁ……)


 俺は考え込むように低く唸った。ヴァルキリーを動かすには、動力源となる〝オーブ〟が必要になる。結局、それがないと何も始まらないのだ。


「イグニス兄ちゃん、ちょっといい!?」


 ロイドがソフィアと話すのを止めて俺の手を取った。彼女から少し距離を取り、「耳を貸して!」と言われたので、俺は中腰になって話を聞く。


「ソフィアさんに壊れたヴァルキリーを見せちゃ駄目かな? ソフィアさんはパイロットだから、自分で整備する時もあるって聞いたんだ。〝鉄屑の火葬場〟で強度のある鉄屑を見つけては、ジャックおじさんの所で加工して、ちょこちょこ直してたんだけど、僕ではどうしてもわからないことがあって……。お願い、イグニス兄ちゃん! ソフィアさんを僕達の秘密基地に招待させて下さい!」


 両手を合わせて深々と頭を下げたロイドを見て、俺は口角を上げる。「いいぜ、上層のお嬢様を我らの秘密基地にご招待しよう!」と返事をすると、ロイドは嬉しそうに飛び上がった。


「やった! ありがとう、イグニス兄ちゃん!」

「俺もヴァルキリーのことで聞きたいことがあったからな。でも、ソフィアが良いって言ってくれたらの話だからな?」

「うん! それじゃあ、二人で頼みに行こう!」


 ロイドと俺は顔を見合わせて頷き合った後、ソフィアの元へ向かった。「ソフィア。君に頼みがあるんだけど……」と話を切り出すと、彼女はきょとんとした顔に変わる。


「私に頼みたいこと? 何かしら?」

「見せたい物があるから、俺達の秘密基地に来て欲しいんだ」

「ごめんなさい。私、こう見えて急いでるの」


 ロイドも一緒に頼み込んでいる手前、ソフィアは申し訳なさそうに断りを入れ、俺達の横を通り過ぎようとした。しかし、彼女が通り過ぎる直前、「ヴァルキリー」という単語を発すると、ソフィアは驚いて歩みを止める。


「君に俺達のヴァルキリーを見てもらいたいんだ」

「……冗談でしょ? そもそもヴァルキリーが下層にあるわけないわ。あれは全て上層で作られて、型式番号で厳重に管理されてるはずだし。それにヴァルキリーは下層に落とすような廃棄の仕方はしない。だから、君の言ってるのはヴァルキリーではないと断言できるわ」


 ソフィアが俺達を振り切るように踵を返したので、俺は彼女の手首を強めに掴んだ。彼女の緊張を解すかのように、俺はニッと微笑みかける。


「いいや、あれはヴァルキリーだ。本で見た物と形状は違うけど、俺の直感がそう告げてる。さっき俺達がいた〝鉄屑の火葬場〟でヴァルキリーを見つけて、今は秘密基地に保管してあるんだ。頼む、一緒に来てくれないか?」


 俺の真っ直ぐな言葉にソフィアは少し考えた後で、「もし……もし、仮によ?」と渋々話を切り出した。


「それがヴァルキリーだった場合、それを使って貴方達はどうするつもりなの? まさか、本当にヴァルキリーに乗ってみたいからっていう理由だけじゃないわよね? 他にも何か理由があるんじゃないの? 例えば……ヴァルキリーを兵器として使うとか」


 ソフィアが俺とロイドに鋭い眼差しを向けてくる。ロイドはこのピリッとした空気に気圧されてしまったのか、すぐに俺の背後に隠れてしまった。


「戦争をしかけるわけじゃねぇんだから、そんなピリピリすんなよ。俺達は上層に行きたいだけだ」

「上層に? どうして、上層に行きたいの?」


 ソフィアの質問に俺はニッと笑ってみせた。


「俺は上層に行って人生を変えたいんだ。あのヴァルキリーを操縦して、ロイドと一緒に今の暮らしよりも良い物にしてみせるつもりだ。だけど、今日はもう遅いし、孤児院に戻ろう。どうせ、寝る所もないんだろ?」

「ちょっと、勝手に話を進めないで! 下層に案内するってどういうこと!? 私の話を聞いてなかったの!? 私は今すぐビフレスト宇宙港に行きたいのよ!」


 大きな声を更に張り上げたソフィアの声は広範囲に響き渡り、周りにいた大人達が何の騒ぎだと怪訝な顔でこちらを見てきた。俺は自分の口元に指を当てて、シーッ! と落ち着くように促す。


「ここであんまり目立つと色々とマズイから、もう少し声のボリュームを落としてくれ! ソフィアがいうビフレスト宇宙港のことだけどさ、いくら上層に住んでるって言っても入れてくれねーと思うぜ?」

「どうしてよ? ここは地球と繋がりがあるって確認は取れてるのに――キャッ!」

「とにかく、今は帰るぞ! 目をつけられると、色々と面倒だからな!」


 俺とロイドはソフィアの背中をぐいぐいと押した。ソフィアは気付いていないだろうが、大人達が彼女を見る目付きが変わっていたのだ。


(アイツらソフィアの容姿や服装を見て、利用価値があると思いやがったな! これは早いとこ闇市に行って、ケンタウロスおじさん達に紹介しねーと!)


 いつまでもここに長居したら、周りの大人達に何をされるかわからなかったので、俺達は急いでこの場を後にした。

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