第5話 落ちてきた女の子③

 俺はソフィアと手を繋いだまま、イーストエリアの出口に向かっていた。時々、後ろにいる彼女の顔色を伺ってみると、少しだけムッとしたような顔付きになっている。何故か耳も少し赤くなっている気がしたが、俺達は無言のまま歩き続けていた。


(うーむ、これはさっき言った俺の発言が気に障ってるとみた。けど、間違ったことは言ってないし、どうしたものか……)

 

 気まずい空気の中、俺はポリポリと困ったように頬を掻く。俺としては上層について詳しく知れる絶好のチャンスだと思っていたので、ソフィアに話しかけたくてウズウズしていたのだ。


「あのさ、ソフィア! 今、話しかけてもいいか?」

「えっ!? い……いいわよ、何?」


 急に話しかけられて驚いたのか、ソフィアの顔は一瞬で真っ赤に染まる。俺はただ単に驚いてそうなっただけだと思ったので、そのことについては深く突っ込まず、子供のようにキラキラとした目で話しかける。


「ソフィアの着てる服って、学校の制服なのか!?」


 俺はソフィアが着ている白の制服が気になっていた。さっきの四人組が上層で一番有名な専門学校の制服だと言っていたことが、ずっと頭に引っかかっていたのだ。


「えぇ、上層にある専門学校の制服よ」

「ソフィアは何を専門に学んでるんだ?」

「ヴァルキリーのパイロットになる為の勉強してるの」


 ソフィアの表情が少し曇ったように見えたが、「ヴァルキリー!? すっげぇ、女の子でもヴァルキリーに乗れるのか!?」と俺が興奮気味にその話題に食いついた。すると、彼女は目を丸くして数回瞬きさせた後、クスッと小さく笑う。


「女の子でパイロットを目指す人は少ないんだけどね。イグニス君はヴァルキリーを見たことがあるの?」

「お、俺は本でしか見たことがないんだけどな! けど、ヴァルキリーの背中には光の翼が生えてるんだろ!? いつか絶対に乗ってみたいなーって思ってるんだ!」


 この〝鉄屑の火葬場〟で廃棄されたヴァルキリーを見つけたことは、ソフィアに言わなかった。これは俺とロイドの二人だけの秘密だし、もし彼女に言うならロイドに相談してから話さなきゃいけないと思ったからだ。


 ソフィアはパイロットとしてヴァルキリーに乗った時のことを思い出しているのか、懐かしむように目を細めていた。


「そうね。ヴァルキリーは人型軍用兵器として分類されてるんだけど、指も人間のように五本あるし、宇宙空間も自由自在に素早く飛べるから、船外の清掃活動やボランティアにも幅広く使われたりするの。背中に発現する光の翼だって、オーブによって色や形状が違うから、どの子を見てても飽きないわ」

「へぇー、そうなのか! ソフィアはヴァルキリーには、もう何回も乗ってるのか?」


 俺の質問にソフィアは強く頷いた。


「もちろんよ。私はパイロット科に所属してるから、授業の一環でヴァルキリーに乗って、船の外へ出たこともあるわ」

「えっ、マジか! いいなぁー、俺は下層から一歩も出たことがないから、めちゃくちゃ羨ましい! それでそれで!? 初めての宇宙はどんな感じだった!?」


 ぐいぐいと質問してくる俺を見て、ソフィアは頬を赤らめながら、「か、顔が近いわ」と距離を取ろうとしていた。


「ヴァルキリーに乗れば、どこにでも自由に飛べるけど、操縦に慣れるまでが大変だったわ。この宇宙船や居住区のコロニーには重力安定装置が作動してるから、こうして地面に足を着けて生活ができるけど、宇宙に出たら無重力状態だから生身での移動も一苦労よ」

「へー、宇宙では不便なことが多いんだな。じゃあ、宇宙では食べ物とかどうしてるんだ? 材料や道具がないと調理できないし、保存も長期間できないってなると、もしもの時があった場合に困るんじゃないか?」


 俺の質問にソフィアは初めて首を傾げた。


「レーションがコックピットに備え付けてあるわよ。他にも固形の携帯食料があるし、食べ物に関しては特に問題ないわ。というか今、調理って言ったわね。もしかして、下層ではレーションが主食じゃないの?」


 返事に困った俺は苦笑いしつつ、「えっと……。レーションっていう食べ物をここで見たことがないんだけど……」と言うと、ソフィアの目が大きく見開かれた。


「嘘でしょ? じゃあ、貴方達は何を食べて生きてるの?」

「野菜を育てて、料理してる」


 俺が手で食材を切る真似をすると、ソフィアが「えぇっ!?」と声をあげた。


「あ、あり得ないわ! このご時世に食材を使って、人の手で料理を!? 機械が処理するんじゃなく!? そんなの時間の効率も食物の摂取効率も悪いじゃない! あぁ……なんだか何世紀も過去に戻ったような気分ね……」

「俺達を勝手に古代人扱いするんじゃねーよ! 下層に住む人間は大切に育ててきた貴重な食材を使って、家族に温かい料理を振る舞ってきたんだ。つーか、上層の人間って料理しないんだな。逆に俺からすると、そっちの方が変な感じがするぜ」


 俺が奇異の眼差しでソフィアを見つめると、彼女の形の整った眉がピクリと動くのが見えた。俺に馬鹿にされたと思ったのか、ムッとした表情に変わっている。


「レディを舐め回すように見るなんて失礼な人ね! こう見えて私は中等部でトップクラスの成績を誇ってるの! 貴方のいう料理の一つや二つくらいできるわよ!」

「じゃあ、何が作れるんだよ?」

「聞いて驚きなさい! ゆで卵が作れるわ!」

「ゆ、ゆで卵? おいおい、それ冗談で言ってるんだよな?」


 冗談で言ってるのかと俺は思ったが、ソフィアは腕を組んで仁王立ちしていた。あまりにも堂々としているので、俺はそもそも料理とはなんだったかを考える羽目になってしまう。


 俺の中での料理の定義とは、食材を切って、煮るなり焼くなりして、調味料で味付けをし、皿に盛り付ける――それが基本的な料理の流れだと考えていた。その為、ゆで卵を作れるだけで、ドヤ顔をするソフィアがおかしくて、いつの間にか笑いが止まらなくなってしまった。


「ぷっ! くく、あっはははははっ!」

「な、何がおかしいのよ!?」

「ゆで卵なんて湯を沸かして、卵を茹でてるだけじゃねぇか! そんなの五歳の子供でもできるって!」

「ゆ、ゆで卵も火加減によって半熟になったり、殻が割れて白身が固まったりして難しいじゃない! そういうイグニスは料理できるの!?」

「できるよ。少なくともソフィアよりはね」


 今度は俺がドヤ顔で言うと、ソフィアは小さく唸りながら悔しそうに拳を握り締めていた。「そ、そこまで言うんだったら――」と彼女が口を開いた所で、キュウゥゥ……と腹の虫が鳴る。音の元は俺の腹ではなく、彼女の腹から。音もそこそこ大きかったので、「なんだ、腹減ってるのか?」と声をかける。


「う、うるさいわね。摂取カロリー分はちゃんと食べてるわよ……」


 ソフィアはブツブツと文句を言いながら俺から視線を逸らし、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「レーションっていうやつしか食べてないのか? 俺の想像でしかないけど、その食べ物は満腹にはならなさそうだよな」

「う……そうね、満腹になったことはないわ。味も甘い水って感じで、飽き飽きしてるし。生きる為に仕方なく飲んでるって感じね」

「じゃあ、俺はそのレーションってやつはいらねーや。俺は美味い料理が食えりゃ充分だからな」


 俺はソフィアの手を引きながら時間を確認する。ロイドとの待ち合わせ時間まで残り十分程度。このままの歩速であれば、待ち合わせ時間に少し遅れて到着することになりそうだった。


「ソフィア、もう少し歩くペースを上げるぞ。出口で弟と待ち合わせしてるんだ」

「弟がいるの?」

「あぁ、血の繋がってない弟だけどな。ソフィアは兄弟はいるのか?」

「えぇ、いるわ。がね」

「年下の姉? それってどういう……」


 もう一度聞こうとすると、ソフィアが俺より一歩前へ出た。


「ここを真っ直ぐで良いのよね? ほら、早く行きましょう」

「あ……おい、待てよ!」


 あまり触れられたくない内容だったのか、ソフィアは俺の手を離し、一人で出口へと向かって歩いていった。事情はよくわからないが、彼女の後ろ姿がやけに寂しそうに見えたのが、とても気にかかった。

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