第4話 落ちてきた女の子②

「げっ……なんかヤバそうな奴等に囲まれてんじゃん」


 落下地点の近くまで来た俺は物陰に隠れて様子を伺っていた。〝貴族の尻穴〟から落ちてきたのは、ローズブロンドの長い髪を頭の高い位置に結い上げた女の子だった。膝上まである長さの靴下を履いて、下着が見えるんじゃないかという短さのスカートを着用し、白い服の上から更に上着のような物を着崩して重ね着している。その風変わりな服を着た女の子の周りを、いやらしい目つきをした四人の男達が見下ろしていた。


「あの四人組、どこかで見たことがあるような気がするんだよなぁ。どこで会ったっけか……」


 いけ好かない四人組をどこかで見かけた気がしたので、俺は過去の記憶を手繰り寄せていく。しばらくして、闇市で商いをやっているケンタウロスおじさんにのお店に遊びに行った時、四人の男が一人の人間に対して、ゆすりをかけていた場面を思い出したのだった。


『いいかい、イグニス。あれは悪い大人の見本だ。周りの痛い視線や空気も感じられない恥ずかしい大人なんだよ。いくら下層が無法地帯だと言われてるからって、何やっても許されると思っているような大人にだけはなっちゃいけないよ』と、教えてもらったことを思い出したのである。


(そうだ、あの時の四人組だ! ケンタウロスおじさんにこてんぱんにやられて、闇市から出禁になったんだ。あれだけボコボコにされたのに、やってることは今も昔も変わっちゃいないんだな)


 あの四人組が密かに違法薬物の販売等も行なっていると噂された悪い人間だということも、ついでに思い出した俺は眉根を寄せる。こんな時、ロイドと一緒だったらワッツおじさんに助けを呼びに行って貰えるのに――そう思った俺は、この状況をどう打開すれば良いのか考え始めた。


(クソッ、ここで音声通信をするわけにもいかねぇ! でも、このまま俺が何もしなかったら、アイツら絶対にあの女の子に手ぇだすじゃん! でも、奴等の腰には銃がぶら下がってるし、今はここで様子を見るしかないか……)


 結局、今は出るべきではないと判断し、息を潜めて様子を伺うことにした。暫くして、リーダーと思しき大男が女の子の側で蹲み込み、スカートの端を指先で摘み上げているのが見えてしまう。


「見ろよ、この髪の手入れ具合! 毛先までサラサラだぜぇ!? それに身に付けてるのは上層で一番有名といわれてる専門学校の制服だ! ククク……この女、家が相当な金持ちらしいぞ。今の時間帯、この辺りは無法者の連中ばかりだし、アジトに連れ帰る前に俺達で味見をしてみないか?」


 大男のクズな提案に周りにいた部下達が歓喜に湧く。ガチャガチャとベルトを外し始める音とジッパーが下がる音が俺の所まで聞こえてきて、ゾッとした俺は一旦身を隠した。


 早鐘を打つ心臓を少し落ち着かせてから、再度様子を伺うと、大男が履いていたボロボロのデニムが膝下まで下ろされ、派手な色をした下着が露わになっていた。


「あのゲス野郎、気絶してる女の子に何しやがるんだ!」


 一連の流れを見ていた俺は、顔が真っ赤になるくらいの怒りが湧き上がってきた。俺はいつ何が起こっても反撃できるよう、外骨格エクソスーツのダイヤルを調節し始める。身に付けている外骨格エクソスーツがみるみるうちに熱を帯びて、肌が焼けるかと思うくらいに熱くなってきたが、そんなこと今はどうでも良かった。


「ここの足場が悪くなきゃ、あんな人数すぐにでも殴り飛ばせるのに……あっ!?」


 ゴソゴソと身体の体勢を変えた拍子に、さっき拾ったばかりの鉄の玉がリュックサックの中で動いて、ガチンッ! と派手にぶつかる音がした。


 その異音を聞き取った四人組の一人が、「おい。今、何か聞こえなかったか?」と仲間に尋ねているのが聞こえてくる。その一瞬の出来事に俺は頭が真っ白になってしまった。


(やべぇ……これはやべぇぞ! このままだと、真っ先にこっちに向かってくるかもしれねぇ! そうなったら、反撃する前に殺されちまうかも!)


 焦った俺は口元を手で覆って気配をできる限り殺していた。しかし、残念なことに大男は部下に対して、「誰かが覗き見してるかもしれねぇな。お前、周りを見て来い」と指示を出してきたので、俺の心臓はバクバクと煩くなってしまう。


(あ〜〜、ちくしょう! あの大男、見かけによらず慎重なタイプか! くっ……なんとかこの状況を打破できる策はねぇのか!?)


 俺の手元には、複数の丸い鉄球と今日の夜中に一人でこっそり見ようと思っていたエロ本が一冊。後は今、身につけている外骨格エクソスーツしか持ち合わせていなかった。

 

 一方で、あの四人組は銃を所持している。考えなしに飛び出しても脳天に銃弾をくらえば、速攻で死ぬ可能性があるのだ。


(どうする……どうする……!?)


 どうしたら良いのか必死に考えてるうちに、こちらに迫ってくる足音が近くなってくる。「ったく、うちの頭は見かけによらず神経質だよなぁ……」と、一人の男がブツブツと文句を言いながら、こちらに近寄ってくるのが聞こえてきた。


 ジャリジャリと鉄線を踏みしめる音が近くなるにつれ、心臓が口から飛び出しそうだったが、俺は最後の最後まで考えることを止めなかった。


(こうなったら、一かバチかやるしかない!)


 足元にあった鉄線を握れるだけ握り締めた。針が指に刺さるようなチクリとした痛みが走ったが、今は血が出てこようと関係ない。女の子と自分の命がかかっているのだ。こんな痛み、死ぬのに比べたら遥かにマシだ。


(まだだ……まだ、我慢しろ……)


 俺はギリギリまでタイミングを見計らい、男ができるだけ近くに寄ってくるまで待った。そして、男の靴先が見えた瞬間、手に持っていた鉄線を顔面に向かって投げ付けたのである。


「ギャアッ!」


 男の口からつんざくような悲鳴があがった。

相手が目元を押さえて怯んだ隙に、顔面を思いっきりぶん殴ると、自分よりも背の高い男が軽々と吹き飛んでいった。しかも吹き飛んだ先が非常に良く、女の子の側にいた仲間の二人が受け止めるようにして一緒に倒れ込む。それを見た俺は思わずガッツポーズをとった。


「へへっ、一石二鳥ってやつか? いや、一人で三人仕留めてるから一石三鳥だな! さぁ、残るはお前だけだぞ!」


 俺は素直に喜びを露わにしたが、大男はこちらを振り返りながら、既に下着を下ろした状態で固まってた。毛の生えた汚い尻を晒し、気絶している女の子の下着に手がかけられそうになっている。


 それを見た俺は、「てめぇ!!」と怒りを爆発させた。下半身を丸出しにした大男に向かって駆け出し、拳をこれでもかというくらいに強く握り締め、殴りかかる。しかし、大男は額から大量の汗を流しながらも、したり顔になっていた。


「クククッ、一歩遅かったなぁ! この女は、既に俺の所有物――あっ!? な……な、なんだこれ!? グガガガガガガッ!!」


 突然、大男が悲鳴をあげ、仰向けに気絶している女の子に覆い被さるように倒れ込んでしまった。ビクンビクンと身体全体が痙攣し、白目を剥いて気絶しているのを目の当たりにした俺は呆然と立ち尽くす。


「え、えっ? 何が起こったんだ?」


 突然の出来事に何が起こったのか分からず、少し離れた所から様子を伺う。暫くして焦げ臭い匂いが漂ってきたので、俺の外骨格エクソスーツから煙が上がっているのかと思ったが、どうやら違うようだった。


「えーっと……俺、本当に何もしてないんだけど。大丈夫かよ、おっさん?」


 何度か声をかけても反応はなかった為、死んでしまったのかと思ったが、胸が僅かに上下していたので、俺はホッと胸を撫で下ろす。どんな悪党でも、人は殺したくないのだ。


「ったく、びっくりさせんなよな! でも、なんでいきなり気絶したんだ? 痙攣してたし、持ってた電子機器類が壊れたのか?」

「私が気絶させたからよ」


 聞いたことのない女の子の声がしたので、俺は反射的に口を噤んでしまった。声の元は当然、男の下敷きになっている女の子だろう。


「あ……だ、大丈夫ですか……?」


 俺は女の子助けようと手を伸ばした――が、すぐに手を引っ込めてしまった。先程の大男のように訳もわからず気絶させられたらと思うと、不安な気持ちの方が僅かに優ってしまったのだ。


(ロイドとの待ち合わせまで後三十分。もし、このおっさんみたいに気絶しちまったら、ここの鉄屑と一緒に焼却されて、まとめて宇宙船の外に放り出されちまう。そうなるのは御免なんだけど、このままにもしておけないし。どうするかなぁ……)


 俺が警戒していると女の子の方が空気を察したのか、優しい口調で話しかけてきてくれた。


「あぁ、そんなに怖がらないで。貴方がこの悪党から私を助けてくれたのは知ってるわ。でも、このままの状態だと苦しいから、早く退けてほしいんだけど……手伝ってくれないかしら?」

「わ、わかった! 今すぐ退けるよ!」


 俺は女の子に言われるがまま、大男の両肩を掴んで移動させていた。下敷きになっていた女の子が身を捩り、膝を着いてゆっくりと立ち上がる。服に付いた鉄粉を手で払った後、スカートのポケットからハンカチを取り出し、丁寧に手を拭いてから俺に握手を求めてきた。


「ありがとう。貴方のお陰で助かったわ」


 彼女が顔を上げた瞬間、俺は心臓がバックンバックンと強く脈打ち始めた。彼女の大きな浅紅色の目に俺の姿が映った途端、目が離せなくなってしまったのだ。


(めちゃくちゃ綺麗な目……それに睫毛もフサフサじゃん! 長袖から覗いて見える細い手首なんて、俺が握ったら折れちまいそうだ! 鼻筋も通ってて、小さな唇はプルンとしてるし、胸なんかこう……めちゃくちゃ柔らかそう! くぅぅ〜〜、こんな可愛らしい女の子と握手できるなんて、願ってもない状況なんだけど……今の俺は身体中真っ黒に汚れてるし、こんな汚い手で握手を交わして良いものなのか!?)


 ついさっき、ロイドに顔も手も真っ黒になっていると言われたことを思い出し、俺は握手をするべきか悩んでいた。すると、いつまで経っても握手を交わさない俺を見て、彼女は不思議そうに首を傾げ始める。


「どうしたの? もしかして、下層の人達って握手はしないのかしら?」

「あ、いや! そうではなくてですね! えっと、その……」


 俺がしどろもどろになりながら一歩後ろへ下がると、彼女は何かを悟ったかのように、「あぁ、この男が気絶した理由が気になるのね?」と口にする。そして、何を思ったのか自分のスカートの裾を指で摘み、下着が見えるように俺に見せびらかしてきた。


「うわぁぁぁぁ!? い、いきなり何するんですか!?」


 何故かこっちが恥ずかしくなって顔を背けたが、彼女は「顔を背けなくても大丈夫よ」と自信満々な様子で声をかけてきた。


(初めて女の子の下着を見るのが、〝鉄屑の火葬場〟でなんて思っても見なかった! けど、これは人生最大のチャンスだ! 女の子の方から下着を見せてくれるなんて普通ない! こうなったら、ラッキーだと思って見るんだ!)


 顔を真っ赤にさせながら、彼女の下着にぎこちなく視線を向けるが、俺が期待していた光景とは少し違っていた。


 薄ピンク色の小さなリボンが付いたボーダー柄のパンツの上に、黄色いネオンカラーの大きな南京錠のマークと『ROCK』という大きな文字が浮かび上がっていたので、これはどういう意味かと、頭の上に疑問符がいくつも浮かんでしまったのだった。


「…………なんだこれ? ロック?」


 想像とは全く違った光景に、俺は下着の上に浮かび上がった鍵穴と文字を凝視していると、彼女はよくぞ聞いてくれました! と胸を張り、得意気な顔に変わった。


「これは私が開発した暴漢撃退プログラムなの! 『電撃ビリビリビリー!』っていう名前を付けててね? 私の下着に少しでも触ると、どんな生き物でも気絶させられるような電流が流れる仕組みになってるの! 他にもいろんな機能があって――」


 聞いてもいないのに、目の前の女の子は機嫌良さそうにペラペラと語り始めた。自作したというプログラムについて楽しそうに話してくれているが、何故か俺はモヤモヤした気持ちでいっぱいになっていた。


(なんか……俺の思ってたのと違う。普通の女の子は自分からパンツを見せびらかさないだろうし、何より俺が興奮しない。むしろ自分の気持ちが萎えていってるような気がする。生のパンツが見れて嬉しいはずなのに、なんでだ?)


 いつも俺がエロ本を見て興奮するシチュエーションは、女性が脱ぐのを恥じらっている姿だったからかもしれない。目の前の女の子が全てを語り終える頃には、俺は死んだ魚の目のようになっていた。初めて見た女の子の下着を見て、涙を流すくらい歓喜するかと思いきや、理想と現実のギャップがありすぎて、今の俺には到底受け入れられなかったのだ。


「ちょっと、君! 私の話を聞いてるの!?」

「あー、うん。聞いてる聞いてる」

「嘘よ! その言い方は絶対に聞いてなかったわね!?」


 適当に話を流そうとしたのが癇に障ったらしく、彼女はふてくされてしまった。俺はどう言い訳すれば良いのか思い付かなかった為、自分の胸中を馬鹿正直にポツリポツリと話し始める。


「いや、だってさ……自分からパンツを見せてくる女の子に会ったのは初めてで、なんか面食らっちゃってさ。そういうプログラムを作る前に、年頃の女の子がそういうことしちゃ駄目だと思うんだよね。ハッキリ言って萎えるし、なんか下品」

「なっ……!!」


 まさか、俺みたいな下層の人間にそんなことを言われると思っていなかったのか、女の子は言い返すこともできずに耳まで真っ赤に染まっていた。スカートの裾をパッと離し、今更ながら恥ずかしそうにそっぽを向く。彼女の横顔を見ると少し涙目になっているような気がしたが、俺は気にせず話を続けた。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったよな。俺の名前はイグニス。孤児だから苗字はない。君の名前は? 良かったら聞かせてよ」

「……ソフィアよ」


 仏頂面になったままだったが、名前はちゃんと教えてくれた。


「ソフィアか。けど、なんで上から落ちてきたんだ? もし、何かの手違いで落ちてきたんだったら、上層へ繋がる高速エレベーターの近くまで案内するけど、どうする?」


 上層と下層を繋ぐ高速エレベーターは確かに存在する。しかし、高速エレベーターは基本的に警備隊が管理している為、特別な許可がない限り、下層に住まう人間の使用は許されていないのだ。


 だが、彼女は上層に住まう人間だ。何が身分証のような物を提示すれば、エレベーターに乗せてもらえるかもしれない――そう考えたが、ソフィアは俺の問いかけに首を左右に振り、「いいえ」と返事をする。自分の目的を思い出したのか、さっきに比べると落ち着いた様子で話し始めた。

 

「上には戻らないわ」

「なんでだよ? 上層は下層に比べて良い暮らしをしてるって聞くぜ? もしかして、遅めの反抗期ってやつか?」


 俺が少し揶揄うように言うと、ソフィアはまた静かに首を振った。


「そんな子供じみた理由な訳ないでしょ。私は地球へ行きたいの。下層から地球に行く為の船があるって聞いて、ここに抜けてくるルートを辿って来たのよ」


 ソフィアの発言が俺の中で引っかかった。それは上層で暮らしていれば、生涯幸せに暮らしていけると聞いたことがあったからかもしれない。それなのに、身なりの良い年頃の女の子が地球へ行きたいだなんて、何があったのだろうか?


(どうして地球に? それに俺達、天上人は地球人とは仲が悪いはずだし、一人で地球に行って何をするつもりなんだ?)


 これ以上深入りするなと心臓がまた早鐘を打ち始める。けれど、上層に住んでいる女の子の話を聞いてみたいという好奇心の方が僅かに優っていた。


「どうして、地球に行きたいんだ?」

「あなたには関係ないわ。私はここを出て、一人でビフレスト宇宙港に行きます。助けてくれてありがとう、それじゃ」


 ソフィアは俺を置いて一人で歩き出そうとしたが、「ちょっと、待てよ!」と慌てて引き留めた。「まだ何か用があるの?」と鬱陶しそうな顔で振り返ってきたが、俺は反対の方向に向かって指をさす。


「そっちは出口じゃない。出口はあっちだ」

「えぇっ? 私の調べてきたデータでは、北の方角にあるって……」


 ソフィアが腕につけていたデバイスに触れると、ここの設計図と思しき写真と可愛らしい文字が拡大された状態で浮かび上がってきた。


 念の為、俺も表示された情報を目視で確認してみると、写真が過去の物であると瞬時に判断がついた。


「これは過去のデータだ。ここは上から排出された鉄屑の量によって、出口の位置が毎回変わるんだ。今週はイーストエリア。それに今日は日付が変わると、ここにある物は全て焼却されちまうから、一緒にここから出るぞ」

「ちょ、ちょっと! 待ってよ、イグニス君!」

 

 俺は手に付けていた外骨格エクソスーツの電源を切り、自分の手が汚れていることも構わず、ソフィアの細い手を取って歩き出した。

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