第3話 落ちてきた女の子①

「ロイドの奴、もうあんな所にいるのか。あんなスピードを出したまま、人とぶつからなかったら良いけど」


 ロイドを見送った俺は〝鉄屑の火葬場〟を見渡して、一息吐く。足元には何に使われていたのかよく分からない大きなネジに先の尖ったガラス片、携帯食料と思しき銀のビニールの切込み口によくわからない虫達が群がっているのが見えた。更にその数メートル下には、俺が立っている鉄屑の山を汗水垂らして登って来ている大人達で溢れかえっていた。


「えーっと、こういうのを『ジゴクエズ』って言うんだっけ? それとも『クモノイト』? 昔、先生に他の宇宙船で流行ってる宗教のことを教えてもらったけど、なんていうのか忘れちったな。まぁ、いいや。せいぜい頑張って登って来てくれたまえ。俺にはやらなきゃいけない事があるんだ」


 俺は必死に登って来ている人間に目もくれず、背負っていた迷彩柄のリュックサックを下ろした。リュックサックの中から手袋とライトの付いたヘルメットを取り出して装着し、更に軍用の外骨格エクソスーツを取り出す。この外骨格エクソスーツもここで手に入れた物で、ロイドが修理をしてくれた物だ。


「さぁて、今日も隠されたお宝ちゃんを探すとしますか!」


 外骨格エクソスーツを肩から腕へ取り付けた俺は、リュックサックを背負い直し、足元にあった大きな部品をゆっくりと慎重に引き抜いた。


「あー、これはカスだな。いらね」


 俺は引き抜いた部品をいろんな角度から眺めた後、背後に放り投げた。カンッ! という金属音の後に、「ギャアッ! イグニス、てめぇ!」という怒鳴り声が下の方から聞こえてきたが、俺は無視をして作業を続ける。


「ハッ……こ、これは!?」


 次に出てきたのは見覚えのある厚さの雑誌だった。俺は力を入れすぎて破れないように気を付けながら、雑誌を手に取ってみる。表紙には際どい水着を着た女の子がウィンクをして、大きな胸を強調させるポーズをとっていた。その女の子の胸の谷間には、皮を剥いたバナナが挟まっており、『パクッと、食べちゃうぞ♡』というキャッチコピーが載せられている。


「…………ふむ」


 俺はパラパラとページを捲り、パタンと本を閉じる。背負っていたリュックサックを下ろし、ロイドにバレないように雑誌を仕舞い込んだ。


「さぁて、気を取り直して続きだ」


 何事もなかったように何十分もかけて数メートルくらい掘り進めた頃、ヘルメットに付いていたライトが、何かと反射したので、不審に思った俺は作業を止める。今までは鏡の破片に光が反射する事はあっても、鈍い光を発する事はなかったからだ。


「なんだあれ? フンッ……うぐぐ、おりゃあっ!」


 ガラクタの隙間に手を突っ込み、目的の物を掴んで引き抜いたが、勢い余って後頭部を真後ろの壁にぶつけてしまった。


「あたた、振動が頭にくるな――ブフッ!?」


 突然、頭に大きな鉄屑が落ちてきた。幸いにもヘルメットを被っていたので、大きな怪我はなかったから良かったものの、ぐわんと視界が揺れて暫くの間、立ち上がることができない。


「いってぇぇ〜〜っ、今のはマジでビビったわ! 今の鉄屑が頭に当たってたら、即死だったかもしれねぇ! ヘルメットをしてて本当に良かった――って、すげぇっ! こんなピカピカの鉄の塊、初めて見た!」


 手に持っていた直径十五センチ程の丸い鉄の塊を見た瞬間、俺は痛みを忘れて目を輝かせていた。表面はボコボコに凹んでいたが、やすりで磨かれたように鈍い輝きを放ち、素人目だが地球由来の良質な素材のようにも見える。他にも同じような物がないか隙間を覗いてみると、奥にも同じような丸い金属の玉があったので、手に取れるだけ取って、リュックサックに詰め込んでいった。


「今日の俺、めちゃくちゃ運が良いじゃ〜ん! あっ……でも、どうやって出たらいいんだ? こんな重いのを背負ったまま、鉄屑の壁をよじ登るなんて、流石の俺でも無理があるよな」


 俺は少し遠くなったツギハギのプレートを見つめながら低く唸る。これだけの量をどうやって持って上がろうか暫く悩んだ末に、俺はとても良いアイデアを思い付いた。


「そうだ! 上まで登らずともグーパンチで横穴を開けたらいいんじゃん! 俺、マジで天才! 外骨格エクソスーツを着用してるんだし、出力調整して人一人通れるくらいの穴を開けるなら崩れ落ちないっしょ! そうと決まったら、人の声がしない箇所を狙って……うん、ここら辺か」


 俺は目を閉じて耳を澄ませ始めた。そして、人の息遣いがなるべく聞こえない方角に狙いを定め、外骨格エクソスーツの出力をダイヤルで調節する。肩から拳まで伸びる金属の部分が人肌くらいにまで温まってきたのを見計らい、拳を握って鉄屑の壁に向かって腕を前へ突き出した。


「オラァッ!」


 軽く小突く程度に力を入れたつもりだった。しかし、目の前で起こった現象を見て、俺は目を丸くしてしまう。ネジやボルト、よく分からない大型の部品が積み重なってできた壁が、けたたましい音を立てて吹き飛んだのだ。


 俺が吹き飛ばした鉄屑達が隕石のように降り注ぎ、次々と地面に突き刺さっていくのが見える。目の前から障害物が綺麗になくなった瞬間、滝汗がドバドバと流れ落ちてきた。


 俺は正拳突きの格好をとったまま、「やべ……やりすぎた……」と小声で独り言を呟いた。寒さなんて感じないのに手の先まで冷たくなっていく。予想外な出来事に俺は多少なりともテンパってしまっているようだ。


「いやー、すげぇ威力だったな。ダイヤルをちょっと捻っただけでこんな力を引き出すなんて、流石は俺の弟分。上層に行ったら、二人でメンテナンス屋でもやろうかな。ハハ、ハハハ……」


 冷や汗を垂らしながら大きな被害が出ていないか、こっそり覗き込んでみる。すると、不運な事にジャックおじさんの所で働いている、作業員のワッツおじさんと目が合ってしまった。


「うっわ……よりによって、ワッツおじさんじゃん!」


 マズイと思った俺はすぐに頭を引っ込めたが、ワッツおじさんは見逃してはくれなかった。


「おいコラ、イグニスゥッ! テメェの仕業だな!? 怪我人が出たらどうしてくれるんだ、あっ!? この悪ガキ、ただじゃおかねぇ……明日、お前ん所の先生にチクッてやるから覚悟しとけよ!」

「ごめん、ワッツおじさん! 先生にチクるのだけは勘弁して! その代わり、明日の晩飯は豪華にするから先生には秘密にしてほしい! 頼むよ、この通りだ!」


 額を汚い鉄屑でできた地面に擦り付けて必死に頼み込むと、ワッツおじさんは暫く考えた末に、「フンッ、良いぜ! 料理の内容次第では黙っといてやるよ!」と快い返事が返ってきた。


「ありがとう! 明日、作って持ってくから!」


 そう言って俺は鉄屑の山をひょいっと飛び降りた後、ノースエリアに向かって全力で走っていった。


「ひ〜、危なかった! 〝鉄屑の火葬場〟に来てるって事が先生にバレちまったら、処刑どころかアイアンメイデンに閉じ込められちまう! それだけはなんとしても避けないと……」


 俺は走りながらリュックサックを背負い直し、過去にあったお仕置きの数々を思い出していく。一番古い記憶は、自分が悪戯をしたのに友達のせいにしてしまったのがバレて、一時間くらい物置に閉じ込められたことだ。その次に、一緒に遊んでいた女の子に芋虫を見せて泣かせてしまい、先生に思いっきり拳骨をくらってしまったこと。一番やらかした事件は、闇市で商いをしている人の尻を、子供なりの正義感で蹴飛ばしてしまい、孤児院が蜂の巣にされかけてしまったことだ。


 これには先生もお手上げ状態で、俺のことを叱る気にもなれなかったのだろう。必死に謝る俺を脇に抱えて、「さぁ、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」と、闇市の大人達に献上されてしまったことを思い出したのである。


「うぇぇ……あれだけはマジで生きた心地がしなかったわ。けど、あの事件からいろんな大人達と面識を持てたわけだし、結果オーライだよな! 今回も怪我人は出てなさそうだし、俺がワッツさんの大好物を作ったら、全部問題なしだろ!」


 ワッツおじさんは丼と呼ばれている『じゃぱにーず料理』が大好物だ。俺は孤児院に置いてあった地球の料理本を思い出してみる。丼の種類はたくさんあって、米とメインを乗っければ食べられるお手軽料理だが、どれを作ろうか非常に迷っていた。


「ワッツおじさんは鶏肉が好きだけど、闇市で売ってる肉は高いんだよなぁ……けど、ちゃんと謝んないといけないし。よし、明日ミドガルズの闇市に行ってみるか! 値段は交渉して決めてもらおうかな!」


 必要な材料と具体的なメニューは闇市に行ってから考えようと決め、俺はノースエリアへ足を踏み入れた。さっきいたエリアは鉄屑と携帯食料などが落ちていたが、この辺りは鉄線とアルミ箔等で溢れかえっていた。


 ここら辺に落ちている鉄線は、素材自体が柔らかいので非常に走りにくく、目に見えていない隙間もある為か、すぐに膝下辺りまで埋もれてしまう。


 俺は徐々に走るスピードを落とし、呼吸を整える為にも一度立ち止まった。何気なく天井のプレートへ視線を向けてみると、〝貴族の尻穴〟から何かが落ちてくるのが見えたのだ。


「なんだあれ? この時間帯は〝貴族の尻穴〟から何も落ちて来ないはずなのに。もしかして……人か?」


 いつも落ちてくる屑鉄にしては大きさもあるし、人らしい形をしているような気がした俺は、目をよく凝らしてジッと観察する。すると、落ちてきた物体が受け身を取るかのように、体を丸めている動作を確認することができたので、俺は「あっ」と声をあげた。


「やっぱり人間じゃねぇか! あんな高さから落ちてきたら、怪我しちまうぞ! とにかく、急いで行ってみよう!」


 俺は急いで、落下地点へ向かって駆け出して行った。

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