契約書ガチャを引きにいこう

ちびまるフォイ

契約の操り人形たち

「ちぇ、またハズレか……」


ガチャポンを回し続けてもう数時間。


「動画を真に受けちゃダメだな……。

 なにがガチャポン転売で大儲けだよ。

 こんなの運が良くなきゃダメじゃん」


足元に転がる空っぽのカプセル。

手元に残るのはしょうもないカプセルグッズばかり。


転売どころか駅前で無料で配っても受け取ってもらえるかどうか。


高い勉強代だったと諦めて帰ろうとしたとき、

人目につかない一角にひときわ古いガチャ機が置かれていた。


「これは……?」


塗装も紙も剥がれてなんのガチャかわからない。

興味本位で硬貨を入れてハンドルを回した。


やたらでかいカプセルが出てきて、中には丸められた紙が入っている。


「なにこれ……? 契約書?」


内容はよく見てないが、まだ未合意の契約書だった。


「最近はこういう変なガチャもあるんだな……」


その他のカプセルグッズを持ち帰って、その日は寝た。


翌日。


テレビをつけるとニュースはどこも同じ内容を伝えていた。


「消費税……80%が決定!?」


画面上では荒れに荒れている市民の様子が映し出されていた。


「すごいことするな……よく反対されなかったもんだ。ん?」


足元には昨日手に入れたカプセルグッズが転がっている。

その中に昨日の契約書もまじっていた。


契約書の表に書かれている文字が目に飛び込んでくる。


『法案同意書

 消費税80%にすることを同意する』



「……え?」


契約書を拾い上げる。

紙を運ぶときに合意に親指がくっついて合意済みになっている。


テレビではこの契約書でもって消費税80%が導入されたことを報道していた。


「まさか……こ、この契約書が……!?」


そんなバカげたことがあるのかと、昨日のガチャ売り場へ猛ダッシュ。

もう一度お金を入れてハンドルを回す。


カプセルで出てきたのは、また別の契約書。



『労働契約書

 私はこの会社で働くことを同意します』



「……ぜんぜん知らない人だけど、いいか」


同意済みに親指をくっつける。契約書は同意済みとなった。

その後ネットで契約書の会社を調べて現地に向かう。


「あの、今日入社した〇〇さんっていますか?」


「ああ、〇〇さんね。あの人ですよ」


示された新入社員〇〇さんは不愉快そうな顔で働いていた。

なにかブツブツ言っている。


「なんで私が……。本当は別のところで働くつもりだったのに……」


その独り言が自分の中の予想を「確信」へと変えた。


「やっぱりこの契約書……本物なんだ!!」


あのガチャからは同意前の契約書がランダムに出てくる。

同意するかどうかは手に入れた人に委ねられるんだ。


「ふふふ。いいこと思いついちゃった……!」


契約書なんて本来はトップシークレット。

その同意タイミングを知ることができたなら、株で大儲けできるかも。


それだけじゃない。


どこに大型施設が立つかどうか把握できたなら、

そこの土地を買って大儲けもできちゃうかも。


「あのガチャは金のなる木じゃないか! こうしちゃいられねぇ!!」


ふたたびガチャ売り場に戻った。

なけなしの全財産を100円玉に変えてガチャを回しまくる。


「くそ! これも、これも、これもハズレだ!!」


そうそう土地の契約書だとかアタリは来ない。

出てくるのはせいぜいが個人のサブスク契約だとかのハズレばかり。


わずかな所持金もついに底をついた最後の1枚。


「頼む……一発逆転の契約書を俺に……!!」


ハンドルを回す。

出てきた契約書はなぜか英語で書かれていた。


「なんの契約書だろうこれ?」


翻訳アプリを使いながら必死に読み進める。



「……こ、これ戦争の契約書じゃないか!!」



自分の国がこれから戦争に加勢しますよ、という契約書だった。


今まで手に入れた契約書よりもはるかに規模がデカイ。

けれど、使い道はまったく思いつかない。


「どうしようこれ。株で大儲けってこともできないし、

 土地なんか買ったら同意と同時に焼け野原で大損だ」


うっかり同意なんかしたら自分も徴兵されて戦地へ送り込まれるかも。

そんなのは絶対に避けたい。


「こんな契約書、同意したって迷惑なだけだ。

 ……いや、待てよ?」


自分を始め、この契約書に同意してほしい人はいない。



ーーということは、この同意書は「脅し」として使えるんじゃないか?



逆転の発想は自分を悪魔たらしめるものだった。

それでも今より良い生活ができるなら、悪魔に身を捧げるのに躊躇はない。


いくつかの契約書をもって街の金持ちへと押しかけた。


金持ちの前で自分の持つ「契約書」の効果を見せつける。


「……ね? これでわかったでしょう。

 俺が持っている契約書は本物です。

 ここに同意すれば、本当に契約が成立するんです」


「だ、だからなんだって言うんだ! 強盗なら警察を呼ぶぞ!!」


「ええどうぞ。逮捕できるならね。

 俺はただあなたの目の前で契約書を同意しているだけの人ですよ」


「意味がわからんぞ!!」


「ふふ。それじゃこれを見てください。これは戦争の契約書です」


「はああ!?」


「これに同意したらどうなるかわかりますか?」


「まさか……」


「この豪邸もめちゃくちゃでしょうね。

 あなたの資産も戦争のために差し押さえられるかも。

 いや、そもそも戦争であなたが生きてる保証はないですよね」


「正気か貴様!?」


「あーーっと、うっかり親指が同意済みのところに~~」


「や、やめろおおおお!! 同意するんじゃない!!!」


戦争の契約書を見せつけてから、金持ちの顔は一気に老けたように見える。


「なにが……何が目的だ……」


「小さな幸せですよ。あなたの資産の半分を俺にゆずってください」


「バカな!?」


「戦争になってすべて失うよりは良心的でしょう?」


「クソ……! この守銭奴めっ」


「持っている人が、持っていない人にお金を渡す慈善活動でも思ってください」


「……わかった。ただし、強盗対策に大きな金をポンとすぐ出せるわけじゃない。時間をもらいたい」


「いいでしょう。でも、その間にしらばっくれるのはゴメンです。

 ここにちゃんと契約書を用意したのでちゃんと同意してください」


「なんてやつだ……。強盗のほうがまだいい」


「同意ありがとうございます。誰だって戦争なんかしたくないですから」


「二度と来るんじゃねえ!!」


豪邸から自分の家に戻ると笑いが止まらなかった。


「あははは! こんな簡単にいくなんて思わなかった!

 戦争の契約書、効果ばつぐんじゃないか!」


契約書どおりであれば、明日になれば自分は大金持ち。

一生遊んで暮らせるお金を苦労せずゲットできる。


「明日からどうしようかな。豪華クルーズで世界旅行。

 いやいや、世界の美女をはべらせてバカンス。

 自分の豪邸を建てちゃおうっかなぁ~~♪」


明日から始める浪費生活の妄想が止まらない。

止めてくれたのは玄関のインターホンの音だった。


「宅配便でーーす」


「あ、はーーい」


玄関を開けると、明らかに宅配業者じゃない人が立っていた。

ガラの悪いシャツとサングラスをかけている。


やばいと思ってドアを閉めようとしたがすでに遅かった。


二人組のヤクザはドアをこじ開け部屋に押し入ってきた。


「あばばば……だ、誰ですか!?」


「兄ちゃん、逃げようたってそうはいかん。

 わしら借りたものを返してほしいってお願いしにきたんやから」


「借りたもの!?」


「ほら、この通り、兄ちゃんの名前、書かれとるやろ?」


ヤクザが自分の鼻先に突きつけたのは1枚の契約書。



『連帯保証人同意書。


 私は、〇〇さんの連帯保証人として

 〇〇さんが逃げたとき借金の肩代わりすることに同意します』



「な、なんだよこれ!? こんなの記憶にーー……」


言いかけた言葉でハッと気付かされた。


「まさか、俺以外の人があのガチャをやったのか……!?」


「なにわけわかんないこと言うとんねん。

 払えるのか、払えないのか? どっちや?」


「払えます!! 明日になれば払えますから!!」


「兄ちゃん、その言葉、ワシらがなんべん聞いたか知っとるか?

 もし今日払えんってことならーー」


「明日になれば振り込まれるんです!

 なんなら2倍……いや、3倍払いますよ!!」


「ほう。で、今日、払えるんか?」


ヤクザの二人はぐいと顔をこちらに近づけた。

震える声で答えるしかなかった。



「きょ、今日は……払えません……」





翌日、金持ちから自分の口座に桁数がわからないほどのお金が振り込まれた。


もちろん、暗い海の底に沈んでしまっては、それを知ることもない。

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