第35話 ダインとリーナのゴブリン退治③

「うっそ! いつの間に!?」


「くそっ……、ゴブリン召喚体で周囲の警戒をしておくべきだった」


「あらま、囲まれちゃったね。まぁ、死なない程度に頑張ってよ」


そう言って、リーゼロッテが近くの岩を踏み台にして高々と跳躍した。

その跳躍はゴブリンを達を軽く飛び越え、そしてリーゼロッテは少し先の廃屋の屋根にふわりと着地した。


「ちょっと! 一人で逃げる気!?」


「言っただろう? あんたらがゴブリンに殺されかけても、私は笑って見ててやるって……」


「この人でなし!」


「リーナ、早く構えて! もうあの人のことはどうでもいいから!」


「言われなくてもわかってるわよっ!」


そう叫び、リーナが両手に風の魔術を発動した。

渦巻く風が周囲の草むらを撫でまわし、その奥にさらなるゴブリンの姿が見え隠れする。


「かなりの数がいる。いつの間に……」


「ここ最近、あのギルドにゃゴブリン討伐の依頼を受けるような奴がいなかったからな。そこそこまで増えてるとは思ってたけど……、これは思った以上だわ」


「あんた、私達のことをハメたわけっ!?」


「あたしがハメた? 何言ってんの? お前達は自分達でその依頼を選んで、自分達で手続きしたんだろ? あたしはたまたまその後をついてきたってだけだ」


「くっ!」


リーナが唇を噛んだ。


これは本物の命のやり取りだ。

ギルドの魔獣討伐依頼は、生半可な気持ちで受けるようなものじゃない。

もっと慎重になるようにと、リーナはダインにも、ミリシアにも散々言われていたのだ。


「私って、本当にいつも間違えてばっかりね……」


そう言って、リーナが盛大にため息をついた。


「間違いって……、この依頼を受けたこと?」


「他になにがあるのよ……。ダイン、巻き込んじゃってごめんなさいね」


いつになく落ち込んでいるリーナの姿に、ダインは驚いてぱちぱちと瞬きをした。


「巻き込まれたなんて思ってないよ。結局のところ、僕も僕の意志でこの依頼を受けたわけだし……。それに、こんなの全部倒せばいいだけでしょ? いつもみたいに元気出しなよ」


こともなげにそう言って見せたダインの顔が、いつものように笑っていた。


「あ……」


……好き。


思わず、口から思いが溢れ出そうになって、リーナは慌ててそれを飲み込んだ。


「で、リーナ。何体くらいならいけそう? まさか五体とか言わないよね?」


「どうだろ。ダインのゴブリンと同じなら……、たぶん百体くらい?」


「あはは。あれでいて僕は結構手加減してるから……、本物とやる時はもうちょっと気を引き締めてよね。それじゃあ、十体くらいはよろしく」


「うん。とりあえずはやってみるわ。危なくなったら助けてね」


「了解」


「それで、残りはどうするわけ? これ、普通に五十体くらいはいるわよ?」


「問題ない。……俺がやる」


ダインの言葉が終わるか否かのタイミングで、ゴブリン達の後方が少し騒がしくなりはじめた。

ダインたちを包囲しているゴブリン達に向けて、さらに外側から次々と石のつぶてが撃ち込まれているのだ。


同時にダインが周囲の空中に複数の召喚陣を展開しゴブリンの召喚を開始した。


「な、なにが起きてるの?」


「探索に出してたゴブリン召喚体をここまで呼び戻した。これでこっちも挟撃ってわけ。不意打ちで混乱させれば、新しいゴブリン召喚体を増やす時間も稼げるしね」


「つまりは私にとってもチャンスってわけね!」


ゴブリン達は背後からの攻撃と空中の召喚陣に気を取られている。

そこに隙を見出して、リーナが前へと飛び出した。


拳に風の魔術を纏わせて、そのまま先頭のゴブリンへと思い切り叩きつける。


「ギィィッ!」


風に煽られた木の葉のように、グルングルンと回転し、一体目のゴブリンがバラバラになりながら草むらの中へと吹き飛んでいった。


「よしっ! まずは一体目!」


リーナが叫び、周囲のゴブリン達の目が一斉にリーナの方を向いた。


「リーナ気をつけて! 狙われてるよ!」


リーナのに飛び掛かろうと身構えたゴブリン達に、ダインのゴブリン召喚体達が次々と飛びかかっていった。


「うりゃぁっ!!」


振り下ろされた棍棒を素手と魔術で弾き返し、リーナが二匹目のゴブリンを殴りつけて粉砕した。


だが、それと同時に伸びてきたゴブリンの手が、リーナの足を掴んだ。


腕を掴む。

脇腹を掴む。

髪を掴む。


ゴブリンの爪が食い込み、リーナの衣服を、身体を切り裂こうとしている。


「あっ……」


「リーナ!」


あきらかに、ダインのゴブリンとは違う。

その無遠慮な触り方に対し、リーナは本能的な嫌悪を感じた。


「さ、触らないでよっ!?」


そう叫び、両腕の魔術を火に変えたリーナが炎で自分にまとわりつくゴブリンを焼いた。

瞬く間に三体が丸焦げになり、残りのリーナにまとわりついていたゴブリン達も離れていった。


そこに、ダインのゴブリン召喚体が横から喰らいついて喰いちぎった。


「リーナ! 大丈夫!?」


「大丈夫よ! まだ、五体しか倒してないけど……」


「とりあえずお疲れ。あとは僕がやるよ」


「俺じゃないの?」


「あ……、うん。あとは俺がやる」


ダインの召喚陣からは、第三陣のゴブリン召喚体が、這い出し切っていた。


そして、次々とリーナの周りのゴブリンへと襲いかかっていった。

その場は完全に乱戦になり、そこへ石礫の投擲を行っていたゴブリン召喚体達も突進して行った。


空中の召喚陣からは、さらなるゴブリン召喚体が這いずり出そうとしている。


これは、ダインの勝ちパターンだ。

数で圧倒する状況に持ち込めば、もはや勝敗は見えたようなものだった。


「凄いわね……、これ全部ダインが動かしてるのよね」


「うん。まぁね。ある程度、動きをパターン化して負荷を押さえてるけどね。とりあえず目の前に敵っぽいのが見えたら手を伸ばして引っ掻くって感じ」


やがて、ダインのゴブリン召喚体の数が、野生のゴブリンのそれを上回っていった。

ダインはゴブリン召喚体の軍勢を巧みに操作して、野生のゴブリン達の退路を立ちながら殲滅していく。


そして、一部ではすでにユニークポイントの左耳を食いちぎり始めていた。


もはや完全に勝敗は決した。


ダインもリーナもそう思っていたその時……


「ぎゃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!」


という一際大きな鳴き声がして、草むらの中からのっそりと巨大な身体が現れた。


「っ!?」


どことなく見覚えのあるその魔物は、シルフィアの絶鬼を二回りくらいずんぐりとさせたような姿をしていた。


「これ……」


「うん、ゴブリンじゃない。たぶん……オーガだ」


オーガが絶叫し、手にした角材を無茶苦茶に振り回し始めた。

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