第34話 ダインとリーナのゴブリン退治②

「最初に言ったとおり、私は手出ししねぇからな」


「はい、わかってます。……じゃない、わかった」


「目上に対する口の利き方がなってねぇな」


「集中しますので、ちょっと黙っててもらえます?」


そう言って、ダインは周囲の足元に召喚陣を展開した。


【Dランク:旧南部市街エリア地下道のゴブリン退治(ノルマ20体以上)】


これが、今回ダインとリーナが受けた依頼だ。

Sランク冒険者であるリーゼロッテの力を借りれば一瞬で終わるかもしれないが、それでは意味がない。


「地下道にゴブリン召喚体を送って索敵をする。見つけたら外に誘き出すから……とどめはリーナがお願いね」


「わかったわ!」


そう答え、リーナは拳にカイザーナックルを取り付けた。


「ゴブリンのユニークポイントは左耳だから、左耳の原型が残らないような倒し方はしないでね」


「うん、色々試してみる!」


「心配だなぁ」


こうして、ダインとリーナの初めてのゴブリン退治が始まった。



→→→→→



「どう? 見つけた?」


石の上に腰掛けて、リーナが足をぶらぶらさせながら退屈そうな声を上げた。


ダインが十体ほどの召喚体を地下道に送り込んでから、そろそろ三十分が過ぎようとしている。

その間、野生のゴブリンの痕跡らしきものは見つかるものの、肝心のゴブリン達が全く見つけられていなかった。


「いないね。この辺りはまだまだ王都に近いから、他の冒険者も度々来てるんだろうね」


ゴブリン達は、なにも冒険者に討伐されるためにこの地に生きているわけではない。

彼らは彼らなりに、自分達が生きるためにこの地に住み着いて暮らしている。


ラーハイル王国の王都モルストイの喉元。

そこは、魔物にとってはいささか住みづらすぎる環境であることは間違いなかったが……


「ん、いた。……五体」


「どこ!? ここから遠い?」


「直線距離で一キロくらいかな」


「結構あるわね」


リーナが不満そうにそう漏らした。


「へぇ、召喚術ってそんな距離まで届くんだ」


そこで横から会話に入ってきたのは、リーゼロッテだ。


「距離が離れると、タイムラグが伸びて操作性が落ちますけどね」


ダインの召喚体側の視界の一つには、地下道のちょっとした広間にたむろしているゴブリンの群れが見えていた。


その距離を考えると、そこから本体ダイン達の位置までゴブリンを誘き寄せるのはなかなか骨が折れそうだ。


もしダインの召喚体が姿を見せれば、ゴブリン達はどんな反応するだろうか?

追いかけてくるようならば、そのまま誘い出せる。

だが、逃げられればさらに奥に行かれてしまう。


三十分以上も索敵を続け、やっと見つけた最初の五体だ。

ここは、なんとしてでも討伐しておきたい。


リーナには悪いが、ダインはその場で奇襲をかけて片をつけるべきだと判断した。


だが、まだ早い。

こちらの召喚体は一体きりだ。

それでは、相手が逃走しはじめた場合には間違いなく三体は逃してしまう。


ならばと、ダインは付近にいる召喚体をその現場へと向かわせ始めた。

送り出したゴブリン召喚体達の位置関係は、なんとなくだが把握できている。

おそらくはもう一、二体もいればなんとかなるだろう。


召喚体の牙を喉元に突き立てれば、相手がゴブリンならば簡単に殺せる。


一体、二体と召喚体が集まってきたところで、ダインはついに行動を開始することにした。



「っ!」


三体のゴブリン召喚体がほとんど同時に、広間にへと飛び出した。


「……ギ?」


一番初めに反応した先頭のゴブリンに向けて、二体のゴブリン召喚体で同時に襲いかかる。


緑色の肌をした野生のゴブリンと違い、ダインのゴブリン召喚体は黒に近い肌をしている。

光の下で見れば明らかに違うのだが、薄暗い地下道では見分けはつかなかったのかもしれない。


不思議そうな顔をしていた野生のゴブリンが、次々と喉元を喰いちぎられて亡骸なきがらなっていった。


瞬く間に三体を討伐したところで、最後の二体が棍棒のようなもので応戦してきた。

だが、たとえ真正面からやり合ったとしても野生のゴブリンなどはダインのゴブリン召喚体の敵ではなかった。


振り下ろされた棍棒を身を捻ってかわし、ダインはゴブリン召喚体の爪でゴブリンを引き裂いた。

そうして残り二体もまた、すぐに亡骸となった。


……ナイフを持たせておけばよかった。


五体のゴブリンの亡骸を前にして、ダインはそんな後悔をしていた。


魔物の討伐の証として、冒険者は『ユニークポイント』と呼ばれる、その魔物ごとの特定の部位を持ち帰る。

今回のゴブリンであれば『左耳』がそのユニークポイントに当たるのだが……

刃物がないと、どうにも切り離すのが面倒だった。


仕方なく、ダインはゴブリン召喚体の爪を立てながら、野生のゴブリンの左耳を引きちぎっていった。


「ねぇ、ダイン。さっき見つけたゴブリンはどうなったの? あとどのくらいでここまで誘き出せそう?」


「あ、ごめん。もう全部倒しちゃった」


「えーっ!」


リーナが残念そうな声を出し、リーゼロッテが大声で笑い出した。


「へぇ、それが召喚術ってわけね。少し前の一瞬、確かにお前の身体から本気の殺気を感じた。威圧のための伊達じゃない……、魔物のように単純な、ただ『殺す』っていう感情がこもったマジな殺気だ。あの瞬間に、召喚体でゴブリン共を殺してたんだろ?」


「そんなことがわかるんですか?」


「まぁね。半分は勘みたいなもんだけどな」


「『勘』というのは、言葉にできない情報から総合的に判断した『経験則に基づく予測』ですよ」


それは、ダインが以前父から聞いていた話だった。


おそらくは、リーゼロッテはダインの呼吸の乱れやごく僅かに召喚体と連動した身体の動きなどを見て、そこから、ダインが召喚体を操る先で戦闘を行っている事を見抜いたのだろう。

それだけでも、このリーゼロッテという女剣士がただの飲んだくれではないということがわかるというものだ。


「ふぅん。勘は経験則からくる予測の一種、ね。それじゃあ例えば、今私達の周りを取り囲んでる殺気をまとった奴らの存在も……、私が何か言葉にできない情報から読み取った予測だってことかね?」


「っ!」


「え?」


ダインとリーナが周囲を見回すと同時に、瓦礫の間から緑色のゴブリンが次々と飛び出してきた。


その数は、ゆうに三十体を超えていた。

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