第32話 昇進


ダインとリーナが冒険者としての活動を始めてから、一月ほどが経過した。


「おめでとうございます。これでお二人は、晴れてDランクの冒険者です」


ミリシアの笑顔がダインに向けられて、つられてダインが笑みを返した。

そしてそれを見たリーナがあからさまにムッとした表情を浮かべていた。


「Fランクから一ヶ月でDランクにまで上がれるんなら……、もう一ヶ月後にはBランク、そのまた一ヶ月後にはSランクね!」


「ここから先はそんな簡単にはいかないと思うよ。たぶんだけど、ここまでの依頼は僕らが冒険者としての最低限の信頼を得るためのもので、腕前を見られるのはむしろここからだよ」


今しがた完了報告を行った薬草採取の依頼で、二人のランクはついにDランクにまで上がった。

これで、二人はゴブリンなどの魔獣討伐のクエストを受注できるようになる。


「ダインさんのいう通りです。リーナさんは特に気をつけてくださいね。ダインさんには余計なお世話かもしれませんが……、冒険者の死亡率が最も高いのが、このDランクになりたての頃ですから」


ダインもリーナも、その辺りのことを学院で習い知識としては知っていた。


コツコツと雑用クエストをこなし続け、やっとの思いでDランクに上がることで『冒険者の花形』とも言える魔物の討伐クエストを受注できるようになる。


はやる気持ちを抑えきれずに、実力以上のクエストを受注してしまうだけならまだまだ良い方だ。

その後、引き際を見誤った時こそが、本当の終わりの時だった。


そして、大部分の新人はこの『引き際』を理解していない。


ダインは、今のこの高揚感が自身の判断を鈍らせる危険なものであることを、なんとなくだが理解していた。


「『腕のいい冒険者』というのは、『キチンと生き残れる冒険者』のことですからね」


そんなミリシアの言葉に、ダインは大きく頷いた。


「リーナ。ここから先は、色々と気を引き締めないとだね」


「うん。……よし! 早速明日はゴブリン退治よ!」


そう言って、リーナが高々と拳を突き上げた。


「ちょ、あんた私の話聞いてた!? そういう浅はかな思考回路の新米冒険者からさっさとくたばるって言ってんの!? あんたがどっかで一人で死ぬのは勝手だけどねぇ、ダインさんを巻き込まないでくれる!?」


「はぁっ? なんであんたにそんなこと指図されなくちゃならないわけ? ダインがどうとか知ったようなこと言ってるけどさ、ダインと私は……、ええと……、その……」


「……」


言い淀みながら、リーナがチラリとダインの方を見た。


「言ってやってよダイン!?」


「ええっ!? なんで僕? ……リーナとは、ええと……友人? ……いや、幼馴染? ……いやいや、師匠の妹!?」


リーナの目線が徐々にキツくなり、答えを求めるようにダインが何度も何度も言い直した。


「婚約者だった!」


「うんうん!」


「えっ!?」


「けど、すぐに破棄された」


「あ……、そうだった」


「……ほっ」


結局、ミリシアはこの二人がどんな関係なのかは分からずじまいだった。


そして、当のダインとリーナにも……

改めて言葉にしようとすると、よくわからなくなってしまっていた。


一時は半ば強制的に婚約させられたとは言え、それはリーナから破棄していた。

それにそもそも、シルフィアとギースの婚約が無効なら、ダインとリーナの婚約も無効なのだ。


そうなると、『かつての婚約者フィアンセ』という話も成り立たなくなる。


そうして冷静に考えてみると、現在のリーナとダインには『友人』という以上の関係性はどこにもないのだった。



→→→→→



翌日。

ゴブリン討伐の依頼書を手に取って眺め回しているリーナを、ダインが必死に説得していた。


「もう少し慎重にならない? Dランクに上がって、魔獣領域での採取クエストも受けれるようになったから、まずはそういうので場所に慣れようよ」


「嫌よ! 素材収集とか、いつもダインが一人でさっさと終わらせちゃって、私なんかほとんどやることないじゃない」


「じゃあ、今度はもっと任せるから!」


「嫌よ! めんどくさい!」


「どっちなのっ!?」


「とにかく。私は早く本物・・のゴブリンを見てみたいの。本物のゴブリンを相手にして、私の力がちゃんと通用するのかどうかを試してみたいの」


王都の貴族街で生まれ育ったリーナは、実は本物のゴブリンを見たことがなかった。


ゴブリンは、王都以外の街や村にいれば、自然と何度かは目にする機会があるほどありふれた魔物だ。

それを『見たことがない』というリーナの発言は、完全に『貴族』丸出しの発言だった。


ちなみにダインは、剣の修行の一環として父にゴブリン退治をさせられたことがあった。

そのため、貴族の出といえども現物のゴブリンを見知っていた。


当時は自分の剣で生き物を貫き殺す感覚に、なかなか慣れなかったのを覚えている。


「ゴブリン退治、ねぇ。Dランクになりたての新人はすぐにゴブリンを退治したがるけど……、ゴブリン舐めてると普通に死ぬよ」


そう言って、ダインとリーナの後ろから声をかけてきたのは、Sランク冒険者のリーゼロッテだ。


元々はどこかの騎士団に所属していたというリーゼロッテだが、規律重視の生真面目な世界に嫌気がさして今は冒険者をしているという。


「あ……」


リーゼロッテを見たリーナが、あからさまに嫌そうな顔をしてダインの後ろに隠れた。

リーナは一ヶ月前にリーゼロッテの殺気に当てられて以来、完全に苦手意識が芽生えているようだった。


逆にダインは、ミリシアからリーゼロッテが元々は騎士団の所属だったと聞いて、彼女に興味が湧いていた。


「リーゼロッテさん。また昼間から飲んでるんですか?」


「まぁね。気楽な冒険者稼業ならではのお楽しみってやつよ。私はいつ死んでもいいように、毎日最高にイカした夢を見るために酔い潰れるまで飲んだくれてるのさ」


「ちょっと、よくわかりませんね」


「ガキンチョにはわからないだろうね。……ところで、本当にゴブリン退治に行くのか? なんなら、金貨2枚で私がついて行ってやろうか?」


「何よそれ。私達を手伝いたいなら、はっきりとそう言えばいいじゃない?」


「別に私はあんたらのことなんてどうだっていいんだよ。でも、恋人のミリシアちゃんに、昨晩ベッドの上であま〜い言葉で頼まれたから致し方なくってわけだ」


「こ、恋人!?」


「ベッドの上で甘い言葉でっ!?」


「ち、違います! リーゼロッテさん、変なこと言わないでください!」


ダインとリーナが反応し、受付で他の冒険者のクエスト手続きをしていたミリシアが慌てて否定した。


「まぁ、私はそういう依頼をミリシアちゃんから受けたわけだから、あんたらがゴブリン退治に行くんなら、嫌だって言われても勝手についていくぜ」


「ふんっ、勝手にすれば」


「はぁ」


ダインは、話の流れで受けることになってしまった【Dランク:旧南部市街エリア地下道のゴブリン退治(ノルマ20体以上)】の依頼書を眺めながら、軽くため息をついた。

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