第31話 完敗

「リーゼロッテさん、こっちです!」


先程ギルドの裏口から走って行った受付嬢が、息を切らしながら一人の剣士を連れて走っていた。


「ミリシアちゃんの頼みだから聞くけどさ。これはけっこう高くつくよ? 何せ昼寝中の私を叩き起こしたんだからね」


「一晩くらいなら、また付き合いますから……」


「そんなお坊ちゃんとか放っておけばいいのに。ミリシアちゃんも物好きねぇ」


「いいから! 早くしてください!」


「はいはい。ミリシアの好みの男の子のために、あたしが頑張りますよーっと」


そして……

大通りに出た二人の目の前を……

グルグルと回転しながらガルバ兄弟の二人が吹っ飛んでいったのだった。


「……え?」


「おいおいミリシアちゃん。……あれのどこがひ弱な駆け出しちゃんなんだい?」


「え、ええと……」


二人の視線の先には、高笑いをするリーナと頭を抱えるダインがいた。



→→→→→



ダインは再びギルドの屋内に戻り、素早く適当なFランクの依頼書を取った。

そして、小走りで受付へと向かった。


なるべく。

何事もなかったかのように……


その受付カウンターへ、先程の受付嬢が横から滑り込んできた。


「私が受けます!」


「あっ、さっきの方ですね……。ええと……」


そこで、ダインはチラリと受付嬢の胸のネームプレートを確認した。


「ミリシアさん。……すみませんでした。せっかく色々と忠告してくださっていたのに」


そう言って、ダインはミリシアに向かって頭を下げた。

先ほどミリシアが言った『変な誘いには乗らないでくださいね』というのは、つまりは今のガルバ兄弟のような輩に気をつけろ。と言う意味だったのだ。


周囲の冒険者達は、ダインとリーナを遠巻きにしながらもあからさまにこの二人に興味がありそうな視線を送ってきている。

その中でも、遅れて入ってきた一人の女性剣士がとりわけ鋭い視線を二人に送っていた。


「強いんですね。まさかあのガルバ兄弟を一瞬でのしてしまうなんて……」


「いや……。すみませんでした」


ミリシアの言葉に、ダインは曖昧に答えた。


「それで? これで私達もBランクに上がれるの?」


「ちょ、リーナ……」


「いえ、冒険者同士の揉め事はキルドのランクには無関係です。もし殺してしまっていたら、逆に下がります」


そんなリーナに対して、ミリシアは妙に冷たい態度でそう答えた。


「あら、そうなんだ。それじゃ結局はあの雑用をやらなきゃ上のランクには上がれないってわけね」


「そうですね。ただ、今のであなた方の実力がそれなりのものであることは知れ渡りましたので……、今度はまともなパーティーからのお誘いが来るかもしれませんよ。パーティー自体のランクが高ければ、Fランクの冒険者であっても高ランクの依頼を受けることができるというのは、本当のことです。もし必要であれば、今から私がご紹介してさしあげても……」


「いらないわ。私はダインと二人きりでいい」


「……」


リーナとミリシアの視線が合わさって、しばらくそのままぶつかり合っていた。


「ええと……、受付の続きをお願いします」


それに耐えきれなくなったダインが、ミリシアに手続きの再開を促した。


「わかりました。もう少々お持ちくださいね」


「……」


ちなみに今回ダインが受けた依頼は【Fランク:五番街の廃屋の瓦礫処理】だ。



→→→→→



「おい」


なんとか依頼を受注し、ギルドを出ようとしてダインを一人の女剣士が呼び止めた。


「なんでしょうか?」


「お前達、駆け落ちとかした二人ってわけ?」


「いや、違いますけど……。なんでそんなこと聞くんですか?」


「気になってる奴がいるからさ」


「……はぁ」


その後ろでは、ミリシアがわざとらしくそっぽを向いていた。

だが、ダインもリーナもそれには気づいていなかった。


「じゃあ、なんで冒険者なんかになりに来たんだ? ここはお子様の遊び場じゃないんだぜ?」


「私達くらいの年の冒険者だって、普通にいるでしょ?」


「他に選択肢がない奴らがな。でも、てめぇらは違うだろ? どう見ても貴族か商人のお坊ちゃんとお嬢ちゃんだ」


一応、そうは見えないようにと装備品には気をつかったつもりだったのだが……

やはり、見る人が見ればその『違い』は一目瞭然ということだった。


「そんな、他にいくらでも選択肢がありそうな奴らが、なんで冒険者になんてなりに来たんだよ? ……もう一度言うぜ。ここは、子供の遊び場じゃねぇんだよ」


女剣士が、さらに鋭い視線をダインへと向けた。

その手がゆっくりと身体の前に移動する。


そんな女剣士の身体からは、抑えきれない殺気が放たれ始めていた。


「……」


ダインは答えを躊躇した。


ダインとリーナがいるこの場所は、おそらくはこの女剣士の一足一刀の間合いの内側だ。

鋭い視線と共に放たれはじめた有無を言わさぬ殺気が、無言のうちに『下手な答えをしたら斬り捨てる』と告げていた。


「言っておくけど、あたしはギルドランクが下がるのとか気にしねぇタイプだからな」


つまりは『トラブルの末の殺しも辞さない』ということだ。


「難しいこと聞きますね」


ダインとっての大きな問題が、目の前の女剣士にとってもそうだとは限らない。

ダインの『騎士になる』という目標が、目の前の女剣士の納得のいく理由たり得るかどうかはわからなかった。


そんな正解の無い問答で、目の前の女剣士はダイン達に命を賭けさせようとしている。

さっきのなんとか兄弟よりもよほどタチが悪かった。


ダインはチラリをリーナを盗み見た。

リーナが変なことを言い出さないか心配になったのだが、どうやらその心配は杞憂のようだった。


リーナは女剣士の殺気に完全に気圧されていた。

見たこともないような青い顔をして、女剣士の視線から目が離せずにいるようだった。


「ふぅん。このあたしの殺気と威圧を真正面から受けて、隣の女を気にかける余裕がある、か……。意外と肝が座ってるじゃねーか。さっきの術といい、ただのガキンチョってわけじゃあないのかね」


女剣士の殺気が不意に緩み、リーナがへなりと床に座り込んだ。


「私はリーゼロッテ。この王都南部ギルドでは一番手のSランクさ。実際、あたしはあんたらの事情なんざ知ったこっちゃない。聞きたいってやつがいたから、代わりに聞いてやったまでさ」


そう言って、リーゼロッテは併設されているギルド酒場に向かって行った。

ダイン達から見える位置の椅子にドカリと腰を掛け、そのまま大声で酒を注文し始めた。


もはや、リーゼロッテはダイン達には全く興味がないようだった。


「……」


「行こっか、リーナ」


ダインはリーナに手を貸し、そのままギルドを後にした。


Bランクの冒険者相手には二対二でも作戦次第では圧勝できた。

だが、Sランクの冒険者相手には二対一で手も足も出なかった。


それが、今のダイン達の実力のほどだった。


真正面で間合いの内側に立った状態では、勝てるという気さえ湧かなかった。

実際の実力の程は不明だが、ダインにはこの女剣士がコルス大森林地帯で戦った剣士よりも大きく見えていた。


「あいつ……、いつかぶん殴ってやる!」


リーナの目は、恥辱と復讐に燃えていた。

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