第30話 圧勝
「Dランクの魔獣討伐の依頼が気になるのかい? Fランクのおめぇらにゃまだ早いな!」
「そうみたいですね。とりあえずしばらくは、コツコツとFランクの依頼をこなしていくことにします」
「そんなことしなくても、もっといい方法があるんだぜ」
「見るからに腕に覚えがありそうな、おめぇさん達みたいな新人にピッタリの方法さ」
『腕に覚えがある』
それはつまり、このガラの悪い二人がダインとリーナの実力を認めているというような意味だったのが……
その言葉の重さは、シルフィアからかけられるものとは天と地ほどの差があった。
この二人は、ダインとリーナのことをなにも知りもしないのに、適当なことを並び立てている。
そんな二人の冒険者に対し、はっきり言ってダインは不快感しかなかった。
「ちなみに、どんな方法なんですか?」
とはいえ、それが本当に有効な方法であるならば聞いておくべきだとも思った。
「Bランクの俺たちが受けたBランクの依頼を、臨時パーティーを組んで一緒にこなすってわけよ」
「それで、手っ取り早く魔獣討伐の実績を作るんだよ」
「そうすりゃFランクの駆け出し冒険者でも一気に実績が積めるってわけさ」
「あら、いいじゃないそれ!? ダイン、そうしましょうよ!?」
「……」
あまりにも怪しい二人組に、リーナはホイホイとついていきそうになっている。
そんなリーナを、ダインは慌てて押し留めた。
「確かに、その方法なら一気に実績が積めるかもしれません。でも、まだまだ僕らはギルド自体に不慣れだし、各依頼がどのようなものかよくわかってない状態です。なので、そういうのはもう少し慣れてきてからにします」
「そんなこと言うなよ兄弟。ちょうど一昨日、俺たちのパーティーからメンバーが抜けて新しいメンバーを探してたところなんだよ」
「そうだぜ兄弟。俺たちガルバ兄弟に声をかけられるなんて、にいちゃん達はめちゃくちゃラッキーなんだぜ。これから一緒にのし上がっていこうぜ」
貴族の社会で育ったダインは、リーナ同様に世間知らずだと言える。
だが、そんなダインであっても流石に目の前の二人組はかなり怪しいと感じていた。
この世の中にあって、ただの親切だけで誰かの世話を焼くような人間は稀だ。
目の前の人相の悪い二人組がその『稀な人間』である可能性は否定できないが……、その可能性に命を賭けるのはいささか危機管理が足りていない者のすることだろう。
「やめておきます」
ダインは、きっぱりとそう答えた。
「まぁまぁそう言うなよ」
「メリットとデメリットを比べてみろよ。あきらかにメリットの方がでかいだろうよ?」
「申し訳ありませんが、そうは思えないです」
そう言って、ダインがリーナを促して立ち去ろうとしたところ……
二人組が、いきなりダインの肩を掴んだ。
とても、強い力だ。
「ああん!? テメェ、俺たちがせっかく誘ってやってるのに、邪険にするたぁどういうつもりだこらぁっ!」
「もう我慢ならねぇっ! 表出ろやぁぁっ!?」
いきなり、相手の強面の男達が大声を張り上げた。
強面の顔に似合う、いかつい恫喝だ。
それでダイン達が怯むとでも思ったのだろうが、そうなるとリーナも負けてはいなかった。
「はぁ? あんたらこそ何様のつもりよっ!? 表に出ろ? 上等よっ!! そんなに言うなら相手になってやるわよ!! ……ダインがねっ!!」
「えっ……」
「上等だこらぁっ! テメェらが負けたら金貨10枚寄越せやーっ!」
「いいわよ!? その代わりあんたらが負けたら金貨100枚よっ!?」
「……え?」
戸惑うダインを残して、リーナ達はさっさと外に出て行ってしまった。
「……ええっ??」
後には、困惑するダインが取り残された。
→→→→→
リーナ達が出て行ってしまった後。
ギルドの建物の中では、取り残されたダインを他の冒険者達が憐れみの目で見つめていた。
先程ダイン達の対応をしていた受付嬢は、慌てて裏口からどこかへ走って行った。
「……はぁ」
ダインはため息をつきながら、その場に重なり合うようにして5枚の召喚陣を展開した。
「僕は召喚術士なので、今から召喚術を行います。出てくるゴブリンは僕の召喚体なので、皆さんは退治しないでくださいね」
そう言って、ダインは自分も外に出た。
話を聞く限り、相手の冒険者はBランクというかなり高ランクの冒険者だ。
実力の程は不明だし、勝てるかどうなどはやってみないとわからない。
リーナはやる気満々のようだが……
「負けたら金貨10枚、か……」
それなりの高額とはいえ、ダインとリーナに払えない額ではない。
「なんだ、怖気付いて逃げ出したのかと思ったぜ」
「ダインがそんなことするはずないでしょ!? あんた達こそ、後から泣き入れても許さないわよ!」
「リーナ……、勝手に話進めないでよ……」
「喧嘩売られたのよ!? 買うしかないじゃない!? それに、ここでBランクの冒険者をぶちのめせば、私達も一気にBランクに上がれるんじゃない? こいつらもさっきそんな感じのこと言ってたし……」
「いや、たぶんギルドってそういう王立闘技大会みたいなシステムじゃないと思うけど……」
「ごちゃごちゃ抜かしてねぇでとっとと始めるぞぉぉっ!? 言っておくけどなぁ! 後で金がねぇとかいいやがったら、嬢ちゃんに身体で払ってもらうからなぁっ!」
「……。リーナ、いくら持ってる?」
念のため、小声でダインがリーナに問いかけた。
ダインの今の手持ちは金貨6枚ほどだ。
リーナは普段から5〜10枚程度は持ち歩いているはずなので、おそらくは足りるはずなのだが……
「うーん、昨日たくさん使っちゃったから……今2枚」
「うそっ! 足りないじゃん!?」
「おらぁっ! さっさとはじめっぞぉっ!」
そう言って、男達が同時に前に飛び出してきた。
試合はそのまま、半ば強制的に始まってしまった。
「さっさと一発ぶん殴らせろぉっ!」
「女の方は顔は殴るなよぉ! 後のお楽しみが減っちまうからなっ!」
「ああ、もうやるしかないのか……。できれば、もう少し数が欲しかったんだけど……」
「ああんっ!? なにわけのわからねぇこと言って……」
男がそう叫んだ瞬間。
ギルドの建物からゴブリンが飛び出してきた。
「……は?」
「なんだ?? ゴブリン!?」
黒い波のようになった多数のゴブリンが、驚いて固まっているガルバ兄弟に向けて突進して行った。
「な、なんだよこのゴブリンは!?」
「なんでこんな街中にゴブリンがぁっ!?」
驚きつつも、そこは流石にBランクの冒険者だ。
即座に迎撃体制を整えてゴブリンに殴りかかっていった。
だが……
「いてぇっ! 噛みつくなこの野郎!?」
「ぎゃっ! くそ! なんだこいつら! 普通のゴブリンじゃねぇっ!? ギルドの他の奴らは何してやがるんだよっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁ! 痛ぇっ! やべぇ! 俺を助けろ!」
「無理だ! こっちもやべぇっ!」
ゴブリンに群がられた二人が悲鳴をあげるなか、ダインがホッとため息をついた。
「ダインのゴブリン……、やっぱり強いわね」
「リーナ無茶苦茶でしょっ!? 勝てなかったらどうするつもりだったの!?」
「その時はその時で、うちに帰ってカヤから金貨をセビってくるわよ」
「素直にうちに帰らせてなんかくれないでしょ……」
「まぁ、勝てたんだから良くない? それに、私の貞操はダインがどんな手を使ってでも守ってくれるって信じてたから……」
「あ、いや……」
ドギマギするダインを残し、リーナがゆっくりとゴブリンの塊に近づいていった。
その右手には、渦を巻く風の魔術が発動している。
「……リーナ。さすがに殺しちゃまずいよ。人殺しとか、よくないよ」
リーナの魔術は、全力であれば一撃でダインのゴブリンを粉砕するような威力を持っていた。
戦闘中に当てるのは難しいが、当たれば間違いなく即死級の威力を持っているということだ。
「大丈夫。手加減はするから」
そう言って、リーナが右手に纏わせた風の魔術を思いっきり男に叩きつけた。
このリーナの魔術は……
魔獣やゴブリンを切り裂いた時とは違い、魔力の流れを一方方向に打ち出すことで『切り裂く力』よりも『吹き飛ばす力』に特化させたものだ。
ダインのゴブリンを相手にした『ゴブリン組み手』で、リーナは面白半分でゴブリン達を吹き飛ばして楽しんでいた。
「ぎゃあああああぁぁぁーーーっ!!」
リーナの打撃を受け、一人目の男がゴブリンごと吹っ飛んでいった。
「リーナ、僕の
「なんたら転写で痛くはないんでしょ?」
「いや、ああいう広範囲を巻き込んでいくようなやつはちょっと苦手かも……」
「それじゃ、今度はもっと一点集中にして……」
「ひぇっ!?」
もう一人の男が、身体中にゴブリンをまとわりつかせながら、恐怖の目でリーナを見ていた。
完全に相手を見誤っていた。
これがFランクの初心者?
……めちゃくちゃ強いじゃん。
リーナが再び拳に風を纏わせた。
「この魔術を当てる方法を色々考えてたけど……ダインに押さつけててもらっていうの、なかなかいいわね」
「ひっ、いや……ご、ごめんなさい。助けて……」
「ところで金貨100枚。忘れてないわよね?」
「か、金はなんとかするから、命だけは……」
「それとこれとは、話が別……よっ!」
リーナが拳を叩きつけ、もう一人の男も一人目と同じようにして吹っ飛んでいった。
「……ねぇ、実は私達って結構強いのかしら!? Bランクの
実際には、不意をついたダインの作戦勝ちとも言える状況だったのだが……
直接二人にとどめを刺したリーナは、完全に調子に乗っていた。
そしてそれ以降、このギルドではガルバ兄弟の姿を見かけなくなったという。
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