第29話 冒険者ギルド

その翌々日。


「こんにちは、冒険者登録の手続きですね」


「あ、はい。よろしくお願いします」


ダインとリーナは、王都冒険者ギルド南方支部の受付カウンターにいた。

結局はリーナに押し切られる形で、ダインは冒険者ギルドに登録しに行く事になってしまった。

ちなみに昨日は『冒険者っぽい装備品』を買うために、町中を連れまわされていた。


「お名前を宜しいですか?」


黒髪の受付嬢が、快活そうな営業スマイルでダインに笑いかける。

だが、その目は素早くダインとリーナの全身を眺めまわし、目の前の二人がどの程度の実力者なのかを値踏みしようとしているようだった。


「ダイン・アリス……、いや、ただの『ダイン』です」


「同じく、ただの『リーナ』です」


「はい。ではダインさんリーナさん、こちらに名前と登録上の戦闘職、あと差し支えなければ現在所持している戦術系技術の記入をお願いします。……あ、文字は書けますか?」


「はい、大丈夫です」


「登録内容は、いったんはお二人でパーティーを組むという形でよろしいですか? パーティー募集などでしたらアドバイスの仕方が変わるのですが……」


「永遠の二人パーティーで!」


リーナが間髪入れずにそう答えた。


「はい。あとは……、すでにどこかのギルドに所属しているようでしたら、そちらの認識票を提示していただけますでしょうか? その方が色々とスムーズなので……」


「いえ、ギルドへの登録は初めてです」


ダインが、いつもの調子でそう答えた。



→→→→→



ここまでの話で、受付嬢は完全に確信していた。


この子供達は、間違いなくどこかの貴族の子女だろう。

そしておそらくは、禁断の恋の真っ只中……

つまりは駆け落ち中だ。


『貴族社会』というぬるま湯の中で育ち、『親』などというどうでもいい相手にちょっとやそっと意にそぐわないことをされたからと言って、それがこの世の終わりであるかのように錯覚するようなお年頃。

そして、手を取り合って家を出た夢見がちな二人という事なのだろう。


そして、さらなる甘い幻想を抱いて冒険者などというとんでもなく過酷な道で生計を立てようとしている。


王都の真っ只中とはいえ、ギルドに集うような冒険者たちは貴族とは全く毛色の違う荒くれ者たちばかりだ。


この少年少女は、運が良ければあと数時間後には泣きながら『家に帰る』と宣言することになるだろう。


そして、運が悪ければ……

二度と家には帰れない。


「そうなると、お二人のランクは一番下のFランクからになります。なので、最初はFランクの依頼が貼ってあるクエストボードから自分にあった内容の依頼を探してきてくださいね。残りの説明は依頼を選んできた後にしますので、また私のカウンターに来てください。絶対に、その他の変な誘いには乗らないでくださいね」


相手が初心者と見れば、すぐにでも良からぬ目的を持った奴らが集まってくるだろう。

それを潜り抜け、きちんとこの世界で生き残ることができるかどうかは、この後の彼らの行動次第だった。


たとえ『貴族の駆け落ち』という物語ドラマチックな展開にトクトクと胸がときめいたとしても……

目の前の少年の顔立ちや物腰柔らかな雰囲気がめちゃくちゃ好みにどストライクだったとしても……

ギルドの受付嬢にできるのは陰ながら彼らを応援することだけなのだった。


「はい、わかりました」


物腰柔らかな少年の方が軽く一礼し、二人がクエストボードの方へと歩いて行った。



→→→→→



ダインとリーナは受付嬢に言われた通り、Fランク向けの依頼が張り出されているクエストボードへと向かった。


「二番街の壁補修の手伝い? 暇を持て余してるおばあさんの話し相手? ……なにこれ」


「いわゆる『雑用クエスト』かな。Dランクになると『サウラス丘陵での薬草採取』とか、王都の外に出るようなのもあるみたいだけど……」


「冒険者って、こんなことまでするわけ? なんか、全然イメージと違うんだけど……。冒険者のクエストって、もっとこう『森に巣食う凶悪な魔獣の群れを討伐せよ』とか、そういう感じじゃないの?」


「ざっくり見た感じだと、モンスターの討伐クエストはDランク以上みたいだね。それでも、Dランクの依頼だとまだまだ素材収集寄りだ。本格的な魔獣の相手はCランクやBランクからみたいだね。僕たちが受けられるFランクの依頼は、ほとんど全部が街の中での雑用業務みたい」


「ふぅん。って……いつの間に全部の依頼書を読んだの?」


「ゴブリンの視界で、同時にあれこれ見たり考えたりするのには慣れてるから……。パパッと眺め回すと大体一気に頭に入ってくるんだ」


「凄っ! でも、雑用とか面倒臭いわね。ダインのゴブリンで適当に片付けておいてくれない?」


「実績積むんじゃなかったの?」


「私が積みたいのは、モンスター討伐の実績よ!?」


「そもそもの話だし、何度でも聞いちゃうけどさ……、リーナは本気でその拳と魔術で魔獣と戦う気なの!?」


「当たり前よ!」


「ええと、やっぱり無茶じゃない!?」


コルス大森林地帯でダインが剣士と戦っている間、リーナとシルフィアにどんなことが起きたのかを、ダインは一応聞いていた。

だが、発動しただけの魔術を直接叩きつけるなどというリーナの戦法は、どう考えても危険すぎる。


リーナの拳を当てるためには、魔獣の爪や牙が届く範囲にまでリーナ自身が身体ごと飛び込まなくてはならない。

当然、殴り返されれば傷を負うし、敵が強力なら最悪の場合一撃で即死だ。


シルフィアさんの頼みなんだから、なんとかリーナに無茶をさせないようにしなくちゃ……

そう、ダインは決意を新たにしたが、それがなかなか難しい課題であることはダイン自身にもよくわかっていた。



その時。


「おうおうにいちゃん、ギルドは初めてか?」


「そんな新人ちゃん達には、俺たちガルバ兄弟が冒険者の心得ってやつを教えてやるぜ」


そう言って、見るからにガラの悪い二人組がダイン達に声をかけてきた。

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