第28話 日々とこれから
シルフィアが魔龍に絡む遠征に出立してしまってから、三ヶ月が経った。
遠征部隊はたまにアートランド領内に戻ってきているようだったが、三カ月がたった今でもその任務は終わってはいないようだった。
定期的にもたらせる戦況報告では、遠征隊は何度か氷雪魔龍フロウラと会敵しているようだった。
遠征部隊の内情や戦況などについての詳しい話を聞くことはできなかったが……
戦死者などの被害報告がないところを見ると、遠征は比較的順調なようだった。
→→→→→
ダインはアートランド家の演習場でリーナと向き合っていた。
「ええと……、リーナは本当に騎士団に入るつもりなの?」
ダインが世間話をするようなトーンでリーナに問いかけた。
そうしながらも、ダインは意識を転写した
「うん。……でりゃぁっ! その……うりゃああぁーーっ! つも……ほいさっ! り……よっっ!!!」
ダインのゴブリンが、リーナによって次々と殴り飛ばされていく。
その三か月間、リーナは毎日ダインのゴブリンを相手に拳を振るい続けていた。
ダインがかなり手加減しているとはいえ、リーナの格闘術の上達は目覚ましいものがある。
ゴブリン相手に当たりさえすれば一撃必殺に近い、リーナの魔力を戻った拳もますます威力を上げていた。
ダインのゴブリンは、そんなリーナに殴られ続けてやがて全滅した。
「はい、とりあえず百体終わったよ」
そう言いながら、ダインはタオルと飲み物をリーナへと手渡した。
「ああ~。やっぱこれ、何度やってもキツい……」
「お疲れ様」
息を切らし汗だくで地面に転がっているリーナの横で、ダインは涼しい顔をしていた。
これはリーナとダインがこの三ヶ月間継続して行っている、互いのための訓練だった。
ダインはゴブリンの同時操作と操作精度向上のための訓練。
リーナは格闘術と、その中で魔術の力を拳に乗せて放つ方法を習得ための訓練だ。
リーナの体力の上昇に合わせて徐々にゴブリンの数を増やしていって、数日前についに百体にしたところだった
シルフィアの勧めもあり、二人はそれらを互いに実戦形式でぶつけあって高め合っていた。
ダインとリーナは、これを『ゴブリン組み手』と呼んでいる。
「騎士団に入るってことは、いつか本物の戦場に行くってことだよ。リーナみたいなお嬢様が、そんなところに行く必要はないと思うけど……」
「ダインと離れたくないのよ……なんてことは全然ないわ!」
「別にそんなこと聞いてないし、なんで怒ってるのさ」
「む、むーーっ! ええと、あれよあれ! この間あんたに焚き付けられて魔獣と戦った時に心の底から思ったの。『こいつらのこと、もっと上手くぶん殴ってやりたいのにー』ってさ。そのためには騎士団に行けるくらいは力を付けないとだめでしょう?」
「僕は格闘家じゃないし、剣士としても中途半端だよ。そんな僕から戦いを習っても、大して強くはなれないと思う。それに、やっぱりリーナみたいなお嬢様が直接拳で殴り合うような戦場に行く必要なんてないよ。前に言ってたみたいに、いい相手を見つけて王都で楽しく暮らしたほうがいいと思う」
「絶対に嫌よ! いい、ダイン。この世界は残酷なの。そりゃあ、王都での中心部でぬくぬくと暮らしているだけだったら、このままずっと気がつかないままだったかもしれないけど……。この世界は、ちょっとでも日の当たらない裏側に行けば、苦しいことや危ないことがありふれてる」
「それは……そう、だね。でも、リーナがそれをする必要はないんじゃない」
「私はあの夜の森でそこのことを知った。そして、学院に戻ってからもそのギャップに驚いたの。魔術学院のやつらって、教師も生徒も本当に何もわかってない。私のことを落ちこぼれだなんだって喧嘩を売ってきたやつらなんだけど、私がちょっとぶん殴ってやったらその途端に先生に言いつけに行くんだもん」
「あ、ははは……」
「こっちは、言葉も通じない魔獣に全身噛みつかれてズタボロにされたってのに……、ちょっと殴られたくらいで泣きながら『先生〜』だってよ? 結局誰かがなんとかしてくれるって思ってる。自分のいるこの世界は安全なんだって、馬鹿みたいに信じ切ってるのよ。私は、あのぬるま湯な感覚が心底嫌になった。この先もあんなのと一緒に社交会だなんだっていう空間に身を置き続けるかと思ったら、戦場の方がいくらかマシだと思ったのよ」
魔術学院の生徒は、主に貴族の子女で構成されている。
そしてその親達も、中には実際の戦場で武功を立て続けるゼフェルのようなタイプもいるのだが、その大半が研究者や大臣気質の者なのだった。
教師もまたしかり。
そのため、どうしても魔術学院の学生達には『いつか、この技術を用いて殺し合いをする』という意識が薄い。
おそらくそんな彼ら彼女らのほとんどは、実際の戦場に身を置いた途端にその心をパキパキに折られてしまうことだろう。
だが、リーナはその逆だった。
世界の真実を知り、今まで父や姉がしてきたことを理解して……
守られているだけだった自分の立場を知った。
その時、リーナは自分も戦う道を選んだのだった。
「……本気なの、リーナ?」
「うん。私は本気よ」
リーナが大きく頷いた。
「ダインだって、本気なんでしょ?」
「……うん」
今度はダインが大きく頷いた。
→→→→→
「でも、こうして訓練して戦う力を付けたところで、僕らはやっぱり魔術学院では落ちこぼれのままなんだよなぁ……」
その評価を覆すためには、やはりシルフィアも言っていたように実際の戦場に出て実績を上げるしか方法がないだろう。
「それについては一つ、私がいい方法を思いついたの!」
リーナが声を張り上げた。
「うん。どんな方法?」
「冒険者ギルドよ。あそこで魔獣の討伐依頼を受けて、私達でやっつけるの。お小遣いも稼げるし、実践経験も積める。それに、何より実績が詰めてわかりやすくランクアップしていける。ねぇこれ、いいことづくめじゃない?」
「いや、さすがにそれは危なくない? 魔獣相手の実戦は、本当に怪我したり、最悪の場合には死ぬ危険だってあるよ」
「ダインは本当に私を実戦で戦わせたくないのね。もしかして……、私のこと好きなの? それで、カッコつけて私のことかばってみせようとして……」
「いや、シルフィアさんに『リーナをお願いね』って言われてるからだけど?」
「うっ……うるさい!」
「痛っ、なんで殴るのさ? 殴るなら
そこで、メイドのカヤが夕飯の用意が出来たことを知らせに来た。
「ダイン様の分もご用意しておりますよ」
「ダイン、もちろん食べていくでしょ?」
「あー、うん。迷惑じゃなければ……」
「やった!」
「うん。だから、そろそろその手の魔術を引っ込めてくれないかな」
最近は、
→→→→→
「で、ダイン。さっきの話の続きだけどさ」
夕飯を終え、見送りに来たリーナがそう言って話を蒸し返した。
「冒険者ギルドの話?」
「うん。私たちがこのままの序列で魔術学院を卒業したら、王都では予備隊にすら入れないでしょ? そうなるともう無職になるか、もしくは王都を出るしかなくなって……王都の騎士団入りなんて夢のまた夢の話になっちゃうと思うの」
「んー……、それは、確かに……」
「でしょ!? お姉ちゃんが元々魔術学院での序列が最下位近くても騎士予備隊の一番隊に入れたのは、やっぱり実戦での実績を評価されたからなのよ。だから、私達も何かしらの実績を積むべきだと思う。でも、私達はどちらも本物の戦場には連れて行ってもらえないでしょ?」
「それで、冒険者ギルドか……」
「うん!」
確かに、その方法であれば親にお伺いを立てなくても話を進めることができる。
ダイン達の歳であれば、自分の意思で勝手にギルドに登録することができてしまう。
いつかまたシルフィアと肩を並べて戦いたい。
そのためなら、ダインはどんなことでもするつもりだった。
「冒険者ギルド……か」
ダインは思わずそう呟いていた。
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