第27話 騎士団への道

「シルフィアさん、また騎士団の遠征に参加するんですか?」


王都貴族街に程近い大通りの喫茶店にて、ダイン、シルフィア、リーナの三人が向かい合ってパフェを頬張っていた。


話題は、三日後から開始される騎士団の南方遠征だ。


「うん。予備隊からの参加はいつも通りの特例だけど、そもそも今回の遠征は私達のアートランド領にも関連する話だしね」


三週間前、突如としてアートランド領に現れた氷雪属性の魔力を操る魔龍は『氷雪魔龍フロウラ』と名付けられた。

その出現の一報を受けて駆けつけたゼフェル・アートランドは、すぐさま氷雪魔龍フロウラとの戦闘に入った。

そして、交戦の末に魔龍は東の魔獣領域へと姿を消した。


今回、シルフィアも参加するこの遠征の目的は……

氷雪魔龍フロウラのその後の動向を調査し、必要に応じて人類領域からさらに遠ざけるというものだった。


つまり、これはアートランド領……ひいてはラーハイル王国の安全に関わる重大な遠征なのだ。

そして、いずれはアートランド卿からその領地を受け継ぐ可能性が高いシルフィアがその参戦することは、さまざまな点で非常に重要なことだった。


「気をつけてね、お姉ちゃん」


「リーナからのその言葉が聞けたから、お姉ちゃんは死ぬ気でがんばれるわ」


「シルフィアさん! 死ぬ気では頑張らないでくださいよ!?」


ダインは少し慌てた声を上げた。

脳裏に浮かんでいるのは、血みどろで、本当に死にそうになっていた先日の戦いの中でのシルフィアの姿だ。


「大丈夫よダインくん。そもそも今回の遠征の一番の目的は調査なわけだし。それにね、実際に戦闘になったとしても魔龍と直接戦えるような戦力を持っているのは、お父様と騎士団のほんの一部の人達だけだもの。魔龍遠征に参加すると言っても、私の役割はただの索敵と後方支援よ」


「でも、シルフィアさんは……、その必要があれば魔龍とも戦っちゃうでしょ?」


「そうね。だからその必要があるような場面に出くわさないことを祈っててくれるかしら?」


こういう時のシルフィアの受け答えは、いつも飄々としていてつかみどころがない。

余裕ありげにからからと笑い、冗談混じりの返答を繰り返す。


だが、そんなシルフィアもいざ実戦となればボロボロになりながらでも戦い抜く泥臭い一面を持っている。

そしてダインは、シルフィアのそんな姿を実際に見てしまっている。


シルフィアは、完璧な戦術で敵を翻弄する完璧な人間などではない。

実際の姿は、泥臭くギリギリの戦いを仕掛ける並いる戦士の一人なのだ。

そのことを、ダインはすでに知ってしまっているのだった。


「祈ってるだけじゃ、現実は変わりませんよ」


「ふぅん。それじゃあどうするの?」


「僕も……、ついていけたらいいのに……」


そんなダインの呟きを聞き、シルフィアがにっこりと微笑んだ。


「今はまだ無理よ。でも、いつかは……ね。ダインくんが騎士団に入って、また一緒に戦える日を楽しみにして待ってるわ」


「っ!」


シルフィアは、それを本気で言っている。

本気でダインに『いずれ騎士団に入ったら、また一緒に戦おう』と言っているのだ。


学院でも家でも落ちこぼれ扱いをされているダインにとって、王国騎士団への入団などは夢のような話であった。


だが、シルフィアは当然のようにその未来を口にした。


ダインは、口をついて出かけた『僕なんかじゃ無理ですよ』という言葉を飲み込んだ。


憧れの人シルフィアからそう信じられているのなら、きっと自分にもできるはず。

そんな自信が、ゆっくりとダインの中に満ちていったのだった。


「どうすれば……、僕でも騎士団に入れますか?」


代わりに出たのはそんな言葉だった。


「僕は、現状の魔術学院ではほとんど最下位に近い序列です。まともに行くと、騎士団の登用試験を受けることすらできません」


魔術学院での序列は、主に四大属性魔術と術式付与の能力値で決まる。

それが、魔術学院における評価の基準だ。


そしてそれ以外の評価軸においては、評価が大変にぶれる。


召喚術に関して、ダインは『多数体召喚』という人並外れた技能をもっていた。

通常は三体程度が適正数とされる召喚体の同時操作を、平気で十体以上してのけている。

それは、評価を得やすいポイントなのだが……

それと同時にダインは『扱える召喚体がゴブリンのみである』というわかりやすすぎる欠点をも持ち合わせていた。


そのため、それらを教官の好みで判断した結果、魔術学院において、ダインは『ほぼ無能』という評価を下されていたのだった。


ちなみに、座学の成績はそこそこなので、騎士団でも内勤の希望であれば通る可能性はあった。

だが、それはダインの希望とは全く違っている。


「そうねぇ。魔術学院内部での評価が得られないとなると、やっぱり別の場所で評価されるしかないわよね」


「例えば……、実際の戦場とか? お姉ちゃんは、そうやって今の評価を勝ち取ったんだよね」


そこで、リーナが口を挟んだ。


「そうね。リーナはよく知ってると思うけど、実は私もダインくんやリーナと同じで属性魔術や術式付与と言った一般的な魔術はてんでダメなのよ。だから、私も初めは魔術学院では落ちこぼれに近い状態だったのよ」


「えっ、そうだったんですか?」


「うん。『召喚術? なにそれ?』みたいな感じでさ。だから、何かわかりやすい実績を積まないとただの落ちこぼれで終わるなーってずっと思ったの。それである時閃いて、お父様に無理を言って……散々駄々をコネまくってなんとか戦場に連れて行ってもらうことになったのよ」


「……」


シルフィアは、世に言われるような天才などではなかった。

自らの力の使い方について試行錯誤を繰り返し、もがき抜いた末に今の地位を手に入れていたのだ。


ここ最近、ダインの中でのシルフィアのイメージがどんどんと覆っていく。


そしてそれは、ダインにとっては良い変化だった。

ダインは、シルフィアのことをより知っていくことで、シルフィアをより身近に感じられるようになっていた。

そしてそれと同時に『好きだ』という気持ちもどんどんと膨らんでいったのだった。


「私の召喚術なら、戦場でのサポート役には向いてるだろうから、色々と活躍しやすいと思ってね。それで、いろいろなところで顔を売りまくった上で『シルフィアの召喚術は、実戦では相当使える術だ』って評価を定着させたの。そしたらもう、魔導学院での評価軸なんてものはほとんど意味をなさなくなったわ。それまでは、アートランド家の娘のくせにまともに魔術も使えない……って馬鹿にしてきた奴らは、それで全員黙らせてやったわ」


「つまり、僕も同じようになるためには、戦場に出て実績を積む必要がある。ってことですね」


「そういうことになるかしらね」


ただし、それはそう簡単な話ではない。

戦場というのは、軍が国から与えられた目的を果たすための場所からだ。

決して、無鉄砲な新人を鍛えたり、彼らに名を上げさせたりするための場所ではない。


そういう無謀な夢を抱く新米剣士や新米魔術師などは、国中に山ほどもいる。


その中でシルフィアが本当の高みまで上がって行けたのは、アートランド家の長女というステータスと父との良好な関係性、そして様々な技能を持った複数種の召喚体というわかりやすく汎用性の聞く能力があったからだ。

さらには、それを状況に合わせて使い分け、使いこなすだけの本当の実力があったからだ。


シルフィアはそれらを総動員して戦場で活躍し続けた。

そしてその結果として『天才召喚術士』などと呼ばれている今のシルフィアの姿があるのだった。


「でも、僕がシルフィアさんと同じように『戦場に連れて行ってくれ』なんてことを父様に頼んでも、絶対却下されますね」


ちなみに、シルフィアを真似ようとしたリーナが、同じことをゼフェル・アートランドに掛け合った時には……


「術式の組めない魔術師が、最前線に出て殴り合いでもするつもりか?」


と言われて却下されていた。


今のリーナであれば「その通りよ!」などと言って走り出しそうなものだが、当時のリーナは悔し涙を飲んで引き下がっていた。


「とにかく。リーナもダインくんも、今はまだ力を蓄える時ね。リーナには昨日も話たけど、リーナは威力の高いリーナの魔術を、どうやって安全に相手に当てるかを研究していくべきだと思う。欲を言えば拘束魔術が使えると最高なんだけど、無理なら無理でさっさと別の方法を考えた方がいい」


「やっぱり格闘術かなぁ」


シルフィアの言葉に、リーナがボソリと呟いた。


ダインの脳裏に、拳にカイザーナックルを装備して構えをとっているリーナの姿が浮かんだ。

それなり様にはなっていたが、冷静に考えるとさすがに無謀すぎる話だ。


「リーナみたいなお嬢様が、直接殴り合うような最前線に行くとか無謀だよ。それに、大抵みんな武器持ってるからリーチが長いし……」


それは、素手のゴブリンで剣士相手に戦ったことのあるダインがイヤと言うほど実感していることだった。

素手のゴブリンでは、始めはあの剣士相手に近づくことすらもできなかった。

一体を組み付かせるまでに、数百体のゴブリンを使い捨てにしていた。


素手のままで突進を繰り返すなんていう戦法は、使い捨てにできる召喚体だからこそのものだ。

召喚体を数百体も生み出し続けることができるダインだからこそ成り立つ戦法だった。


リーナが同じことをしても、一撃目で斬り捨てられて終わりだろう。


「ダインくんの方は、すでにかなり汎用性の高い能力を持ってはいるけど、やっぱり『ゴブリン』というところが弱点だと見られるわね。だから、そうなるとどうにかして一体一体の戦力を底上げする方法を考えられるといいと思うわね。二人ともその辺を込みで色々と考えてみてよ。私はアドバイスはできるけど、実際にそれをやるのはリーナとダインくんだからさ」


「うん」


「はい」


「二人が本気で騎士団を目指すなら、私も全力で応援するからね」


あれ? リーナも?


ダインの頭にそんな疑問が浮かんだ。

だが、シルフィアの言葉にリーナも大きく頷いたのだった。


その日はそのまま他愛もない話に話題が移り、時間が来て解散となった。


そしてシルフィアは、予定通り三日後に遠征へと旅立って行った。

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