第二章 騎士団への道と冒険者

第26話 相変わらずの日常


リーナが攫われ、ダインがシルフィアと共にリーナの救出を成し遂げたあの日から、三週間がたった。


シルフィアは王都に戻るなりギースとの婚約破棄を宣言したのだが……

ダインの父も、その時は王都を留守にしていたシルフィアの父も、拍子抜けするほど簡単にそれを承諾した。


プライドの高いギースと、その鼻っ柱を衆目の面前でへし折ったシルフィア。

そんな二人が結婚しても、どう考えてもうまくいくはずがないと思ったのだろう。


また元々ゼフェルには、シルフィアに結婚を強制するつもりなどはなかった。

ゼフェルの本音としては、シルフィアが来年度から正規軍に従軍するにあたり色々と先手を打っておきたかったということだった。


容姿端麗ですでに十分な戦果と肩書を持つシルフィアには、おそらく従軍した瞬間から様々な誘いが殺到する。

その前に、正式なそれなり・・・・の相手を見繕っておく方が何かと面倒事がないと考えてのことだったらしい。


そしてシルフィアも、リーナとダインに絡む様々な思惑から何も言わずにそれに従っていたというのが内情だった。


ただし、結納の儀式が完了した婚約は、簡単には破棄できない正式なものだ。

それを解消するとなると非常に煩雑な手続きなどが必要となり、また当人たちはキズモノの扱いを受けることになるのだが……


今回の件については、そもそも冥界教にくみしていたシルマ司祭が取り仕切っていたことで、儀式自体が無効である。という方向性で話をまとめたようだった。


結局、あーだこーだと最後まで騒ぎ立てていたのは、プライドを傷つけられたギースだけだった。



また、ダインの伝言はキチンと大聖堂側に伝わっており、三人の救出のために王国の軍が動き始めていたことも判明した。


ただしその軍には魔導博士ゼフェル・アートランドは参戦しておらず、竜騎乗による移動であったため、ダイン達が寝ている間にハイラルの街ですれ違ってしまっていた。


シルフィアとリーナの実の父であるゼフェルが、自ら娘達の救出に向かわなかった理由。

それは、リーナが攫われたのとほぼ同時刻に、王都南方のアートランド領にて魔龍災害が発生したことによるものだった。


魔龍とは、厄災の象徴。


ひとたび発生すれば、その進路上にある生命はほとんどなすすべもなく蹂躙される。


そんな魔龍に多少なりとも対抗できるのは、ほんの一握りの超人的な力を持った魔術師や戦士達だけだった。


そして……、魔龍発生の知らせを受けた時点で動くことができたのは、ゼフェル・アートランド卿ただ一人であった。


ゆえに、アートランド卿は選択したのだ。

自らの責任で敵地へと飛び込んで行った実の娘より、戦う力のないアートランド領の民のために自らの力を使うことを……


だが……

ゼフェルは決してシルフィアとリーナを諦めたわけではなかった。


「よく戻った……。私の戦友」


「ええ、お父様。シルフィアあなたの戦友は目的を果たして帰還いたしました」


魔龍への対処を行なっていたゼフェルは、シルフィア達よりも丸一日ほど遅れて王都の屋敷へと帰還した。

その際にゼフェルがシルフィアへとかけた言葉には、ゼフェルのシルフィアに対する深い信頼が表われていた。


ゼフェルにとってのシルフィアは、すでに庇護の対象ではない。

すでに、様々な危機に対し、肩を並べて共に戦う戦友なのだった。



→→→→→



そんな中、ダインの生活は帰宅後も相変わらずだった。


魔術学院では相変わらずの落ちこぼれ扱いを受けていたし、ダインが一般魔術をまともに扱えないのも相変わらずだった。


ギースも相変わらずで、頻繁に屋敷に女の子を連れ込み、彼女らを引き連れてダインのことを馬鹿にし続けていたのだった。


だが、変わったこともある。


なぜか学院でも家でも、平日でも休日でも、リーナが頻繁にダインを訪ねてくるようになったのだ。


ダインは元々、リーナとつるむのがあまり好きではなかった。

そのため、最初はいろいろと理由を付けて逃げようとしていたのだが……


リーナの「私の胸をチラ見しながら太ももを撫でまわしたこと、学園中に言いふらすわよ」という脅迫で、渋々逃げるのをやめざるを得なくなった。


完全なる事実無根ではなく、ハイラルの街の宿では実際にそれに近いことがあったのだから、言い訳のしようがなかった。

なんとか言えることといえば『撫でまわした』のではなく『濡らした布で拭った』というあたりの主張だが……

あまり意味がなさそうだったのでやめておいた。



「ダイン、一緒に帰りましょ」


そして今日もまた、授業終りに別のクラスからリーナがやってきた。


「ねぇリーナ。なんで最近僕に付きまとうの?」


「言ったでしょ? 一生付き纏うって……」


「……マジ?」


「冗談に決まってるでしょ!?」


「じゃ、僕はこれで……」


「待ちなさいよ! 今から新しいローブを買いに行きたいから、二番街まで付き合って」


「ええっ! この間も買ったばっかじゃん」


「新色が出たのよ!」


「性能が同じなら、二着も三着もいらないでしょ!?」


「うるさい! 行くったら行くの!」


リーナはもはや、ダインの手には負えない猛獣だった。


シルフィアさん……

たまに会うと、なんでいつもニコニコしながら見てるんですか?

そろそろ助けてくださいよ……。


最近気づいたことだが、シルフィアは意味不明なほどにリーナに甘かった。

リーナの言う事にはたびたび説教くさい苦言を呈してはいたのだが、最終的にはリーナのすることを大体全部肯定してしまうのだった。


実は、シルフィアは超ド級のシスコンだった。


今までは、リーナが表面上シルフィアを嫌っていたため、その片鱗をなかなか垣間見る機会がなかったのだが……

コルス大森林での救出劇を経て氷解した二人の関係は、トロトロでアマアマなものになっていた。


そしてダインは、そんなリーナの恋の矢印が実は思いっきり自分に向いていることに、まったく気づいていない。

ダインはダインで、どうやったら婚約破棄をしたシルフィアともっとお近づきになれるかという事に、毎日必死になって頭を悩ませていた。


「ねぇリーナ。それじゃあ、買い物が終わった後、アートランドのお屋敷に行ってシルフィアさんとお茶でも……」


「ダメ。その後は三番街まで行って、最近できたパルフェの店に行くんだから」


「えええ……、実は僕、夕方から家で用事が……」


「そこでお姉ちゃんと合流する予定なんだけど……、嫌なら来なくていいわよ」


「あ、やっぱり行く」


「〜〜〜」


「痛っ! なんで殴るんだよ」


「うるさいわね! 私の勝手でしょ!?」


「えぇーっ!?」


最近のダインの日常は、大体いつもこんな感じだった。

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