第25話 不思議な三角関係

「お姉ちゃん。今のちょっとずるくない?」


ダインが部屋を出ていくなり、リーナがボソリとつぶやいた。


「あ、リーナ起きてたの? ってか、なにがズルいの?」


対して、シルフィアは軽く髪をかきあげながらそう答えた。

下着姿の胸元があらわになって、姉妹でありながらリーナは少し顔を赤くして俯いた。


「なんで服脱ぐのよ……。ダインがすごい気にしてたじゃない」


「あら、私は寝る時はいつも下着こうよ。知ってるでしょ? それに、傷を見るのに服とか邪魔じゃない? でも……あれ? それで何かリーナが困ることでもあるのかしら?」


「〜〜〜」


わざとらしくそんなことを言うシルフィアに、リーナが口を尖らせた。


「うんうん、だいたいわかるわよ。でも、口にしてくれないとわからないこともあるのよね〜。それはそうと……、私、王都に戻ったらギースとの婚約を破棄しようと思ってるの」


「……え?」


「結婚相手とかアクセサリーみたいなもんだし、本当にどうでもいいと思ってたから、お父様が決めた人でいいやって感じだったんだけど……。リーナのことをあんな風に言う人とは結婚する気がしないわ」


「……。そう言えば……、お姉ちゃんって昔から自分の色恋沙汰には意味不明なくらい無関心だったわよね……」


何かを思い出したように、リーナがボソリとそうつぶやいた。


「?」


容姿端麗で優秀。

さらにリーナと違って人当たりが良く、どこか年齢以上に落ち着いているシルフィアには、昔から老若問わず様々な男性からのお誘いがあった。


だが、シルフィアは一度としてそれらにまともに取り合ったことはない。

ダインからのアタックを含め、その全てをのらりくらりとかわし続けていた。


そんなシルフィアの婚約に絡む今回の一件について、シルフィアには様々な後悔があった。

その中でも最大の後悔は『もっとよくリーナと話すべきだった』ということだった。


シルフィアは、リーナのギースへの思いなど全く知らないまま、深く考えず父に従った。


むしろシルフィアは、ダインとよくつるんでいたリーナはダインに気があるものだとばかり思っていた。

だから、ダインのシルフィアへの気持ちを諦めさせることが、リーナのためにもなるなどと考えていた。

というか、シルフィアの一番の目的は実はそこにあった。


シルフィアは、極度のシスコンだった。

嫌われていようが、口を聞いてもらえなかろうが、昔からリーナの事が大好きで仕方がなかった。


だが……

そうしてリーナのためにと変に気を回しながら動いた結果が、例の大聖堂でのいざこざだった。


儀式の数日前に、リーナのギースへの気持ちを知った時。

シルフィアは自分の勘違いに気づき、あわててリーナとギースの間を取り持とうとした。

そして、状況をさらにめちゃくちゃなことにしてしまった。


シルフィア自身が色恋沙汰に無関心だったせいで、そしてリーナとよく話すことをしなかったせいで、結局はリーナを深く傷つけてしまった。

そんな深い後悔が、シルフィアの中にはあった。


そして……

姉妹でもっとよく話すべきだったという後悔は、リーナの中にも同じようにしてあった。


シルフィアがリーナを気にかけているということは、リーナも知っていた。

それがうざったくて、14歳のリーナは親に反抗する娘さながらにシルフィアを遠ざけていた。


その結果が、互いに空回りをし続けた今回の婚約破棄劇場だった。


そんなリーナには今、シルフィアがギースとの婚約を破棄すると言い出したことによって新しい懸念が生まれていた。


だから……

リーナは、シルフィアに今の自分の気持ちを素直に打ち明けることにしたのだった。


「お姉ちゃん。私……」


「ん?」


「その……、ダインのこと……」


「うん」


「なんて言うか……。もしかしたら『好き』……、かもしれない」


シルフィアはダインの憧れの人。

シルフィアも、そのことは知っている。

だが、シルフィアはダインのシルフィアへの気持ちを『憧れ』とし、ダインのことはあくまでも弟子として扱った。

そして、あえてダインのその気持ちに真剣に取り合うことをしてこなかった。


それでもいつかはチャンスが来ると信じていたダインは、シルフィアとギースの婚約に誰よりも絶望していた。


そんなダインが、シルフィアがギースとの婚約を破棄すると知ったら、当然歓喜するだろう。

そして再びチャンスを得たことで、今まで以上にシルフィアへの猛アタックを繰り出すかもしれない。


そんなダインの気持ちを、もしもシルフィアが受け入れてしまったら……

そこにはもはや、リーナの出る幕などどこにもなかった。


ギースの時と同じだ。

結局、優秀で人気者の姉が全てを持っていってしまう。


だからせめて……

リーナはシルフィアに、今のダインへの気持ちを伝えておきたかった。


それがあざといやり口だとはわかっていた。

ただこれは、シルフィアに対してずっと素直になれなかったリーナの、精一杯の歩み寄りなのだった。


言葉にしなくては、伝わらないことがある。

リーナもまた、今回の一件でそれを嫌というほどに思い知らされたのだった  


「そうね。リーナがリーナの気持ちを教えてくれたから、私もキチンと言っておくけど……。ギースとの婚約を破棄するからといって、私はダインくんとどうにかなるつもりはないわ。だって、彼はあくまでも私の弟子だもん」


そんなリーナに対するシルフィアの答えは、あまりにもあっけらかんとしたものだった。

そしておそらく、ダインが聞いたらとんでもなく凹みそうなものだった。


「で、でも……。お姉ちゃんはいつもダインのこと褒めてたじゃん。今日だって、男前でカッコいいって言ってたし……。実際、カッコよかったし……」


「ダインくんは三つも年下で、私からすればまだまだ子供だからね。だけど、確かにダインくんはいざという時にはちゃんと頼りになるし、気持ちもまっすぐに伝えてくるし……、このままアタックされ続けたら、いつかは私も心が動いちゃうかもしれないわ」


「……う、うん。そうだよね」


「だから、こういうのはどうかしら」


そう言って切り出したシルフィアの提案は、リーナをとんでもなく混乱させるものだった。


「ダインくんが私を振り向かせるのが早いか、リーナがダインくんを振り向かせるのが早いか。それを、ダインくんとリーナで競い合うの。もちろんダインくんには内緒でね。これ、いいアイディアだと思わない?」


「な、何よそれ!? そんなの、お姉ちゃんの気持ち次第じゃない」


「そうよ。でも、私はリーナのことが大好きだから、リーナの恋を全力で応援するわ。リーナも頑張ってダインくんに対して素直にならないと、ダインくんに先を越されちゃうわよ」


「ええっ!? な、なによそれっ!?」


リーナはダインを振り向かせたい。

ダインはシルフィアを振り向かせたい。

そして、シルフィアはリーナの恋を本気で応援している。


「いいじゃない。うん。なかなか絶妙な三角関係ね」


「お姉ちゃん、それ本気で言ってるの!?」


「リーナに対しては、私はいつだって本気よ」


「〜〜〜」


こうして、ここに三人の少し奇妙な三角関係が始まったのだった。


「お姉ちゃんって、たまに本気でわからない……」


リーナがそう言った直後。

廊下からダインのものらしき足音がした。


「!」

「!」


布と水を手に入れたダインが、部屋へと戻ってきたのだ。


リーナとシルフィアはチラリと目を見合わせた後、二人そろって寝たふりをした。


その直後。

部屋に入ってきたダインは、二人の寝たふりに全く気づく様子はなかった。



→→→→→



「あれ、二人とも寝ちゃってるのか……」


そう言って下着姿のシルフィアに近づいたダインは、少し赤い顔をしながらシルフィアの腕の当て布を交換し始めた。


痛々しい傷跡から目を逸らす流れで、どうしてもその胸元に目がいってしまう。

その度にダインは慌てて目を逸らした。


薄目を開けたリーナは、そんなダインをハラハラしながら見ていた。

ダインが男子の欲望に負けて、姉の介抱に不必要な部位を触ろうとしたら……、その瞬間に大声で指摘してやるつもりだった。


だが、リーナの位置からではダインの手元がよく見えない。


触ってないわよね?

お姉ちゃんの変なところ、触ってないわよね?


シルフィアが「ん……」とか「つっ……」とかいったうめき声を上げるたび、リーナの心は飛び上がるほどにざわついた。


今の声は、痛みで思わずってことだよね?

変なところを触られて出た、変な声ってわけじゃないわよね?


「……」


ダインは黙々と作業を続け、腕以外の場所についた魔獣の噛み傷などを、濡らした布で拭い始めた。


合法的に、全身を触ってる!?

ダメじゃないけど……それってダメじゃない!?


そして、リーナはついに耐えきれなくなった。


「ん……。なんか暑い……、わね」


リーナはそう言って、寝ぼけたフリをしながら上着を脱いだ。


「ちょっ……、リーナ!」


振り向いたダインが慌てた声を出す。


「んー、むにゃむにゃ……」


「寝ながら服脱ぐとか、はしたないなぁ……。今から僕もこの部屋で寝るんだけど……」


「む、むにゃむにゃ……。い、いいのよ。私、自分の部屋で寝る時はいつもこうだし……むにゃむにゃ……」


最初と最後の『むにゃむにゃ』は、リーナ自身にとってもわざとらしすぎた。

自分でも、どんどん顔が赤くなっていくのがわかった。


「ここはリーナの部屋じゃないんだけど……」 


そんなリーナに対し、ダインは割と冷静だ。


「う、うるさいわね! 私の勝手でしょ。別にあんたなんかこれっぽっちも意識してないし、し、下着くらい見られても構わないから脱いだのよ。ってかお姉ちゃんも脱いでるじゃん! なんで私の時だけ文句言うのよ! それに私もあちこち噛まれてて痛いんだから、後で私の傷も拭いてよね!」


「……リーナ、普通に起きてるじゃん」


「寝てるわよ! こっち見んなっ! ダインの変態っ!?」


「ええっ!? どっち!?」


そんなリーナと慌てふためくダインの様子を、シルフィアが薄目を開けて楽しそうに見ていた。


「ってか、お姉ちゃんも起きてるわよ」


「えっ!?」


「私は寝てまーす」


「えええっ!? シルフィアさんも起きてたんですか!?」


「寝てるわよー。リーナの傷も優しく拭いてあげてね。バイ菌が入ったら大変だもん」


「〜〜〜」


「なんでお姉ちゃん相手だと慌てるのよ!?」


「あ、いや……、なんというか……」


「むーっ!?」


姉妹からの猛攻(?)にたじたじで、ダインの疲労感はさらに増していった。


それでも……

これはダインが自ら選び、戦ったの末に勝ち取った未来だった。


「ダインの目、なんかイヤラシイわね!?」


「えっ、そんなことないでしょ!? ってか、見せてるのそっちじゃん!?」


「うるさーい!」


「ええ〜っ!」



【第一章・完】



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