第24話 休憩

シルフィアの白翼竜は、ダイン達を乗せてゆっくりと羽ばたいていた。

その飛行はかなり危うげで、よく観察するとふらふらと左右に揺れている。


一時は気絶していたとはいえ、シルフィアの疲労はとっくにピークを超えていた。

腕の傷も、応急処置を施したとはいえ未だに痛みは激しく、本当ならそれだけでも絶対安静にすべき程の怪我だった。


その状態で白翼竜を操り続けるのは、シルフィアにとっても相当につらいことだった。


「シルフィアさん……、大丈夫ですか?」


「ん~? ダインくんよりは大丈夫よ。ダインくんこそ、私にかまわないでいいからちょっとは寝たら? 寝てる間に落っこちたりはしないからさ」


シルフィア同様、ダインの疲労もかなりのものだ。

だが、ダインは師匠シルフィアが召喚体を操作して飛び続けている横で寝ることができなかった。


「そういうわけにはいかないですよ」


ダインは、うつらうつらしながらもずっと意識を保ち続けていた。


「律儀だねぇ。本当に私のことは気にしなくていいのよ」


「もう少し、シルフィアさんと話していたいんです」


「あはは、なにそれ」


ダインが眠れないのには、実はもう一つ理由があった。

このまま飛び続ければ、あと数時間ほどで王都に到着してしまう。


そうなれば、シルフィアと肩を並べて戦った夢のような時間が終わる。

そして、これまでのどうしようもない現実の続きに戻ってしまう。


昨日、シルフィアはギースとの結納の儀式を済ませた。

だから、その婚約はすでに正式なものとなっている。

このまま王都に戻れば、ダインは再びその現実を突きつけられることになるのだ。


もし……

このままシルフィアと一緒にどこかへ逃げられたなら……

それはどんなにいいことだろうか。


ダインはそんなことを妄想しながら、シルフィアの横顔から目を離せなくなっていた。

そして、そんなダインのことを、リーナが薄目を開けてチラ見していた。


「でも……。正直言うと私もさすがに限界かもしれない。やっぱりちょっと休んでもいい?」


それがダインを休ませるための口実だとしても、ダインはシルフィアが休んでくれるのならばそれでよかった。

それにこれで、夢のひと時が少しだけ延びた。


「そうしましょう。あそこに見えてきているのは、たぶんハイラルの街ですね」


「ありがと。あそこを逃すと王都まではもう関所砦くらいしか休める場所がないからね。あそこ、色々臭いのよね……」


街道を行き交う商人や冒険者達を刺激しないように、シルフィアはあえて街から少し離れた地点に白翼竜を向かわせた。



→→→→→



「一部屋一泊で、金貨2枚になります」


「あら、ちょっと高くない? このグレードの宿なら、普通は一部屋で銀貨5枚くらいが相場じゃないかしら?」


「シルフィアさん。ここは穏便に……」


「でも、ちょっと高過ぎない? 店主さん、もし今この宿の宿賃が相場よりも高くなっているというのなら、その理由を聞かせてもらえるかしら?」


「いやいや、金貨は僕が出しますからさっさと行きましょうよ!」


ダインは、受付で揉めて変に目立つようなことを避けたかった。


腕が血みどろのシルフィア。

同じく身体のあちこちが傷だらけのダインとリーナ。


三人とも衣服は薄汚れてボロボロだが、元々の生地が上等なのは見る人が見ればすぐにわかってしまう。

そのため、三人がただの街人や冒険者などでないことは、人によってはすぐに見抜いてしまうだろう。


どこぞの商人か貴族の子女が、野盗か何かに襲われて命からがら街にたどり着いた。

おそらくはそんな風に見えているかもしれない。


力が弱く、さらには金を持っていると思われるといろいろと面倒だ。

このまま目立ち続けて変な奴らに目を付けられるのは勘弁だったので、多少ふっかけられたとしてもさっさと手続きを済ませて部屋に入ってしまいたかった。


「うーん、なんか納得いかない」


「いいから! さぁ、行きましょ」


店主に手早く金貨を支払い、ダインはシルフィアを促して部屋へと移動した。

リーナは半分寝ぼけながら、フラフラと二人の後をついてきた。



→→→→→



「さて、さっそく一眠りしましょ」


部屋につくなり、シルフィアはそう言って床に敷いた簡素な寝床に寝転がった。


部屋には三つの寝床が並んで敷かれていた。

ダインとシルフィアはとりあえずリーナを一番奥の寝床に寝かせ、それぞれに自分達の寝床を確保した。


シルフィアが真ん中になるかと思いきや、なぜかシルフィアはリーナとは反対側の寝床に寝転んだ。


「ってかこの寝床、メチャクチャ硬いじゃない! 床に直敷きだし……、これで金貨2枚とか舐めてない!?」


ぐちぐちと愚痴をこぼすシルフィアは、どこかリーナっぽい。

ダインは、なんだかんだ言ってこの二人が姉妹なのだということを思い出した。


「ま、まぁまぁ、シルフィアさん。落ち着いてくださいよ。僕達の見た目から足元を見られてふっかけられたのは確実ですけど……。それよりも傷の手当てをしないと!」


「私はそれよりも眠りたいわ。私はもう寝るから、手当てがしたかったら好きにしていいわよ。それにしても、ちょっと暑いわね」


そう言って、シルフィアは上着を抜ぎはじめた。


「ちょっ! シルフィアさん!?」


白い肌や胸元が目に飛び込んできて、ダインは思わず赤くなって目を逸らす。


「今日は頑張ってくれたから、手当て以外にもしたいことがあったら好きにしてもいいわよ。それじゃあおやすみね、ダインくん」


シルフィアは特に気にする様子もなく、下着姿のまま寝転んですぐに寝息を立て始めてしまった。


「って、あれ……、僕が真ん中?」


左手側にリーナ、右手側にシルフィア。

受付では早く部屋に入ることばかりを考えていたが……

冷静に考えたら部屋は二部屋取るべきだった。


シルフィアとリーナ嫁入り前の女性達と一つの部屋で寝るとか、普通に考えて色々とよろしくない。


現に今、すでに見てはいけないものを色々と見てしまっている気がするし……


「ど、どうしよう……」


先程のシルフィアの際どい冗談はさておき、すぐにでも傷の手当てはするべきだ。

白魔術師による本格的な治療は、王都に戻ってからになるだろう。


ここでは大したことはできないが、止血用の当て布くらいは清潔なものに取り替えておきたかった。


「……」


仕方がないので、ダインは再び部屋を出て受付へと向かった。

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