第23話 数の暴力

「い、痛いよ二人とも……。そろそろ離れてくれない?」


白翼竜の背にて。

シルフィアとリーナに左右から抱きつかれ、ダインは顔を真っ赤にしていた。


「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!! なんで私たちのこと置いていったのよっ!」


「いや、さすがにリーナのことを守りながらじゃ絶対に勝てる気がしなかったから……」


「覚えてなさいよ! ただじゃおかないから! 一生、耳元で文句言い続けてやるんだから!」


「相変わらず怖いって……」


そんなダインとリーナのやり取りを横で眺めていたシルフィアが、やがてゆっくりと口を開いた。


「ダインくん……。やっぱり、あの剣士と戦ったの?」


「……はい」


「勝ったの?」


「……はい」


銀色の認識票を握り締めながら、ダインがゆっくりと頷いた。


「本当に……? いや……、疑ってるわけじゃないのよ。今ここにダインくんが生きていることが何よりの証拠だもん。でも、どうやって? 全く勝てる気がしないって言ってたの、ダインくんよ? 間違いなく、私でもあいつには勝てる想像ができなかった。それだけ、あいつは強かった。その相手に……、ダインくんの術でどうやって勝ったの?」


夢中になって矢継ぎ早に質問を飛ばすシルフィア。

彼女は、心なしか高揚しているようだった。


シルフィアは、ダインの努力とそこから生みだされる召喚術士としての可能性を誰よりも信じ、認めてきた。

そんなシルフィアだからこそ、自らの予想すらも大きく超えてきたダインの召喚術士としての実力が、気になって仕方がなかったのだ。


「ええと、戦いの最中は夢中になり過ぎて、細かい作戦とかはよく覚えてないんですけど……」


「……うん」


「なんというか、その……、一言で言うと……」


「一言で言うと?」


「数の暴力で、です」


『数の暴力』


あまりに一言すぎるダインのその言葉に、シルフィアは思わず息を呑みこんだ。


その一言は、ダインの戦いの全てを表現するにはあまりにも大雑把なものだった。

だが……、それはダインの戦術を最も的確に言い表した一言でもあった。


無数のゴブリンによる圧倒的な数の力で叩きのめす。

ダインが行ったのは、確かにそういう戦い方だった。

それは、どんな召喚術士にも扱う事の出来ないダインだけの戦い方だった。


「……まったく、私の弟子はとんでもない程の大物だったみたいね」


やがて、シルフィアは感心したようにゆっくりと頷いた。


「なんにせよ、おかえり。ダインくんが生きててくれたことが、私にとっては一番のことよ」


空高く飛び上がった白翼竜は、三人を乗せたまままっすぐに王都へと向かいはじめていた。



→→→→→



やがて……


「しっかし。あの人……、結局助けに来なかったわね」


白翼竜の背にて、シルフィアがポツリと呟いた。

『あの人』というのは、シルフィアとリーナの父、ゼフェル・アートランド卿のことだ。


ダインが転移先の位置情報を間違いなく伝え、ゼフェルがその後速やかに王都を発っていれば、ゼフェルはとっくの昔に増援として現れているはずだった。


風魔術使いのゼフェルが編み出した新術式『反重力・超速飛行』を用いれば、ゼフェルはシルフィアの白翼竜の数十倍の速度で飛行することができる。

その術があれば、王都からコルス大森林までの距離を一時間ほどで移動することが可能なはずだった。


ちなみに、王都からコルス大森林までの地上ルートでは、ウルペルム大山脈を大きく迂回する必要がある。

そうなると、それは丸四日ほどは移動時間をみないとならないような距離だった。


「すみません。王都側に場所を伝えられたっていうのは、もしかしたら僕の勘違いだったかもしれないです」


白翼竜の上で、今起きているのはダインとシルフィアの二人だけだ。

リーナは夜道を歩き続けた疲労から、いつの間にかシルフィアの膝の上で寝息を立てていた。


「気を遣ってくれなくていいわよ。確かに、本当にダイン君がミスってる可能性も無くはないけれど……。どちらかと言うと、あのお父様が『助けには行かない』っていう判断を下した可能性の方が高そうな気がするわ」


「それは……」


「気にしないでいいわよ、あの人はそういう人だもん。それに、戦場ではよくあることよ。腹心の部下だろうが血縁だろうが、状況次第では切り捨てざるを得ない時はある」


「僕は……、そんなのは嫌です」


「そうね。私はそのどちらも否定する気はないわ。私だって、リーナを助けるため、覚悟の上で転移陣に突っ込んだくちだしね。それで、今回みたくちゃんと目的を果たせることもあれば、逆に自分も巻き添えを食ってさらに被害を拡大させてしまうこともある。最悪の場合、自分以外の他人を巻き込んでしまう可能性だってある。今回もそう、私の無茶のせいでダインくんを失うところだった」


「僕は……」


「それでも行くかどうかは、結局は自分自身が決めることよ。だからせめて、どうしても助けたいと思う人は最小限にしておきなさいね。優しさだけじゃ戦場では生きていけないわ。ダインくんがこの世界で生きていくのなら、本番はむしろここからよ。初めての戦場でうまく立ち回れたからと言って、次も同じようにうまく行くとは限らない。『次はもっと上手くやれる』とかって調子に乗って、次回はより多くを手に入れようとした挙句、結局は全てを失うなんてことになるかもしれない。それが、選択。未来のことなんて何もかもわからない中で、より良い未来を掴み取るために、私達はいつまでも、どこまでも考えて考えて、考え抜いて正解のない問題の中で足掻き続けるの。……わかったかしら?」


そして、そこには無数の後悔が付きまとう。

シルフィアは、十七歳にしてすでに数多の戦場を経験し、そのことを実感として持っていた。


「……はい」


そしてダインは、十四歳にして初めての戦場に立った。

そして、本物の命のやり取りを経験した。


本気で自分達を殺しに来ていた相手。

最期はこの手で殺してしまった相手。


自分の術で人を殺してしまったという事実は、少なからずダインの心に重石としてのしかかっていた。


もしまた同じことが起きたとしたら、次も同じようにできるのだろうか?

もしくは、彼を殺さずに済むような、何か別の道を探ろうとするのだろうか?


だが、それでシルフィアやリーナの身を危険に晒し、最悪の結果になったとしたら……悔やんでも悔やみきれない。


彼女たちを守り切れなかった時の後悔を思えば、この手が血に染まってしまった後悔などはとるに足らないことだった。

だとしたら、やっぱり敵対者は打ち倒すしかない。

殺してでも止めるしかない。


望んで殺しなどはしたくはない。

でも……

それでも、相手が自分や自分の大切な人たちを殺しに来るのなら……

どんな手を使ってでも、打ち倒す。


敵に情けなどかけている余裕はない。


それが、選択するということだ。


そして、より多くの選択肢から道を選べるようになるためには……

もっともっと強くならなくてはならなかった。


最弱の召喚体。

今日、それを実戦に耐えうるレベルにまで昇華した。


そこからさらなる力を得るため、ダインがとれる方法はそう多くはない。

今は数の暴力を行使し、ただひたすらに勝つための戦術を組み立てていくより他になかった。


この世界において、魔術は戦うための技術だ。


ダインが今後も術士として生きていくのなら……

その戦いはまだまだ始まったばかりだった。

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