第22話 氷解

そのまま十数分、シルフィア達は森の上を飛行し続けていた。


白んでいた空がすぐに赤く燃え、そして森に朝の光が降り注いだ。


最初は魔術師達の追撃を警戒して高く飛行していたシルフィアだったが、その気配ないことを確認すると徐々に高度を下げて森の中の戦闘の痕跡を探りはじめた。


「お姉ちゃん。ダインの話を聞かせてよ。ダインはどんな風にして、私のこと見つけてくれたの?」


「そうねぇ……、ダインくんは、森の中に落ちて潰れたたくさんのゴブリンを、文字通り死ぬほどの痛みに耐えて復活させたの」


「フィードバックってやつ?」


「うん。滅多なことでは泣かないダインくんが、痛みでボロボロ涙を流してたわ。……それでも『これで相手の裏をかく』って言って、痛いのを我慢しながらゴブリンを復活させてたのよ」


「……」


「そのおかげでちゃんとリーナを見つけられた。……うん。ダインくんは、本当に強い子よ」


「私……、自分のことばかり考えてて……、ダインのことちゃんと考えたことなかったかもしれない。婚約のことも、私が嫌だとか、私が良いだとかそればかりで……」


「それはとても大事なこと。自分の気持ちが一番大事。私がリーナを助けに来たのは、私がそうしたかったから。ダインくんがそうしてくれたのも、ダインくんがそうしたかったから。だからリーナもリーナのしたいようにすればいい。リーナは、そのままでいいと思うわ」


「それじゃダメよ。だって私……」


『ダインに私のことを好きになってほしい』


そう言いかけて、リーナはそれがやはり自分の気持ちなのだと気づいた。


それと同時に、今目の前にいる相手がダインの憧れの人であることをも思い出した。


ダインの気持ちを優先するということは、つまりはダインとシルフィアの関係を応援するということだった。


シルフィアは、そんなリーナの心を見抜いたかのように微笑みながら言葉を続けた。


「ダインくんは私のことが好きだって言ってくれるけど、それってたぶん『憧れ』なのよね。リーナのギースへの気持ちも、たぶんそう。自分にない物を持ってるからこそ気になってるっていうだけ。でも、私が思うダインくんやリーナにとってのベストな相手って、もっとこう……一緒に歩める人だと思うのよね」


「ええと……。それ、どういうこと?」


「ダインくんって、とっても努力家で、これと決めた目標に向かう時にはとんでもない集中力を発揮する一点突破型なのよ。で、多分リーナも同じ」


「いや、そんなことないでしょ? 私飽きっぽいし……」


「そう? リーナがいまだに『魔術の基礎鍛錬』を毎朝欠かさずやってるの知ってるわよ。それもみっちり一時間以上。大抵の魔術師は『増幅の術式を鍛える方が効率いい』って言って、さっさとその鍛錬は辞めちゃうんだけどね」


「だ、だって……、私にはそれしかできないから……」


「自分にやれることを見極めた上で、その中での試行錯誤を繰り返す。そういうのって、いつかちゃんと役に立つ時が来るのよ」


シルフィアが目を覚ました時、リーナはただ発動させただけの魔術で森の魔獣達を圧倒していた。


その時にリーナが行っていたのは『爆発的な魔力放出』と、それに相反する『術式に頼らない緻密な魔力コントロール』だ。

それは、紛れもなくリーナ自身がもがき抜きながら手に入れた力だった。


「そっか……」


「うん」


「でも、やっぱりお姉ちゃんって……、いつもどこか説教臭いよね」


「そうね、……こんなお姉ちゃんは大嫌いなんだっけ?」


「ううん、嫌いじゃない。なんだかんだ言っていつも私のこと心配してくれてるの知ってるから……、本当は大好き」


「あ……」


リーナの言葉に不意をつかれたシルフィアは、面食らって言葉を失っていた。

そして、じーっとリーナの顔を見つめた。


そんなシルフィアに対し、リーナは恥ずかしそうに目をそらした。


ダインだけじゃなかった。

シルフィアもまた、いつもリーナのことを気にかけてくれている一人だった。


「リーナ。もう一度言って!」


「いやよ。恥ずかしい」


「お願い! お願いリーナ!」


「いやっ! やっぱり大嫌い!」


「えー、そんなぁ」


二人がそんなやり取りをしているその時。

白翼竜の真下から……


「おーい。こーこーだーよーーっ!」という大合唱が聞こえてきたのだった。



→→→→



「ダインだ! 今の、ダインの声だよね!!」


「ダインくん!」


それは、天高く声を届かせるための『召喚体ゴブリンの大合唱』だ。

そんな召喚体の使い方は、本体と同じように話すことができるダインの召喚体ゴブリンならではのものだった。


「ダインくん……、本当にいつも。君は私の予想を超えてくるわね」


そんなシルフィアの呟きと共に、白翼竜が森へと急降下していった。


少し開けた広場にて。

ダインは無数のゴブリンに大合唱をさせながら、木にもたれて休んでいた。


そんなダインを二人が見つけ……


「二人とも、無事でよかった」


先に気づいていたダインが二人に笑いかけた時。


シルフィアもリーナも、涙で顔がぐちゃぐちゃだった。


「ダイン‼」

「ダインくん!」


二人がダインを捕まえて、白翼竜が三人を乗せて空高く舞い上がっていった。

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