第21話 ただ発動するだけの魔術

突然に発動したリーナの魔術で、魔獣の身体が切り裂かれた。

思いがけず傷を負った魔獣たちが、一斉にリーナから離れて後ずさった。


その中の一体だけ、リーナの腕に食らいついたまま微動だにしない魔獣がいた。


「痛ったいわね……。とっとと離しなさいよ!」


リーナはその魔獣の牙を、力任せに引き抜いた。


その魔獣は、リーナの魔術に貫かれて生き絶えていた。


落ちこぼれ。

魔術を発動することしかできない役立たず。


それでも……


「私だって、戦ってやるわよ!! だって……、私まだ……、死にたくないもん!!!」


『戦って、生き延びて欲しいんだ』


……ダイン。

そう言えば、あんたさっきそんなこと言ってたわよね。


もしかして、あんたはあの後私がこんなことになるってわかってたわけ?

だとしたらさ……、もう少しちゃんと言ってからいなくなってよ。


もう絶対……

絶対絶対……

絶対に、後で文句言ってやる!


私は絶対に生き延びてやる。


だから……


ダインも……


絶対に無事でいてよ!


「わぁぁぁぁ~~っっ!!」


右手に火の魔術、左手に風の魔術を発動させ、リーナはそれをめちゃくちゃに振り回した。


「お姉ちゃんから離れなさいよっ! でなけりゃ、私の火で燃やしてやるっ!! 私の風で引き裂いてやるっ!!」


リーナの魔術に追われた魔獣達がシルフィアから離れ、シルフィアが身体をのぞかせた。

シルフィアは服がボロボロになり、全身に無数の裂傷を負っている。


「お姉ちゃん!? 生きてる!?」


リーナがシルフィアに気をとられた隙をつき、魔獣がリーナの両足に嚙みついた。

左右同時に、二体。


「痛ったいわね!! 私に触らないでッ!!」


右足の魔獣の顔面を両手で掴み、リーナは思いっきり火の魔術を発動した。


肉の焦げる匂いと魔獣の悲鳴がこだまする。

それと同時に、リーナの足に食らいついていた魔獣が硬直し、牙がさらに深く突き刺さった。


「痛い痛い痛い! もう、ほんとに最悪!! あんたもよっ!!」


もう片方の足に噛みついているもう一体。

こちらは今の失敗を教訓にして、顎の筋肉から先に風の魔術で切り裂いた。


リーナの反撃で、瞬く間に二体の魔獣が地に伏した。


残る魔獣達はリーナ達から距離をとり、その隙を窺っていた。



通常の魔術師の魔術とは、小さな魔力の種を複数の術式で増幅し、そうして初めて実戦で使えるようなレベルの威力になるものだった。


だが、今この瞬間。

リーナの手のひらの中で発動している魔術は、魔術式を付与されていない純粋な属性魔力の塊だ。


『燃え盛る火』そして『渦を巻く風』


ただ、それだけのもの。


本来ならば、実戦レベルの威力には到底満たないはずのもの。

それが今、森の魔獣達にとって大きな脅威となっていた。


その理由は……

そこに込められたリーナの爆発的な魔力の量だった。


リーナの手のひらの中の魔術には、並みの魔術師が扱う魔術の数十倍の魔力が込められていた。


並の魔術師であれば、そんなことをしたら一瞬で魔力切れを起こす。


だが、リーナは違った。

リーナの生来の魔力量は、父や姉と同様に並外れて多い。

故に、その爆発的な魔力を込めた術を維持し続けることができるのだった。


「このっ……! あっちに行きなさいよっ!!」


火を纏った拳を振り回し、リーナが周囲の魔獣を威嚇した。


リーナは魔術を飛ばすことができない。

リーナは魔術を発動させることしかできない。


そのためその攻撃方法は、手のひらの中で発動させた魔術を直接叩きつけるより他になかった。


魔術の『発動』しかできない落ちこぼれ。

その魔術は、どう考えても戦いには不向きだった。


だが今は、そんなことはどうでもいい。


「どんな手を使おうが、要は殺して生き残れればいいんでしょ!? ……来るなら来なさいよっ! 全員ぶっ殺してやるからっ!!」


リーナの叫び声が森にこだまする。

先ほどまでは追っ手を警戒し、明かりすらつけずに逃げ惑っていた。

だが、もう今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


逃げ惑う時間は、もう終わったのだ。

もう逃げられないところにまで追い詰められてしまった以上、ここからはもう、前に出て戦うしかなかった。


「さぁ……、かかって来なさいよっ!」


炎と風の魔術を振りかざし、リーナが前に踏み出した。

森の魔獣達が身構えて、一斉にリーナへと飛び掛かろう牙を向く。


その時……


「リーナ……。私がちょっと寝てる間に、随分とたくましくなったじゃない」


突然、後ろからシルフィアの声がした。


「……えっ?」


驚き、リーナが振り向くのとほぼ同時に、二人の真下に召喚陣が描かれた。


一瞬にして描かれたその光輝く召喚陣から、白い羽毛を纏った白翼竜の巨体が踊り出できた。


その召喚はほぼ一瞬。

シルフィアにとって、白翼竜の召喚とはそれほどまでに手慣れた作業だった。


「ごめんねリーナ、大変だったでしょ?」


「お姉ちゃん!!」


リーナとシルフィアを乗せた白翼竜が、大地を蹴って夜空へと飛び立っていく。


「あーあ、全身痛過ぎ……。なんか知らない間に身体中に傷が増えてるし、頭痛も凄いし吐き気も酷い。よくこの状態で普通に召喚なんかできたわね。やっぱり私って、ダインくんとはまた違ったタイプの天才ね……」


「お姉ちゃん……」


「リーナ……、無事でよかった」


白翼竜の背の上で、シルフィアがリーナを抱きしめた。


「『無事でよかった』とか。それ、こっちのセリフでしょっ!?」


「そうね。心配かけてごめんね」


「心配なんて……、メチャクチャしてたわよ! うぅ〜〜〜〜っ!」


空高く飛び上がった白翼竜の背にて。

しばらくの間、そのリーナの鳴き声だけ響いていた。


東の空には、再び太陽が顔をのぞかせ始めていた。



→→→→→



大空へと飛び上がった白翼竜は、グングンと高度を上げてやがて雲を突き抜けた。

未だ森に潜んでいる可能性のある魔術師達を警戒し、シルフィアは敵の魔術が届かない範囲にまで逃れたのだった。


危機的な状況は未だ続いていた。


「リーナ。……ダインくんがいない。ダインくんは……、どうしたの?」


やがて、シルフィアが静かにそう問いかけた。


この状況で、ダインがリーナ達と共にいない意味。

それは、普通に考えれば最悪の事態が起きたという事だった。


「お姉ちゃん、森に戻って! ダインを助けに行かなくちゃ!」


「落ち着いてリーナ。私が気絶してる間に何があったのか、詳しく聞かせてちょうだい」


「……うん。ダインとは、途中まで一緒に敵から逃げてたんだけど……。いつの間にかダインがゴブリンと入れ替わってたの。それで、ゴブリンのダインが『ダイン自分は戦うからリーナはお姉ちゃんを連れて逃げろ』って……」


リーナの言葉を聞き、シルフィアが唇を噛み締めながら天を仰いだ。


「まったく。私がちょっと寝てる間に……あのバカ弟子は、びっくりするほど男前になってるじゃないの……」


そう言って、シルフィアはうつむいた。

そして、静かに涙を流し始めた。


「お姉ちゃん?」


「ごめん……、ごめんね。ちょっとだけ泣かせて」


「ダインは……」


「ダインくんは、リーナのために転移陣に飛び込んだの。それで、私と一緒に戦ってくれた。リーナを見つけられたのも、ダインくんのおかげだった。それなのに……、こんなことに……」


「な、なんでそんなこと言うのよ! なんでお姉ちゃんが泣いてるのよっっ!」


「だって……」


「なんでお姉ちゃんが諦めてるのよっっ! ダインも、生きてるかもしれないでしょっ!?」


「……相手の剣士はとんでもなく強かった。あれは、下手をしたら剣聖ガーランド様並みよ」


「それでも、ダインが勝ってるかもしれない。ダインが死ぬはずない! いつもいつも、お姉ちゃんが自分で言ってたことじゃない!? ダインは凄いって。ダインは、ゴブリンしか召喚できなくてもちゃんと凄いって!」


「ダインくんは……」


「絶対生きてる! 私は、ダインを見つけるまで帰らないから!!」


「……」


「お姉ちゃん! ダインを探そうよ!」


「うん、そうだね……。ダインくんを探しましょ」


そう言って、シルフィアは白翼竜を操って再び雲の下へと降下して行った。

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