第19話 一対一の死闘②
目の前の喧騒とは打って変わり、ダインの心は驚くほどに冷静だった。
リーナ達のことは気にかかる。
司祭の行方も気にかかる。
だが、今はこの目の前の戦いに集中しなければならない。
ここを生き延びられて初めて、その先のことが考えられる。
だから、今はとにかくこの戦いに全てを懸けた。
次々と展開していく召喚陣を、ダインは全て戦場の中心に向けて空中に配置していた。
そのような配置をとることで、ダインは『必ず、陣から這い出たゴブリンの真正面には敵がいる』という状況を作り出していた。
そうすることで、召喚体操作にかかる自身への負担を軽減していた。
起き上がる。
正面に向けて走り出す。
一定の距離で待機する。
機を見て飛びかかる。
直接的な攻撃に向かうゴブリンが行うのは、その四動作のみ。
それ以外のことは気にすることをやめた。
敵が移動して戦場の中心部が動けば、それに合わせて徐々に陣の配置を組み替えていく。
使用しない召喚陣も、後ほど再利用できそうであれば召喚を停止して残しておいた。
敵の動きはとてつもなく速い。
あえて本体を晒しているダインの誘いに乗る時もあれば、乗らない時もある。
これから先、戦場がどう動くかはわからない。
ダインは常に一定の距離を取りながら相手の動きよくを観察していた。
観察しているのはダイン本人の目ではない。
本人の立ち位置は、以前配置した召喚陣の中心へと再び剣士を誘導するための、ただのおとりだった。
ダインがこの戦場を
そして剣士に攻撃を加えているゴブリン達の視界を、ダインはあえてほとんど認識していなかった。
完全なる分業化。
ダインは
感覚的にそれを理解して、的確に実行していた。
一種の召喚体しか召喚できないのならば、その一種の中で異なる役割を分担する。
『自分にできることをする』
『召喚体のレパートリーなんてものは、そのための手段に過ぎない』
シルフィアから聞かされたその言葉が、ダインの中で繰り返し流れていた。
心の芯は冷静に。
それでいて、野獣のように目的に喰らいつく。
シルフィアさんと、リーナと、ここから生きて帰る。
そのために、ここでこの男を止める。
完全に身動きができないようにして、二度と自分たちの脅威になり得ないようにする。
そのために……
今の自分にできることをする。
できることを全て試していって、この戦いに勝つ。
横薙ぎの斬撃で、また三体のゴブリンが壊された。
間違いなく、この剣士はギースを超える強敵だ。
だが、戦闘開始と同時に召喚を開始したギース戦とは違い、ゴブリンを増やすための準備時間はたっぷりとあった。
さらに、相手の
腕が二本の剣士である以上、それがどんなに速くても人の域を超えた動き方はできないはずだった。
剣聖の息子として育ったダインは、たとえ腕は良くなくても剣術に対する理解は深かった。
そのよく知る剣術を、召喚術士としての技量でねじ伏せる。
勝てなければ死ぬ。
だから、術の失敗で死ぬという危険を犯してでもダインはゴブリンを増やし続けた。
死の危険があるからとシルフィアに止められた『二十体召喚』のその先の先へと、ダインはあっけなく足を踏み出していた。
一薙ぎで三体のゴブリンを葬った剣士の背後から、ダインは二体のゴブリンで飛びかかった。
剣士が旋回し、ゴブリンを斬り払う。
後ろに目が付いているのかと思うような反応速度だ。
その剣速は、兄よりも速いが、父よりは遅い。
ダインはその剣をゴブリンの身体で受けながら、次なるゴブリンで剣士へと掴みかかった。
これまでは身体の動きや感覚がついていけずにどうにもならなかったほどの剣速にも、複数体のゴブリンの目と身体を組み合わせれば、なんとか喰らいつくことができた。
目の前にいては全く追うことのできない程の剣速も、遠目から複数の召喚体の目を通すことである程度まで正確に理解ができた。
例え剣撃が見えなくても、剣士の身体の動きからその剣の切先の向かう先が読めた。
だいぶ、目が慣れてきた。
対応力が上がってきた。
この次は……
相手の動きの、さらに先を読む。
剣を振らせ、隙をつくる。
その隙に飛び込んで、致命的な一撃を加える。
それができれば勝てる。
それは、ダインには扱うことのできなかった父の剣術だった。
まるで複数の要素を組み合わせた難解な謎解きのように、相手の動作の一つ一つを丁寧に見極めて、バラバラに分解してほぐしていく。
積み重ねた連携と連撃をもってして、その先にある到達点を目指す。
……見えるぞ。
剣士には、斬撃の直後のコンマ数秒、次の動作に移ろうとする時にどうしても身体が硬直する瞬間がある。
それは、人の身である以上どうしても存在してしまう隙。
本来ならば、その隙を突くことは人間の限界を超えた感覚と動きでなければ叶わない。
だが、複数の視界と複数の身体を持つ今のダインであれば……それができる。
「ぐっ!」
剣士の呻き声が聴こえた。
ダインの猛攻に、剣撃だけでは対応しきれなくなった剣士が、ついに剣とは真逆の方に向けて蹴りを放った。
複数のゴブリンが巻き込まれ、もつれて吹っ飛んでいく。
だが……
大振りなその攻撃で、剣士の体勢が崩れた。
「くっ!」
横から踊り出たゴブリンの爪が、体勢を立て直そうとする剣士の足を掴む。
そのまま無我夢中で手繰り寄せた。
だが、斬られた。
……首だ。
でも……
すでにもう三体、前後左右から剣士の身体につかみかかる動作へと移っている。
「馬鹿なっ!」
ほぼ同時に行動を開始した後続のゴブリン達が、剣士の左手と肩に組みついた。
その過程で二体が斬られたが、もはやどうでもいいほどに小さな犠牲だった。
しがみつけ!
引き裂け!
喰らいついて喰いちぎれ!
「くっ!!」
剣士がダインの本体を見据え、無我夢中で突進してきた。
そんな剣士に向かい、左右からダインの伏兵が襲いかかる。
剣士の攻撃は、一足跳びではダインに届かない。
ダインは、そういう風に戦場をコントロールしていた。
「う、おおおおーーーーっ!!」
全身にゴブリンをまとわり付かせ、剣士が恐怖の雄叫びを上げた。
剣を振い、身体を無茶苦茶に振り回りながら、組みついてきたゴブリン達を必死に振り解こうとしている。
離すものか……
だがこの爪では弱すぎる。
このままでは引き剥がされる。
ならばその牙で喰らいつけ!
ゴブリンが一斉にその口を開け、剣士の身体へと喰らいついた。
「がっ! ぐぅっ!」
次々と壊されていくゴブリンを、ダインは次々と放棄した。
そして、次々と新たなるゴブリンを送り込み、剣士の身体へと喰らいついていった。
口の中いっぱいに、ドロリとした鉄の味が広がっていく。
その味は最低だ。
その舌触りは最悪だ。
油断すれば、そのまま嘔吐してしまいそうだった。
斬られた。
蹴られた。
潰された。
全身を破壊し尽くされ、召喚体を通してすでに二百回以上は殺されている。
また致命傷を負わされた。
その全ての死の感覚が、ダインの中に薄ぼんやりと残って積み重ねられていっていた。
「あ、あああっ! ううがあああーーっ!」
ダインは、無我夢中のままに剣士の身体を屠り続けた。
→→→→→
気付けば、そこには血溜まりができていた。
剣士は地面に這いつくばるようにして倒れ、その場で事切れていた。
全身を齧りつくされて血を失い、血溜まりの中で生き絶えていた。
「……」
人を殺した。
名前も知らぬ剣士を、ダインは死闘の末に殺してしたのだった。
頭の奥がズキズキと痛い。
口の中に広がる血の味に、ダインは思わず嘔吐した。
……勝った。
……殺した。
そこに後悔はない。
だが、物語の英雄達が手に入れるような、勝利の喜びなども沸いては来なかった。
感覚が壊れている。
あまりにも
それを取り戻すのには、今しばらく時間がかかりそうだった。
血溜まりの中に喰い千切られた銀色の認識票が見え、ダインはそれを回収した。
殺してしまった相手の、せめて名前くらいは知っておくべきだと思った。
「シルフィアさんと、リーナのところに行かなくちゃ……」
ダインは、リーナの近くに置いてきた召喚体に再び意識を繋ごうとして、そのつながりを探った。
だが、その直後に再び嘔吐した。
どれくらいの時間剣士と戦い続けていたのか、もうわからない。
気付けば周囲のゴブリン達は一体残らず倒れ伏し、その形状を保てずに魔力の粒子となって大気に溶け始めていた。
体がだるい。
頭が重い。
あの2人は無事だろうか?
ダインはもう一歩踏み出して、そのまま地面へと倒れ込んだ。
手慣れているはずの自分の身体の操作が、全くと言っていいほどにままならなかった。
完全に、やり過ぎちゃったかな……
先程の戦いは、どう考えてもダインの限界を超えていた。
未だかつて踏み込んだことのない領域に、無我夢中のまま足を踏み入れていた。
ふよふよと意識が浮遊する。
今ここに、自我のある自分がいることが信じられなかった。
まるで、ゴブリンの方が自分の本来の身体であったかのような錯覚に陥ってしまう。
ゆっくりと身体を起こしたダインを、もう一人のダインがどこか遠くから眺めているような気がした。
ああ、これなら上手く身体が動かせそうだ。
これならば召喚体の操作と同じだ。
ダインは、再びゆっくりと一歩を踏み出した。
今度は倒れなかった。
「シルフィアさん……、リーナ……、無事かな……」
もう一歩。
さらにもう一歩。
歩くという動作をじっくりと確かめるように繰り返し、ダインは一歩ずつ前へと進んでいった。
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