第16話 対峙

「ダビングン、ゾドド、ゲンジドブゴギバ?」


「シルフィアさん、そっちは白翼竜の口ですよ!」


「あ、間違えた。……外の剣士の動きは?」


「剣士はまだまだ遠くにい……いや、やっぱりヤバいです!!」


「ダインくん、何がヤバいの?」


「剣士が転移陣に入りました! ゴブリンもそのまま転移陣に突っ込みましたが、まだ行き先はわかりません。おそらくはこの近くで……」


「あー、たぶん目の前だねそれ……」


ダイン達が向かう洞窟の外からは緑色の光が溢れ、その光の中から黒い影が躍り出してきた。


転移陣を抜け出た剣士は、洞窟の入り口付近に陣取っていた絶鬼を一瞬で叩き斬ると、そのまま洞窟の中へと走り込んできた。


「真正面かぁ……最悪ね。二人ともしっかり掴まってて!」


「待って! 私、縛られててどこも掴まれない!」


「リーナは私が捕まえとくよ」


白翼竜が身体を回転させ、洞窟の壁ギリギリへと張り付いた。

メチャクチャな方向に重力がかかり、ダインの身体があちこちに踊る。


そんな中、シルフィアは雷蛇らいだの巻きついた右腕を突き出して、雷撃を放った。


だが、その雷撃は剣士には命中せず……

白翼竜は、すれ違い様に両翼を斬られて地面に落ちた。


堕ちる白翼竜。

だが、白翼竜はそのまま大地を踏み締め、それを思い切り蹴り飛ばした。


走る。

羽がなくても足がある。

今あるもので精一杯に足掻く。


シルフィアの右腕は、雷蛇らいだが巻きつき攻撃の要となっている。

その右腕の代わりに、シルフィアは斬り裂かれて血みどろになった左腕でリーナを捕まえていた。

そしてシルフィア自身は、白翼龍の胴体に両脚を絡めて掴まっている。


使える物を総動員して足掻く。

それが、シルフィアの戦い方だった。


だが、その直後……

白翼竜は、尾から尻、そして右足にかけてを真後ろからの斬撃で切り裂かれてしまった。


「ごめん、今度こそやられた!」


ガクンという衝撃が加わって、白翼竜の腹が地面をこする。

血飛沫が舞い、それと同時にダインたちの身体は空中へと投げ出されたのだった。


リーナを抱きかかえたまま宙を舞うシルフィアは、身体を反転させてその右腕を再び剣士に向けて突き出した。


追撃のため、白翼竜の身体を飛び越えて空中にいた剣士の顔に、焦りの色が浮かぶ。


「くたばれっ!!」


バチンという衝撃音と共に、目がくらむような稲光が空中を引き裂いた。

そのいかずちはダインの身体をかすめ、収束したまま直進して黒い剣士の身体を直撃した。


そのままシルフィアは洞窟の外へと投げ出され、リーナを庇いながら森の木に激突した。


「くっ、シルフィアさん! リーナ!」


地面に投げ出される際、ダインは転移してきた外のゴブリンで自分の身体を受け止めた。

ダインはゴブリンと共にもつれるようにして地面を転がり、その転がる勢いのままにシルフィア達の方へと走り寄った。


「お姉ちゃん!!」


「あっ……うぅ……」


シルフィアは、後頭部をしこたま木に打ち付けて気を失っていた。


「……くっ! 逃げるよリーナ!」


ダインの判断は早かった。

すぐさまリーナを助け起こし、シルフィアの身体を抱きかかえると、そのまま森の中へと走り出す。


「あいつは僕が足止めする! リーナはとにかく走って!」


「私っ、手ぇ縛られてるのよっ!」


「それでも走って! 今はそれを解いてる余裕なんかないから! 転びそうになったらゴブリンが支えるから!」


「んもーっ!」


リーナと共に森の中を走りながら、ダインは次々と召喚陣を展開していった。


あの剣士が、雷撃だけで止まるとは思えない。

シルフィアが作ったこの時間を、なんとか次に繋げなくてはならない。


「出てこい、僕の召喚体っ!」


ダインの召喚陣から、次々とゴブリンが召喚され始めた。


通常の召喚士は同時に操る召喚体を二〜三体ほどに留める。

それ以上になると、召喚体へと転写した意識が薄まりすぎて、その操作が困難になってしまうからだ。


五体以上の同時操作は、意識が薄まりすぎて破壊されてしまう危険性が飛躍的に上がるとされていた。


そんな中でダインは……

『最弱の召喚体しか扱えない』という決定的な弱点を補うべく『より多くの召喚体ゴブリンを同時に操る』という一点に特化した訓練を繰り返していた。


『出来ないことを考えるのではなく、出来ることに目を向ける』


それは、そんなシルフィアの教えによるものだ。

シルフィアの教えを受けて、これまでダイン自らその方向へと自分の能力を特化させてきた。


そして、これまでの訓練中にダインが同時に操ってみせた召喚体の数は、最大で二十体。


現存するどの文献にも、それほどの数の召喚体を操った召喚術士の記録は残っていない。


王立図書館で発見することのできた最多の召喚体同時操作の記録は……

十九体の魔獣をなんとか同時に扱えた召喚術士が、二十体目に挑戦してそのまま自我を失ったという事故事例だった。


故にそれは、紛れもなくダインだけの天才的とも言える才能だった。


そして今、ダインが召喚している召喚体はとっくに三十体を超えていた。

ここから先は、ダインにとっても本当の意味での未知の領域だった。


「つっ……」


洞窟の入り口付近を監視していたゴブリンが、洞窟内から出てきた剣士によって斬り裂かれた。


ダインの脳内で横並びになっている、いくつものゴブリン達の視界。

その中の五つの視界に、黒づくめの剣士が同時に映る。


「っ!」


とりあえず、前に向かって突進した。

そして、斬り裂かれた。


この召喚体はもうダメだ。

こっちももうダメだ。

そう認識した瞬間、ダインは次々と召喚体を放棄してその意識を切り離した。


そうしながらも、後方に展開した召喚陣で次々とやられた分のゴブリンの代わりを補充していく。


次々と斬り裂かれていくゴブリンを、別のゴブリンの視界でとらえる。

そんな戦場に、ダインは次々とゴブリンの身体で向かっていった。


「弱い! 弱すぎる!」


剣士が叫んだ。

その声は、苛立ちに満ちていた。


「先程の渾身の雷撃も、俺の命を奪うには至らなかった! あの程度の雷鳴など、我が剣で斬り裂いてやったわ! これではぬるすぎる! 剣聖ガーランドはどうした!? ここにくれば、やつと死合えるのではなかったのか!?」


また、ゴブリンが斬られた。


その剣は超速。

薄暗い夜の森の中、斬られたゴブリンの視界だけではどう斬り殺されたのかを把握することすらも難しかった。


ただ、ダインには複数の視界がある。

前後左右から黒い剣士を見据える十対を超えるゴブリンの目を通して、ダインは剣士の動きをある程度まで正確に把握していた。


横薙ぎの一線で首を飛ばされた。

その剣で次のゴブリンが胴を薙ぎ払われ、さらにもう一体が首筋から袈裟けさに斬られる。

それらが一瞬のうちに一つの動作として繰り出されていた。


複数の目で遠くから見ることで、なんとかその剣術を理解することができていた。

その剣術は、どこか父や兄と似ていた。


敵の身体が右に動いた。

意識が右に逸れた。


左が手薄。

でもそうはならない。

この敵は全身で周囲の状況を把握している。

死角であるはずの場所が死角になっていない。


ああ、また斬られた。


旋回しながら横殴りに三体同時。

流れるような剣筋だ。

この相手は速さだけじゃない。

感覚の鋭さも並の剣士のレベルじゃない。


そのどれをとっても、ギースのものをはるかに上回っている。


くそっ、また斬られた。

この一瞬で十体近くもやられてる。


くそっ、くそっ、くそっ……

でも……、まだ、まだ、まだだ。


一瞬で十体のゴブリンが斬られるのなら、僕は次の一瞬で十体一のゴブリンを補充してやる。


森の中に展開されているダインの召喚陣は、すでに十枚を越えていた。


それらの召喚陣を総動員して、斬られるそばから新たなゴブリンを補充する。

そして剣士の足止めに向かい、補充したそばから次々と斬られていく。


ダイン達の逃走ルート上の召喚陣もまた、次々と破壊されて行った。

対してダインは、必死に走りながらさらなる召喚陣を補充していった。


それでも、剣士との距離は徐々に詰まっていく。

追い込まれるのは、時間の問題だった。



→→→→→



ダインは森の中を走っていた。


一定間隔おきに召喚陣を展開し、次々と召喚体を召喚していく。

今のダインにとっての生命線は、この召喚の速度だけだった。

少しでも対処が遅れれば、簡単に追いつかれてしまう。


一体では一瞬の足止めにしかならない最弱のゴブリンを、ひたすら大量に作り出してぶつけつづける。

それが今のダインにできる最大限の抵抗だった。


「ぬるい! こんな馬鹿げた茶番にいつまで付き合わせるつもりだ!?」


剣士が叫ぶ。

剣筋に怒りが満ちて、剣速が加速した。


それでも、ダインは走る。

走って走って、一瞬でも長く生きる延びる。


それが、今のダインにできる最大の抵抗だった。


そして、ついに断崖のふもとへと追い込まれた。

ダインの目の前に聳え立っているのは、到底登れそうもないような断崖絶壁だ。


「さて、終わりにしようか。……女を渡せ」


「さぁ……それって、誰のこと? 女の子なんて、いったいどこにいるのかな?」


「? ……っ!!」


剣士の目に映ったダインは、一人きりだった。

正確には、ダインの周りには今も多数のゴブリンがいたが……

とにかく、ダインは一人だった。


担いでいたはずのシルフィアの姿も、横にいたはずのリーナの姿もない。


「……そうか。二手に分かれたか」


「うん……。そういうこと」


ダインが、あまりにもわかりやすく召喚陣を展開しながら逃げ続けていたのは、つまりは『誘い込み』だ。

そのような分かりやすい道標があれば、敵は当然そちらに向かってダイン達を追いかける。


だが、それはダインが仕掛けた罠だった。


ダインが召喚陣を展開しながら逃げ続け、そして敵を引き付ける。

その隙に、途中で入れ替わった召喚体を用いてシルフィアとリーナを別の方向へと逃す。

それが、ダインの策だった。


「まんまとしてやられたというわけか。つまりは小僧……、死ぬ覚悟はできているというわけだな?」


「そんな覚悟、できてるわけないじゃん。死にたくなんかないよ」


「……だが、お前はこれから死ぬ」


「なんでそう思うの?」


「お前のお遊びのような術では、俺には絶対に勝てないからだ」


「……そうかな?」


それはそうだろう。

相手の剣は相当な高みまで磨き上げられている。

まともにやったら、ダインに勝ち目などない。


でも、そんなこと誰が決めた?


「僕が出来てるのは死ぬ覚悟じゃない。……戦う覚悟だ!」


頭の芯は冷静に、それでいて心は野獣のように研ぎ澄ます。

負けるなんてことは可能性の一つだ。

ならば、勝てる可能性のために全力を尽くす。

ギラギラと心を研ぎ澄ませ、全てを懸けて勝ちに行く。


使えるものは全部使って、考えられる可能性は片っ端から試して行って、馬鹿みたいに足掻いて足掻いて足掻き続けて、貪欲に目的に食らいつく。


諦めたらそこが終着点だ。

まだここにダインの意識が残っている以上、どこまでも、いつまでも足掻き続ける。


そうするべきだった。


それが、尊敬する師の教えだった。


「いくよ!」


「小僧、茶番は終わりだ」


剣士が剣を構え直すと同時に、ダインはその場に多数の召喚陣を展開した。


さらに、周囲の森の中から二十を超えるゴブリンが躍り出て、一斉に剣士へと襲いかかった。


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