第13話 攻守の交代
シルフィアとダインが展開した召喚陣に向かって、森から一斉に魔術が飛んできた。
「僕が防ぎます!」
ダインは先ほどと同じ要領で次々と迫り来る敵魔術の軌道を逸らしていった。
「なかなか息ピッタリじゃない? さすがは師弟って感じ!? ってか、ダインくん大丈夫? 一度に操る召喚体の数、多過ぎない?」
シルフィアの言葉に、ダインは曖昧な感じで笑い返した。
シルフィアの指導中にダインが操った最大の召喚体数は、二十体だ。
それ以上は危険過ぎると、シルフィアからストップがかかった。
だが今、ダインは既に三十を越える数の召喚体と意識を繋いでいた。
森の中に十八体。
空中の召喚陣からぶら下がっているのが十四体だ。
「とりあえずは、大丈夫そうです。それより、本番はこの後ですよ!」
「あら、言うようになったじゃない」
そうこうしているうちに、シルフィアの絶鬼が召喚陣を完全に抜け出した。
そして、そのまま直下のゴブリンたちを巻き込みながら森の中へと落下していった。
ダインのゴブリンがそのまま絶鬼の下敷きになり、落下の衝撃を和らげた。
完全につぶれたゴブリンは、さすがに修復の見込みもなくただの魔力の残骸になって消えていった。
難を逃れたゴブリンが五体ほど、絶鬼と共に立ち上がった。
「ダインくんのゴブリンって、実はとんでもなく優秀なサポーターよね!」
「これといって特殊な性能はないので、こうやって身代わりになるくらいしかできませんよ……」
「それで十分よ。命を捨てて身代わりになるとか、生身の人間にはそうそう出来ないことだもの。それだけでもとんでもないことよ。フィードバックが全くないところを見ると、意識転写の解除も完璧。師匠として鼻が高いわ」
「そんなこと言ってる間に、敵が来ましたよ。今、山脈側のゴブリンが二体ほど斬られました」
照れ隠しで喋り始めたダインの言葉に、徐々に焦りが混じっていった。
「……さ、三体目。もう来ました!」
ダインがそう叫んだ瞬間。
森の中の絶鬼の前に、全身黒い衣装に身を包んだその男が現れた。
その刀身はやや湾曲している。
現れた瞬間、瞬時に絶鬼との距離を詰めてきたその男に対し、先に反応したのはダインだった。
地を蹴り、腕を振り上げた二体のゴブリンが黒づくめの男へと飛びかかる。
だが、一閃。
「くっ……」
普通の人間であれば、何が起きたのかさえわからないであろう一瞬のうちに、ダインのゴブリンは二体とも斬り伏せられていた。
一体は身体を上下に真っ二つにされて早々に消滅し、もう一体は両足を斬られて地面に這いつくばった。
ダインはその状況を、別のゴブリンの目を通して視認することで把握した。
あまりにも早いその斬撃は、明らかにギースのものを上回っている。
「こ、この相手はヤバすぎます! シルフィアさん、逃げて!」
そう言いながら飛びかかったダインの操る三体のゴブリンは、一瞬にして斬り捨てられていた。
そして、そのまま黒づくめの剣士が絶鬼の脇をすすり抜けた。
「……えっ?」
シルフィアの呆然とする声が、白翼竜の背に響く。
シルフィアは戦士ではない。
ゆえに、たとえ戦士として優秀な身体能力を持った召喚体を作り出し、それを自在に操っていたとしても……、その根本にある戦闘センスはシルフィア本人の能力の域を出ないのだった。
並の相手であれば、それでも十分戦える。
オーガの身体能力をベースにした絶鬼の力があれば、それだけでも相当に強い。
死を恐れない、巨体の召喚体がただただ剣を振り回す。
それだけでも、並の相手にとってはあり得ないほどの脅威だった。
だが、この相手は格が違う。
「……あれ?」
思わず振り返ったシルフィアの、絶鬼側の視界がグルリと回転した。
身体だけが後ろに振り向いて、取り残された首から上がコロリと転げ落ちていた。
「あっ……、まずい……」
そうつぶやいたシルフィア本人の首に、赤い筋が一文字に走る。
驚愕のその表情が、ひっ迫した状況を示していた。
「シルフィアさん!? 今斬られたのは召喚体です!! 斬られたのはシルフィアさんの首じゃな……」
言いかけたダインの口を、シルフィアが手でふさいだ。
「そこで、そのセリフはいただけないかな。私が斬られたのは……腕っ!」
シルフィアの首の赤線が消え、次の瞬間、ビキッという音を立てて代わりに左腕が裂けた。
大量の血が溢れ出し、その痛みにシルフィアが顔を歪めた。
すでに生じてしまった、感覚のフィードバックによる傷の跳ね返り。
それを、シルフィアは致命傷になりかねない
シルフィアは、意志の力で半ば無理矢理にそれをやってのけた。
次元の違う、天才的な召喚操作の技術力だった。
「ダインくん。召喚体の首を斬られた召喚術士に向かって、『首斬られた』とか言っちゃダメでしょ。私じゃなかったら死んでたかもよ」
「す、すいません」
「まぁ、結果的に私は大丈夫だから、次から気を付けて。とにかく落ち込まないで。それにほら、ダインくんが一瞬でも時間稼いでくれたおかげで、こっちも斬られる心の準備ができたってものよ。さっきやられた時は、逆にどこをどう斬られたのかさえわからないままだったから……」
「それでも、すみません」
「はいはい。お詫びの代わりに私の腕の止血をお願い。片手じゃうまくできないのよね。っと、それよりも……あいつが来たのは山脈側からだった?」
「はい。おそらくは」
「それなら、
「わかってます。僕は、このままゴブリンで山脈側を重点的に探ります」
「うん、よろしく。召喚士が二人もいるとそこらの戦術部隊並みの戦略が組めるわね! これなら大抵のことはできる気がするわ!」
多数の敵魔術師に対し、こちらの陣営はたったの二人きり。
だが、その二人が同時に操っているのは二十を超える数の召喚体だった。
「さっきの剣士には、まったく勝てる気がしないですけどね……」
「まぁ、たとえ勝てなくても、別に勝つ必要はないわよ。私達の目的はあくまでもリーナの救出だから」
→→→→→
そして、シルフィアの絶鬼がさらに二度ほど黒づくめの剣士に斬り殺された頃……
「怪しい場所を見つけました! かなり大きな坑道……? があって、その奥に明かりが見えます」
「それ、当たりっぽいわね。そのままダインくんのゴブリンで中を探れる?」
「はい……。あ……、いや、見張りの魔術師に見つかってやられちゃいました」
「バレちゃったわけか。でも、見張りがいるってことはやっぱり怪しいわ。すぐに向かいましょ! ただ、そうなると下の黒づくめもすぐにこちらの動きに気づくわね。……そっちほダインくんの残りのゴブリンで時間を稼げる?」
シルフィアの提案は、つまりは『攻守交代』だ。
リーナの救出のため、ダインの代わりにシルフィアが敵陣に切り込む。
そして黒い剣士の足止めのため、シルフィアの代わりにダインが召喚体を送り込む。
「無茶言いますね!? 絶鬼が瞬殺されるような相手ですよ!?」
「無理ならいいよ? でも、うまく言えないけど……、あの剣士の相手をするんなら、ダインくんの方が相性いい気がするのよね」
シルフィアの絶鬼ですら一瞬で破壊されてしまう以上、もちろんダインのゴブリンなど全く相手にならないだろう。
先程がそうだったように、一瞬で壊される。
の、だが……
ダインはシルフィアの言葉の意味がなんとなくわかっていた。
「わかってます。召喚術と頭は使いよう、でしょ?」
「うん」
壊されるのは一瞬だ。
だが、足止めが目的である以上、今はその一瞬を積み重ねることに意味がある。
多数のゴブリンを使い、その一瞬の足止めをひたすらに積み重ねて長い時間へと引き延ばす。
シルフィアの言う通り、どうせ一瞬で破壊されるのならば、多数の召喚体を同時に扱えるダインの方が確かに相性はいいと言えた。
「わかりました。……やってみます」
「そう、それでこそ我が一番弟子。戻ったら近衛騎士団に推薦状を書くよう、お父様にお願いすることにするわね!」
「飛躍しすぎですって!」
そうは言いつつも、憧れの相手と共に戦える、そして戦力として認められている嬉しさでダインの口元は思わず緩んでしまうのだった。
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