第12話 フィードバック
召喚術はかつて、新たなる生命体を作り出す、神を冒涜する禁忌の術とされていた。
そんな時代には、度々国を挙げての術師狩りのようなことも起きている。
そんな召喚術がこの国の先代国王の勅命で一般的な魔術の一つとして数えられるようなったのは、わずか数十年前の話だった。
かつて禁忌術とされていた頃の名残で、その使い手は非常に少なく指導できるような人間もそうはいない。
ゆえに、その習得のための道も非常に限られている。
さらには、召喚術を研究していく過程では、その術の失敗によって数知れぬ術師たちの魂が犠牲となっている。
召喚術は今なおその全容が解明されてはおらず、安全とは程遠い危険な術とされていた。
扱い切れぬ召喚体により、誤って自らの本体を破壊してしまった者。
意識の転写に失敗して、いつまでも意識が戻らなくなってしまった者。
召喚体に意識を注ぎ、没入するあまりに自らが人であることを忘れてしまった者。
今でも、召喚術を扱う際の事故によって命を落とす者は絶えない。
これもまた、使い手が増えない要因であった。
その術は、元は禁忌術。
他の魔術とは一線を介す、死と隣り合わせの危険な秘術。
それが、召喚術だった。
→→→→→
ダインは己の内へと意識を集中させた。
わずかに残る召喚体との繋がりを辿り、細い糸のようなそれをゆっくりと手繰り寄せていく。
「よし、掴んだっ!! 今から意識を繋ぎ直し……っ!! いっ……、ぎぃ、がぁぁぁ〜〜っ!」
ダインの口からは、自分の物とは思えないような叫び声が漏れていた。
ダインは白翼竜の首筋に締め殺さんばかりにすがりつき、そこにガリガリと爪を立てた。
「ダインくんっ!? 大丈夫っ!?」
「ぎっ……」
痛い……
痛い……
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
頭の中で痛覚が弾ける。
召喚体から跳ね返ってきたその感覚が、瞬く間にダイン生身の全身へと広がった。
痛覚のフィードバック。
上空からの落下でぐちゃぐちゃに潰れてしまったゴブリンの身体感覚が、今この瞬間、余すことなくダインへと跳ね返ってきているのだった。
本来ならば脳が強制的に遮断するレベルの痛みであっても、精神を通じて跳ね返ってくるそれらの痛みからは逃げられない。
「がっ……ひっ……」
気付けば、ダインの全身には無数の裂傷が出来ていた。
自らの意識を召喚体に強く転写している時、召喚体は召喚術士そのものと言ってもよい。
召喚体の受けた傷が本体にまで影響を及ぼし、命に及ぶ重篤な結果をもたらすこともまた、よくある召喚術の事故の一つだった。
「ぐっ……、でも、これで一体。なんとか修復できました」
再び森から魔術が飛んできた。
シルフィアは白翼竜を巧みに操ってそれを交わしていく。
「気をつけてよダインくん。それ、やりすぎるとマジで死ぬからね」
「大丈夫です。本当にそうなりそうだったら、感覚を殺します」
「? 召喚体への意識の転写を意図的に調整するのは、相当な高等技術よ」
「召喚術とはちょっと違うんですが……。僕、昔は痛いのとかあまり感じなかったんです。リーナと初めて会った時なんか、大階段から落ちて全身バキバキのグチャグチャになりながらも、身体が痛いとかはほとんど感じてなかったんです。その頃は、感覚全部が灰色だったから……」
「ダインくん……」
「でも、シルフィアさんと出会って、そういう感覚も含め、いろんな感覚がだんだんと戻って来たんです。痛いのは苦しいです。辛いです。でも、ちゃんと生きてるんだって気がするから……僕は、この痛みが嫌いじゃないんです。ん……ぐぅぅ……」
二体目。
そして三体目。
口からはこらえきれない悲鳴がこぼれ出て、目からは涙が漏れ出した。
「ぐっ、はぁ……。次、四体目」
繋がりの残る召喚体は意外と多い。
それは喜ぶべきことか、悲しむべきことか……
「これで、なんとか相手の裏をかければ……」
「……」
ダインは、痛みでぐちゃぐちゃになった顔でシルフィアに笑いかけた。
シルフィアは、そんなダインを後ろから抱きしめた。
「……ありがとね」
「ええ、一緒に戦わせてください」
そう言って、ダインは四体目のゴブリンへの意識の転写を開始した。
→→→→→
無数のゴブリンが、闇に包まれつつある森の中をひた走る。
迫り来る宵闇が、姿を隠しながら走るダインのゴブリンに味方していた。
「もう、一発っ!」
シルフィアの雷蛇がもう十数発目になる雷撃を放ち、眼下の森を蹂躙していった。
雷撃を受けた木々は焼け、すでに森のあちこちで火災が発生している。
森から、再び魔術が飛んできた。
「それなりに倒してってるはずなんだけどね……、なかなか減らないわね」
白翼竜の動きには、最初の頃のほどの精度が無くなりつつあった。
転移酔いからは回復してきているとは言え、さすがのシルフィアにも徐々に疲労の色が見え始めていた。
「たぶん、そろそろ戦闘開始から一時間になります。アートランド様がすぐに動いてくれていれば、援軍到着までは今一歩の辛抱のはずです」
「わっかんないわよ~。お父様はそういう時けっこうに慎重になるからね。ひょっとしたらとっくに見捨てられてるかも……」
「怖いこと言わないでくださいよ」
援軍の到着は、ダインとシルフィアにとっての命綱だ。
広大な森の中でリーナの行方を見失い、無数の罠と多数の敵魔術師を前にして、こちらの人員は二人きり。
大まかに状況を分析すると、もはや手詰まりの状況に近かった。
だが、リーナを追う事を諦めて戦線を離脱するという選択肢は、この二人にはなかった。
「今のところはダインくんの召喚体が頼りよ。私が召喚体を森に落としても、警戒されすぎててすぐに敵が集まってきちゃうからね」
「わかってます!」
現在、森の中をひた走るダインの
各々闇に紛れながら、別々の方向へと探索の手を広げていた。
上空から見た敵の配置。
そこから、ある程度探索するエリアを絞り込んでのことだった。
だが、あまりにも広大すぎて途方もない。
それでも、今はこの十八体で探し続けるよりほかに方法がなかった。
「どう? リーナと司祭は見つかりそう?」
「途方もないですよ。森が広すぎます」
「だよね。私かダインくんが『広域生命探知』のスキルでも使えればいいんだけど……」
「あはは、それってないものねだりですよね。何か別の策に見せかけて、また召喚体を落としますか?」
「やってみる? さっき私がやった時は簡単に壊されちゃったけど」
「でも、シルフィアさんの絶鬼を瞬殺できるような相手なんて、そうはいないですよね」
「まぁね。少なくとも、やったのは敵の主力級だと思いたいわ」
「主力級……。そうなると、そいつが現れた方向に敵本陣がある可能性が高いってことに……なります?」
「可能性はあるかもね! さっきはそういうことを確認する間もなく絶鬼が破壊されちゃったけど……」
「僕が、ゴブリンで見ます。このままの方向に五秒ほど飛べば、ゴブリンが三体、森の中の比較的近い位置に固まっています。三、二、一……」
「いいね。それで行こう! 可能性があるんなら、なんでもやってみよう」
二人は頷き合い、即座に召喚陣を展開した。
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