第11話 晴天の落雷
ダインが召喚したゴブリン達に、眼下の森から放たれた魔術が迫る。
「逝きますっ!」
そんなダインの掛け声と共に、最初に召喚された三体のゴブリンが鎖から解き放たれた。
三体のゴブリンは固まったまま、空中でもつれるようにして落下していく。
そして、そのまま迫り来る魔術に身体ごとつっこんで行った。
魔術に体当たりをさせられたゴブリンの身体がバラバラになって弾け飛び、魔術がその軌道を僅かに変えた。
「すみません。僕の召喚体じゃ、軌道を逸らすのが精一杯みたいです」
「上級魔術の軌道を変えられれば上出来よ。どんな手段を使っても、目的を果たせればそれでいい。召喚体のレパートリーなんて、目的を果たすための手段にすぎないんだもの」
「了解です。シルフィアさん!」
次々と迫り来る魔術に対し、シルフィアの召喚陣に当たりそうなものだけを選別し、ダインのゴブリン達が体当たりを繰り返していく。
そうして軌道を逸らされた敵の魔術は、一発たりともシルフィアの召喚陣には当たらなかった。
「ほら……、ダインくんの時間稼ぎのおかげで、私の召喚体が出来上がった。ダインくんは私が期待した通りの役目をちゃんと果たしてくれた」
シルフィアの白翼竜が、再び召喚陣の真下を通り抜けた。
役目を終えたシルフィアの召喚陣が崩壊し、シルフィアの右手には陣から抜け出してきた白と黒の二匹の蛇が巻き付いていた。
『
二匹で一対として扱うその単眼の召喚体は、天気を操るという伝説上の神獣をモチーフとしている。
シルフィアの操る中でもとりわけ魔術攻撃に特化した召喚体だ。
白翼竜、絶鬼、雷蛇……
シルフィアが天才召喚術士と呼ばれる所以は、そのオリジナル形態の召喚体の多さによるものだった。
自身の心の中で、触れ得るほど正確にその召喚体の姿を思い描く。
それは、存在しない存在が存在すると心から信じ込むような、狂気に近い妄想の産物だ。
シルフィアのそれは、すでに並みの召喚術士では到達できない次元に到達していた。
「リーナ……、当たったらごめん! 死なない程度には調整しておくから!」
シルフィアは、右腕に巻きつけた二匹の蛇を眼下の森林に向かって突き出した。
直後、バチン! という衝撃音と共に、一対の雷蛇の口から雷撃が放たれる。
放たれた雷撃は、空中でいく筋にも分岐しながら森へと降り注いでいった。
遅れて響くはさらなる轟音。
晴天の夕空から森へと降り注ぐ、雷撃の雨。
その音は、まるで神々への祈りのようにも聞こえた。
ダインはそれを、落下してつぶれたゴブリン達とのわずかな繋がりを通じて聞いていた。
「す、凄い……」
思わずそう呟いたダインの後ろで、シルフィアが再び盛大に嘔吐した。
「きっつぅ……。重篤な転移酔い状態での白翼竜と雷蛇の同時操作とか……。これ、後でちゃんとした治療を受けないと後遺症とか残るレベルじゃない?」
「シルフィアさん……」
「でも大丈夫。ちゃんとリーナを助け出すまでは、私は倒れないからね」
ギラつく目を怪しく輝かせ、シルフィアが袖で口元の吐瀉物を拭った。
「もう……、一発ぅぅぅっ!」
シルフィアが再び雷撃を解き放つ。
「……」
「う、うぇぇ……きっっぅぅ」
シルフィアは、もはや胃袋に吐き出すものがない中で、何度も何度も嗚咽を繰り返す。
それは、ダインの知るシルフィアとはまるで違っていた。
シルフィアはいつだって飄々としていて、冷静で、大人びていて……
「あれ? もしかしてダインくん幻滅してる? でも私って昔からこうよ。カストラ砦の攻防戦でも、サーカディアス戦役でも……、こうやって全身ぐちゃぐちゃになりながら戦ってきたの。ダインくんが言ってくれるような、カッコよくて大人な大召喚術士なんかじゃ……、全然ないのよ」
「カッコいいですよ。そんな姿も……素敵です」
「ふふ、ありがと」
「……」
「まーた説教くさくなっちゃうけどさ。ダインくんは昔から、無意識にちょっとカッコつけて戦おうとするところがあったからね。っと、それはちょっと違うか。『最後までやらずに、何処かで諦めちゃうところがあった』の方があってるかな? でも、召喚士の戦いって、やっぱり本当はそうじゃないのよ。頭の芯は冷静に、それでいて心は野獣のように研ぎ澄まして、貪欲に目的に食らいつくの。使えるもん全部使って、考えられる可能性を片っ端から試して行って、馬鹿みたいに足掻いて……足掻いて足掻いて足掻き続けて、勝ちを掴みとるものなのよ」
「だって……、憧れの人には、カッコいいところ見せたいじゃないですか……」
「わかるよ。でも、それって本当にカッコいい?」
「っ!」
「私は、愛する妹のためなら全身ゲロまみれになろうがどうなろうが知ったこっちゃない。たとえその妹から嫌われてようが関係ない。私は私の目的のために全力を尽くす。そして私は、そんな自分が嫌いじゃない」
「僕は……、僕はこんな自分が大嫌いです。何もできない自分が……」
「なんで? 何もできなくなんかないでしょ? 今まさに、ちゃんと一緒に戦ってくれてるじゃない。それに、リーナのために、命懸けで転移陣に飛び込んでもくれた。私は、そんなダインくんのこと、好きよ」
その『好き』が、ダインの求めるものではないことは、もちろんダインにもわかっていた。
それでも、一気に顔が熱っていくのが感じられた。
誰かに認められること。
好きだと言ってもらえること。
それは、これほどまでに心地よい。
心が満たされる。
今、その人のためならば命だって賭けられるとさえ思えた。
たとえその人の中での自分が、そういう存在ではなかったとしても……
「……って、ダインくん何してるの?」
「さっき地面に落ちて潰れた召喚体に……今からもう一度意識を繋ぎ直します。繋がりはまだ残っています。うまく修復すれば、そのまま下の魔術師達への奇襲や、リーナの捜索に使えるかもしれません。人探しは、僕の数少ない得意分野です」
「そんなことしたら、痛覚のフィードバックでとんでもないことになるわよ?」
「……やります。成功すれば、相手陣営の裏をかける。相手側も、あの高度から落下して潰れたゴブリンなんかもう気にしていないだろうから……」
「そう……。なら、お願い。あなたを一人前の戦力だと言った以上、私はダインくんの意思を尊重する。リーナを助けるため、私に協力して」
「了解です。シルフィアさん……」
じんわりと胸の奥が熱くなり、ダインは今なら何でもできそうな気がしていた。
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