第8話 二つ目の出会い

ダインのリーナとの出会いは、なかなかに最悪なものだった。


当時のダインは召喚術という新たな道を見出したばかりで、有体に言えば少し調子に乗っていた。


その後、ダインは最弱の召喚体である『ゴブリン』の亜種しか召喚できないことが判明し、再び底辺の気持ちを味わう日々が始まるわけだが……

とにかく、この時は少しばかり調子に乗っていた。


「新しい使用人? ならあなた、これから私専用の下僕にしてあげる」


その日。

ダイン少年の前に現れた美しい少女は、シルフィアに促されてあいさつしたダインを見るなりそんなことを言った。

満面の笑みを崩さないままに、彼女は凄まじいまでの暴言を吐いていた。


「いや、僕はそういうんじゃないよ。召喚術士のシルフィアさんに弟子入りして……」


「行きましょう! 今からお屋敷を案内してあげるわ!」


明るいその言葉尻とは裏腹に、彼女がその内にとてつもない残虐性を秘めていることはその口元を見れば一目瞭然だった。

リーナの口元はニヤリと歪み、新たに見つけ出した獲物をどうやって痛ぶり尽くそうかという愉悦に浸っているようだった。


「いや、ちょっと待ってよ……」


ダインの言葉は、華やかなパーティー会場の喧騒とリーナの大声にかき消され誰の耳にも届かない。


二人の周囲には、アリステラ卿やアートランド卿をはじめ、たくさんの大人達がいた。

だが、その中にダインとリーナとのやりとりを見咎めるものは誰もいなかった。


それもそのはず、ダインに向かってにこやかに話すリーナの様子は、一見して子供同士で楽しくおしゃべりをしているようにしか見えなかったのだから。


引き攣っているダインの表情は、リーナにしか見えていなかった。

計算の上で、リーナはあえてそういう位置どりをとっていた。


リーナがダインの手をとり、グイグイとお屋敷の中へと引っ張っていく。

ダインは少し嫌がるそぶりを見せながら、そのままリーナに引っ張られて大広間から奥の廊下へと連れられて行ったのだった。



→→→→→



「ここが私の部屋……、よっ!」


リーナは、その自室に着くなりいきなりダインの尻を蹴りつけた。

蹴り飛ばされたダインは、情けない叫び声を上げながら盛大に床に転がされてしまった。


「で、なにして遊ぼっか?」


「パーティー会場に帰らせて欲しいんだけど……」


「あら、つれないじゃない。せっかくうら若き男女が個室で二人きりなのよ。色々と楽しいことをしましょうよ」


「楽しいこと? た、例えば……なにをさ?」


「そうねぇ、とりあえずあんたは着てる服を全部脱ぎなさい」


「はぁ?」


「前にお父様がメイドとそんな遊びをしていたの。その時はお父様が主人で、メイドが使用人。だから今の私たちとは男女が逆ね。随分と楽しそうだったから、同世代の使用人が来たら私もやってみようって思ってたところなのよ」


「いや、それって……」


「さぁ、早く脱ぎなさい!」


二重三重で勘違いをしているリーナは、完全に話が通じない猛獣だった。

シルフィアから、ちょっと困った妹がいるという話は聞き及んでいたが……


「これ、ちょっとどころじゃないでしょ……」


そして、ダインは部屋から逃げ出した。


「ちょ! 待ちなさい!」


「嫌だよ! きみ、頭おかしいじゃん!」


「はぁ!? いきなり何様? あんたぶち殺すわよ!」


「いきなりなのはそっちの方でしょ!?」


お屋敷の廊下を駆け抜け、道が続く限りひたすらに逃げ回る。


「うるさいうるさいうるさーい! とにかく待ちなさい!! えと……、ええと……、下僕!」


「嫌だーっ!」


広大なアートランド邸を走り回る二人。

そして、二人はついには屋敷を飛び出して前庭へと続く大階段へと差し掛かったのだった。


階段側に追いやられ、振り返ったダインがジリジリと後ろに下がっていく。

この時のダインは、いつの間にか手に入れたフード付きのローブを羽織って顔を隠していた。


「さぁ、もうそろそろ観念しなさい……。ええと……」


「ダインだよ。だいたい僕は使用人とかじゃなくて……、あっ!」


そこで、ダインがかかとで何かに躓いた。

そのままスローモーションのようにダインの身体が後ろに傾いていく。

そして、ダインが倒れ込んだその先にあるものは、急傾斜の大階段だった。


「う、うわぁぁぁぁぁーーっ!」


ガツンガツンと背筋が凍るような音を何度も立てながら、ダインが階段を転げ落ちていく。

その音にだんだんとビシャリという水音が混じり、最後にグチャッという音がして静かになった。


「……えっ?」


恐る恐る階段下を覗き込んだリーナの目に飛び込んできたのは……

階段下の薄暗いあかりに照らされて、どす黒く変色した両手両足をありえない方向にひん曲げて血みどろになって倒れているダインの姿だった。


「あっ……、私のせいじゃ……。どうしよう、白魔術の人を呼んでこないと……、ど、どうしよう……」


そう言って慌てて踵を返そうとしたリーナの足を、誰かが掴んだ。


ぬるりとした感触。

まだ、生暖かい手のひら。


「ひっ!?」


リーナの足を掴んだのは、フードを被ったダインだった。

全身がボコボコになり、腕や足がへありえない方向へとひん曲がってしまっている。


もはや動けるはずがない。

生きていることすらおかしいそのぐちゃぐちゃに潰れた身体で、いつの間にかダインは階段を這いずってリーナの所までやってきたのだった。


「よぐも……、よぐもぼくを、ごろじだなぁっ!」


「ぎっ……、ぎゃぁぁぁあぁぁあぁあああああ〜〜〜〜っ!」


そうして、屋敷の前庭にリーナの絶叫が響き渡ったのだった。



→→→→→



「どうですか? シルフィアさん!」


ダインが階段から転げ落ちたのとほぼ同時刻。

アートランド邸の屋根の上にて。


ダインはシルフィアと二人きりで話をしていた。

二人して屋敷の屋根の傾斜に腰掛けて、階下で繰り広げられる寸劇を眺めていた。


「屋敷を逃げ回りながら、途中でフードを被った召喚体ゴブリンと入れ替わり、尚且つそれをリーナには微塵も悟らせない、か……。私が何か教えるまでもなく召喚体の操作は完璧だし、入れ替わりなんかの機転も効いてる。これが全部独学だっていうんだから、もしかしたらダインくんは天才の類かもしれないわね」


「……」


シルフィアに褒められて、ダインは嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「でも、リーナにああいうことするのはいただけないわね。召喚術は、友人をはめる為の術じゃないのよ」


「初めて会った時、シルフィアさんは『術と頭は使いよう』って言っていました」


「これは私の気持ちの問題。頭使って上手くやったのは良いし、あなたの技術は認める。でもね、今度私の妹に変なことしたら……、私はあなたに容赦しない。本気でぶん殴る。……わかった?」


「あっ……、はい」


全く笑っていないシルフィアの目を見て、ダインは初めて自分がとてつもないことをやらかしたのだと気がついた。


「シルフィアさん。その……ごめんなさい」


「はい。素直に謝れたのはえらい。でも、それは後でリーナにも直接言いなさいね」


「……はい」


「わかればよろしい。素直だし、頑張り屋だし、私はダインくんのこと好きよ」


「……」


ダインは俯いた。

そして、今まで誰にも言われたことのないような温かい言葉に、思わず顔がニヤけてしまうのを必死でこらえていた。



その後。

ダインはシルフィアと共に屋根から降り、恐怖のあまり気絶してしまったリーナを部屋へと運びこんだ。


そしてその数分後、起き抜けに頭を下げて謝罪したダインの姿を見て、リーナは再び絶叫して気を失ってしまったのだった。


「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーっっ!!! おーーばーーけーーーっっ!!!」


「ごめんねダインくん。リーナに謝るのはまた今度かな。事情は私の方から説明しておくよ」


「うぅ、すみません」


そんなダインがリーナにきちんと謝罪できたのは、その二日後のことだった。

そして、事情を聞いたリーナが謝り続けるダインに放った言葉は……


「絶対に許さない! 一生付き纏って呪い続けてやる!」


というものだった。

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