第7話 裏話
「え……、ええと……」
ダインの召喚陣はすでに消えていた。
そして、すでに召喚された黒いゴブリンが五体、所在無さげに壇の下でたたずんでいた。
つまり、話を整理すると……
リーナは、実は元々シルフィアの
父達が慌ててリーナを探しにきたのは、今回の儀式の三人目の主役であるはずのリーナがいつまで経っても会場にやってこなかったからだ。
だが、そのまま連れて行かれた先の控室で、リーナが突然その婚約を破棄すると言い出した。
そして、慌てた両家の話し合いの末、急遽リーナとダインを結婚させようという話が持ち上がったとのことだった。
「な、なんでだよリーナ。だって、あんなに兄さんのことが好きだって言ってたのに」
「確かに、私はギースさんのことが好きだった。でも、私にだってプライドがあるの。私はお姉ちゃんとは全く違う出来損ない。それでも、結婚する相手にくらいは私のことちゃんと見て欲しい。家を出てまで、一生お姉ちゃんと比べられ続ける人生なんて絶対に嫌なの。いつまでも並べられて、比べられて、そんなの絶対に耐えられない!」
「……」
そんなリーナの言い分は、ダインにもわかるような気がした。
自分もまた、兄と比較され続ける人生だ。
何をやってもギースと比べられる。
そして『お前の方が出来が悪い』『ギースはもっと上手かった』と言われ続けるのだ。
先程のリーナの涙は、揺れ動くギースへの好意と自分の境遇や姉への反発という様々な気持ちがごちゃ混ぜになった混乱の末のものだったのだった。
「いつも澄ました顔してて、何でも完璧にできて、それで私のことまで庇って……、本っ当に大っ嫌い!」
そう言って、リーナは壇上のシルフィアを睨みつけたのだった。
シルフィアさえいなければ……
自分はこの婚約を破棄することもなかった。
それが、リーナの正直な気持ちなのだろう。
「だから……、お姉ちゃんの未来の夫を、家族みんなの前でこっぴどく振ってやったってわけ。そりゃあ、始めはちょっと心が揺れたけどさ。私はお姉ちゃんの夫の妻になんか、絶対になりたくない!」
「そんなことしてまずくはないの? 立場とか?」
「私なんかいようがいまいが、大勢にとってはどうでもいいことなのよ。その証拠にほら『兄がダメなら弟に……』『出涸らし同士ちょうどいい』って、五分もしないうちに一瞬で流れが変わったんだもの」
ああ、やっぱりそういう感じだったわけか。と……
そんなリーナの話は、ダインにとっては妙にしっくり来るものだった。
そして、あの家族ならそうしそうだし、リーナもそうするかもしれないな、と。なんとなく思った。
ただ、結果的にギースは正式な結納の直前に婚約を破棄され、それによりとてつもなく自尊心を傷つけられたようだ。
そのためギースは、この場の衆目の面前で「俺が、リーナをダインに当てがってやった」と宣言することで、振られたのは自分ではなくリーナの方だということに話をすり替えようとしていたのだった。
そして、その小心者っぷりにキレたシルフィアに、横からぶん殴られたというわけだった。
「でもまぁ、そういう話ならもちろん僕のことも振るでしょ? 本当に僕と結婚するようなことになったら、兄さんの言うとおり、結局はシルフィアさんのそばを離れられないわけだし。さっき、婚約破棄がどうとか言いかけてたし……」
「ええ、もちろんそのつもり! そのつもり……、だったんだけど……」
そう言いながら、リーナの声のトーンがちょっとずつ下がっていった。
「だよね。それが普通。僕もそれがいいと思う……って、ん? そのつもり、
「その……、なんていうか……。さっきの言葉がちょっとじんときたというか、ええと……その……」
「?」
「ああもう! 何でもない! やっぱり破棄よ破棄!」
「はいはいわかったよ」
「……」
「……」
二人の周囲は、未だにざわざわとざわめいていた。
壇上のシルフィアは、ダインとリーナのやりとりを目を細めながら見ている。
シルフィアに殴られたギースは、とりあえずフラフラと立ち上がりこそしたものの、これからどうしたものかと呆然と立ち尽くしている様子だった。
実は、ギースはこういう非常事態の中での立ち回りにはかなり弱い。
普段から傲慢な態度をとって周囲を自分のペースに巻き込もうとしているのは、他人のペースに巻き込まれることを極端に苦手としていることの裏返しなのだった。
「ねぇダイン。私達が初めて会った時のこと、覚えてるかしら?」
「えっ? ええと、僕が調子に乗って召喚術でリーナを泣かせた時のこと?」
「そうそれ! あの時、私なんて言ったか覚えてる?」
「いや、覚えてない……」
「即答!? じゃあ、今思い出しなさいよ! もしちゃんと思い出せたら……このまま結婚してあげてもいいわ!」
「無茶苦茶でしょ……。僕の方の気持ちはどうなるわけ?」
「……知らない。まさか嫌なわけ?」
「嫌というか……、よくわかんない。結婚とか、考えたとことなかったし」
「あっそ」
そう言って、リーナはふいっと横を向いてしまった。
「……はぁ」
仕方がないので、ダインはリーナと初めて会った時のことを思い出してみることにした。
それは、ダインがシルフィアに弟子入りして二日目のことだった。
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